第17話 ツンだ出れない
マルセエスでは魔王城についての情報は入手することができなかった。それどころか、中途半端に有名人になってしまったせいで情報収集にも支障がでた。なのでそろそろここを離れるべきだろうなと俺は判断した。
「という訳でそろそろマルセエスとはお別れです。何か異議がある人」
仲間を集めて俺がそう言うと、ルネが元気よく返事をして手を上げた。
「はいルネさん」
「どこ行ってもちやほやされるのでまだ出ていきたくないでーす」
「正直ですね、実に正直だ。人は中々正直に生きられない、その姿勢は褒められるべきだと思いますよ」
「えへへ、ありがとうございます」
「でも却下です。もしその主張が通ると思っていたのならお笑い種です。あまり先生をなめるなよ」
俺がそう言うとルネは不機嫌そうに頬を膨らませて抗議した。
「失礼ですね。リオンさんなんて汚いからどこも絶対舐めたくないですよ」
「そういう意味じゃありません!おだまり小娘!そもそもちゃんと風呂入っとるわ!」
「性根ですよ!性根が汚いんです!」
「何だあテメエ?やるか!?」
「上等ですよ!不良品の剣に力を吸い取られているポンコツには負けませんよ!」
「言っていいことと悪いことがあるだろうが!!」
ルネにつかみかかろうとした時、マルスさんがゴンと音を鳴らし鞘で床を叩いた。言葉にはしないが、喧嘩になる前にやめるようにと注意された。俺もルネもマルスさんから注意されると流石に黙る。
「で、プランは?提案するってことはちゃんとあるんですよね?」
「勿論ある。ドワーフの大国ゴウカバへ向かおうと思ってる」
「ゴウカバですか?ここから南ですね、結構距離ありますよ」
「ふむ。推測するにその剣について聞きたいのですかな?」
俺はマルスさんの言葉に頷いた。ドワーフという種族は高い鍛冶技術を持ち工学が発達している。アームルートにあった鍛冶屋もドワーフのおじさんがやっていた。その人の出身地はゴウカバではないが、ドワーフならば生涯に一度は訪れたい国だと聞いたことがある。
もしかしたらこの折れた剣をどうにかする方法が分かるかもしれない。贅沢すぎる願いだから直すとまではいわない、だけどこの精気と魔力を絶え間なく吸い続ける呪いを消す。いや消すのも贅沢なら軽くするとか、せめて寝ている時はやめてもらうとか、とにかく妥協点を見つけられないだろうか。俺から歩み寄れることがあれば最大限歩み寄るから。
「何か喧嘩したカップルの下手な言い訳みたいですね」
「え?どうして俺の心の声を?」
「いや口に出てましたよ。ぶつぶつぶつぶつ気持ち悪い」
「もうそういうシンプルな罵倒が一番傷つくわ。でも仕方ないだろ、マジできついんだってこの剣持つの。ご先祖様には申し訳ないけどさあ」
「そこはまあ…、私も流石に同情しますけども」
ルネが素直に同情するほどに俺の状態は常に悪い。
「決まりですな。リオン殿のためにもゴウカバへ向かいましょう。わしも話に聞いたことあれど行くのは初めてです。魔王討伐の旅とはいえ、年甲斐もなく少しわくわくしてしまいますな」
「ま、今のリオンさんのままでは簡単に死んでしまいますもんね。私としても異論はないですよ」
「じゃあ早速出発に向けて準備をしよう。それが済み次第ゴウカバに向けて旅立つから、各々マルセエスでやり残したことのないようにな」
話をつけた俺たちは一度解散してそれぞれ必要な物などをそろえる買い出しにでた。ルネはマルスさんについていくから実質二手に分かれることになる。俺は俺で必要な物をそろえるために商店に向かうことにした。
交易が盛んであるマルセエスは流石にどの店も品揃えがいい、冒険に使える道具、武器、防具、どれをとっても一級品だ。ライバル店が多く連ならるからか、価格も抑えめで提供されている。価格競争が激しいのだろう。
しかし俺にとって武器屋はまったくの無意味だ。商品をダメにして弁償させられる未来しか待っていない。汎用品の道具はすでに買い揃えておいたので、防具屋へ向かった。
「こんにちは」
「いらっしゃい!あれっ、もしかしてお客さん、アームルートの勇者リオンさんじゃないかい?」
「ああ、ええまあそうです」
「いやあ事件のこと新聞で見たよ!話題の勇者様のご来店とありゃあサービスしない訳にいかねえな!今日は何がご入用だい?」
授与式のニュースが新聞で書かれてから、街を出歩くと商人にこのような感じで声をかけられる。この防具屋の店主が言ったように「今話題の勇者様ご愛用」のセールス文句は、一時的だろうが実に宣言効果があるみたいだ。
おかげで安く買い物ができるのはいいのだが、店で俺たちの取り合いを始めたり、ハニートラップを仕掛けてくる人もいて身動きが取りにくい。これが早々にマルセエスを出たい理由の一つだった。
