第18話 旅はアドリブ
「ゴウカバまでの馬車が出てない!?」
「ああ、ゴウカバ周辺で魔物による大規模な被害が出てね。街道の修復に時間がかかるから今すぐには出られないよ」
俺は端から徒歩の選択肢を捨てて馬車に乗ろうとしていた。ある程度動けるようになったとはいえ、俺たちが徒歩でゴウカバまで向かえばいつ到着するか分からない。マルスさんのことも考えたらそれに付き合わせるのは酷だ。
幸いなことにゴールドは貯まった。意図していない出来事ではあったが、それでも懐が温まるというのはいいものだ。しかしせっかく路銀に余裕ができたというのに、出端をくじかれてしまった。
「ええとでは、どこまでなら出てますか?なるべくゴウカバの近くまで行きたいのですが…」
「そうなるとガメルまでだな。そこまでならギリギリある。お値段はこれくらい」
「えっ!?高っ!?」
思わず声を上げてしまった。相手が顔をしかめるのを見て俺はすぐに謝った。そしてすっかり忘れていたことを思い出した。
魔王復活に合わせて魔物は活性化する、普段は出てこないような魔物が人のいる場所に出現することもあれば、徒党を組んで襲い掛かってくることもある。そうなれば当然傭兵や魔物除け聖水の需要は高まり、それらの料金は加速度的に上がっていくのだ。当たり前だが交通インフラは安全確保のために一番気をつかう。
マルセエスまでの旅路は、まだ魔王復活から日があまり経過しておらず魔物の活動もそこまで活発ではなかった。しかしもう事情が変わりつつあるのだろう、実際ゴウカバ周辺で魔物による被害があったのだ。こうなるとあまり情報収集ができなかったことがじわじわと効いてきた。
正直提示された金額を払うと、ガメルに到着してからの諸々の出費を考えるとそこでまた路銀が底をつく。そもそも勇者たちは大抵独自の移動方法を持っているもので、国が用意した馬車と専属の御者がついたり、よく訓練された名馬を送られることもある。他には見たこともない不思議な乗り物を使っているというのも聞いたことがあった。俺たちにはないけど。
今更言ってもどうにもならないことだが、やっぱりあのクソ王のことを思い出して腹が立った。もっと十分な支援があれば…、しかし本当に今更だ。
「それでお願いします」
何とかそう声を絞り出して俺は提示額通りに支払った。
「へー大変だったんですね。やけに出発に手間取っていると思ったらそんなことがねえ」
「よくそこまで他人事のように言えるよね。もう感心さえするわ」
「早いところ慣れてください、私は口の悪さで解雇されたんですよ?まあ私は悪いとは思ってないんですけど」
そこそこの付き合いになってきたので本心だろうというのは分かる。分かるからこそムカつくのだが、確かに慣れていくしかない。
「で、ガメルってどんなとこですか?」
「ええと、確か海に面した国だ。そんなに大きな国じゃあないけど、港は大きくてきれいに整備されているから各国の商船の出入りが頻繁にある。その辺はある意味マルセエスと似てるな」
「ええまた似たような国行くの…?」
「そんなあからさまに嫌そうな顔するなよな、国の特徴が似るのは俺のせいじゃないだろ」
ルネが子どものように頬を膨らませ口を尖らせている、この正直さにある種安心感を覚え始めたことは果たしていいことなのだろうかと俺は自問する。なお答えはでない。
「ま、特徴は似ていても様相はまったく違うらしいからそこは期待していいんじゃないか?」
「どういう意味ですか?」
「マルセエスはあくまでも中継地だから人の出入りも多くて雑踏って感じだっただろ。だけどガメルは違う。船は大抵長いこと停泊するし、商船は荷の積み下ろしや積み込みにも時間がかかる、それと船員の追加雇用とかの事情で人の滞在時間が長くなりがちだ」
「それが?」
「滞在者向けの商売が繁盛しているから、ガメルって国は金持ちなんだよ。装飾も華美で派手派手らしい、成金っていうのかな。とにかく景観がいいと聞いたことがある。ルネは好きだろ?そういうの」
「リオンさんは私のことどんな奴だと思っているんですか?」
「金の亡者」
げんこつは意外なほど痛かったが後悔はしていない。いつか言ってやろうと思っていたことを言えたので俺は満足だった。