「防具の修繕と補強、後できるなら魔法効果の付与もお願いしたいのですが、できますか?」
「物を見せてくれ」
俺はカウンターに自分の使っている防具を置いた。肩当や胸当て、腹部の保護も兼ねた太目のベルト、腕甲に脛宛て付きのブーツ。全身をがちがちに固めないのは、動きやすさを重視している。
「ふむ、ずいぶんと使い込んでいるな。それに何度も修繕と補強を繰り返している。丁寧に手入れしてあるおかげで致命的な傷や不備はないが、そろそろ買い替えてもいい頃合いじゃあないか?」
「いえできるだけこれを使い続けます」
「何か思い入れでもある?」
「思い入れがないわけではないですが、どちらかというと信頼の問題です。ピカピカの新品よりも、自分で使い込んで慣れ親しんだものに命を預けたい。武器防具は体の一部だと教わってきましたから」
その体を構成する剣はぽっきり折れていて力を吸い取ってくるのだが、敢えて何も言うまい。
「…そうか、いい教えを受けたんだな。よおし任せておけ、完璧な仕事を見せてやるぜ!あんたのことが気に入った。この防具たちがどれだけ大切に使われているか、見りゃすぐに分かる。うちの職人は腕がいいからな、満足いくものにすると約束するぜ」
「ええ、それはお店を見れば分かります。だから俺もここを選んだんです」
そう言うと店主はにかっと笑った。他の店と比べるとこの店の外観は地味だ、店先に商品を並べていないし、呼び込みの旗なども立てていない。だが店内の品が高品質なのは、目利きができない人でも分かるくらいの高水準なものだ。
補強する部位や材質、そのほか色々な詰めの相談を店主にしていると、次のお客さんが訪れた。カウンターを独占してしまっているので端に寄ろうとするが、入ってきた人物を見て互いに「げっ」と声を上げた。
「よう姉ちゃん!注文通りの品できてるぜ。ってなんだあんたら知り合いか?」
「仲間です」
「他人です」
俺が仲間と言ったのと同時にルネが他人と言った。店主が困惑して首を傾げるので、ルネがため息をついて諦めたように説明した。
「確かに仲間みたいなものですよ。リオンさん、何してるんですか?」
「俺は防具の修繕。そっちこそどうして防具屋に?」
「それは…」
ルネが言いよどんでいると、代わりに店主が口を開いた。
「防具屋に用があるときたらそりゃ防具を買いにきたのさ。ほらよ、注文通りの小盾だ。扱い慣れてない奴でも使いやすいように調整してある。装備して問題ないか確かめてみな」
「…どうもです」
店主に手伝ってもらってルネは小盾を左腕に装備した。確かに扱いやすそうだったが、どうしてルネがという疑問は残った。
「何ですか人のことじろじろ見て、セクハラで訴えますよ?」
「それは勘弁してくれ、そういう意図はない。ただどうしてルネが盾を持とうなんて思ったのか気になっただけ」
「…今回のことで私も色々思うところがあったんです。マルスおじいちゃんはまだまだリオンさんについていくようだし、せめて何かあった時に庇える手段があった方がいいなって思っただけです」
それだけ言うとルネはぷいっとそっぽを向いた。恐らくルネは、戦闘モードになる前のマルスさんの役に立つために、自分に何かできることがないかと考えたのだろう。
刀を抜くまでのマルスさんは無防備だ。一度抜いてしまえば無敵だが、それまでに時間稼ぎが必要になる可能性があるとサクラク村の戦いで思い知ったのだろう。
「ルネって、口は悪いけどいいやつだよな」
「何ですか?殴りますよ盾で」
「おいおい殴り合いも痴話喧嘩も他所でやってくれ、うちの犬は食い過ぎで太ってんだ、これ以上は歩けなくなっちまう」
「別にそういうんじゃないですから!ここに金は置いておきますよ、では失礼!」
ルネは乱雑に机を叩きつけると、あからさまに怒っている様子で店を出ていった。素直じゃないなと俺はふっと笑う。
「あれ?これって…」
「どうかしましたか?」
「全然金足りねえよこれ、それにほら」
俺は店主から一枚の紙きれを渡された。そこには乱暴に書きなぐった字で「差額はそこの勇者に」と書かれていた。いつの間にこんなもの書きやがったんだ、紙をくしゃりと握りつぶすと、恐る恐る聞いた。
「あのお、おいくらくらい足りないんですかね?」
「ここにあるのが100ゴールドだけだから、あと4900ゴールド足りないねえ」
足りないってレベルじゃねえ!そう叫びたくなる気持ちを必死で押さえつけ、我ながら非常に弱弱しく「払いますぅ」と声を絞り出した。
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