「そう言えば聞きたかったんだけどさあ」
「何ですか藪から棒に」
「ルネの攻撃魔法、どうしてエクスプロージョンだけは使えるんだ?習得が簡単で、一番先に覚えるのって大体ファイヤーボールだろ?」
ファイヤーボールは魔力で火の玉を作り出し相手にぶつけるシンプルな攻撃魔法だ。詠唱も短く構築式も単純で、少し才能があれば子どもでも使いこなすことのできる初歩的なものだ。
対してエクスプロージョンは指定した位置に爆発の衝撃を起こす魔法だ。詠唱も構築式もそこまで複雑なものではないが、爆発範囲の設定を見誤れば仲間を巻き込みかねないし、威力の細かな調整も難しい。
加えて洞窟など狭い場所での使い勝手の悪さもある。敵をひとまとめに攻撃できることは魅力だが、それだけしか使えない魔法使いというのは今まで聞いたことがなかった。
「あー…、そのことですか。うーん、まあ言ってもいいか」
「何か不都合があるなら無理には聞かないけど」
「いえ別にそういうことはありませんよ。結論から言うとですね、私はファイヤーボールやアイススパイク、その他もろもろ初歩的な魔法を発動させることはできます」
発動させることはできる。妙な言い方だなと思い俺は聞き返した。
「それはどういう意味?」
「発動できるだけで使い物にならないって意味ですよ。私って狙いをつけるとか、繊細な調整が絶望的に下手くそなんです。ファイヤーボールを放てば味方の背中を炎上させ、アイススパイクを放てば氷柱が膝裏を串刺しにする。別に仲間を狙っている訳ではありませんよ?単純に魔法と魔力の操作が下手くそなんです。本当に」
ルネの発言に俺はぽかんと口を開けた。嘘だろと思ったが、こういう嘘をルネはつかないと思い直し本当のことを言っているのだと確信した。ルネにとってもしもの時の言い訳に使えそうな話をここで簡単に暴露するはずがない。
「え?じゃあもしかしてエクスプロージョンだけは使える理由って、大体でとか大雑把に撃っても敵に当たればいいからってこと?」
「考えを読まれるのがマジでキモイですがそういうことです。細かく狙いがつけられないなら、的とその周辺範囲ごと巻き込んでしまえばいい。それでも外す時は外します。クイーンスパイダー戦でもそうだったでしょ?」
そう思うとあの時放ったエクスプロージョンも、クイーンスパイダーが逃げ込もうとしていた坑道の天井に当たっていて、本体にはかすってもいなかった。結果的にはそれが逃げ道を塞ぎ、反撃の一手につながる行動だったのだが。狙いが大幅に逸れて俺の頭上で炸裂して天井が崩れてきた可能性もあったのかと思うとゾッとした。
「エルフって、魔法とか魔力操作が得意な種族じゃなかったっけ?」
「リオンさん。世界はそう単純にできていないんですよ」
「正論だけどクッソ腹立つ」
「エルフの全員が全員魔法が得意だと思わないでほしいですよ。まあだからといって他に何か得意なことがある訳でもないですが」
もはや魔法使いと名乗っていいのかでさえ怪しくなってきた。いや、事実クビになっているのだから魔法使い失格の烙印を押されたも同然だが。
しかしそうなると本当に非戦闘員の介護士が仲間にいることになる。適材適所の意味を考えて頭が痛くなってきた。少なくとも魔王討伐の旅は介護士にとって適当な職場環境ではないと思う。
「おーい勇者さんたち。そろそろ見えてきたぞ」
頭を抱えていると御者からそう声をかけられた。外を見ると、日が落ちかけてきているというのに、妙にギラギラと煌びやかな景観が目に入ってくる。
「あれがガメルだよ。あそこはいつ見ても派手なもんだ」
「はあー見るからに景気よさそうな国ですねえ。ね?リオンさん」
「ソウデスネ」
皮肉にうんざりした俺はぶっきらぼうにそう言い返した。マルセエスを離れガメルへと到着する。本来の目的地とは違っていて、路銀はここで尽きる。またしても依頼を受けて稼ぎ、ある程度ゴールドをためなければならなかった。本当にどこまで行っても前途多難な旅だなあと俺はため息をついた。
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