第16話 迷うこともあるけれど
サクラク村からマルセエス首都に戻ってきた。俺たちは今、厳かな雰囲気に包まれた広い会場で、マルセエスの首相が開いた感謝状の授与式に出席している。
「アームルートの勇者リオン殿、並びにその仲間のマルス殿、ルネ殿。此度の事件において我が国があなたがたから受けた恩義はあまりにも大きい。マルセエスを代表して、ここに感謝状を贈らせていただきたい」
「ありがとうございます」
俺が首相から感謝状を受け取ると会場がわっと拍手の音で沸いた。こうして大げさに表彰されると何だか背中がこそばゆいが、悪い気はしなかった。
マルセエスが派遣した調査隊、加えて他の勇者たちの協力でサクラク村で何が起こっていたのかが判明した。
クイーンスパイダーが現れる前からサクラク村は存亡の危機にあった。村人は高齢化して若い者は定住せず、主な産業である質のよい農作物も、首都の方で安くて大量に手に入る輸入品に押し負けていた。
畑の生産、維持にかかる労働力は負担も大きく、質のよい作物を作り続けるのにも限界があった。郊外の村ということで国からの関心も薄く、商業が発達した都市部の管理に注力されているため、村はほぼほぼ国から見捨てられているような状態だった。
村の存続も潮時か、そんな風潮が漂い始めた時にサクラク村に悲劇が襲う。村の作物のほぼすべてが病気にかかってしまったのだ。慌てて病気の作物を取り除き、無事だった作物を保全したが、その数は少なく雀の涙程度しか残らなかった。
ただでさえ販路が限られている村の作物に病気の風評が広がれば、元々瀕死だった村に完全な止めが刺されてしまう。死にかけだったとはいえ質の高い農作物は村と村人たちの誇りであった。村人たちにとってこんな最後は到底受け入れられるものではなかった。
そして起きたのがクイーンスパイダーの鉱山での営巣だった。とっくに枯渇しており形だけ残された鉱山に魔物が住み着く、最悪な状況に最悪な状況が重なった。村人たちは絶望の中、依頼を出せるだけの報奨金も用意できないので自分たちで巣の対処にあたった。
しかし、鉱山に住み着いたクイーンスパイダーは非常に特殊な性質を持っていた。完璧な意思疎通は無理でも、ある程度の相互理解ができる知性を持ち合わせていた。ミニオンスパイダーたちは巣の中に村人が入っても襲ってこず、むしろ村人たちをクイーンの元に案内した。
クイーンはミニオンを使って絵図のようなものを描かせた。それは人や動物の形に似ていた。何度も何度も同じ行動をして、何かをアピールしている。
「もしかして、獲物を差し出せということか?」
村長の問いかけにクイーンは沈黙で肯定した。村人を襲わないと保障する代わりに、クイーンは定期的に獲物差し出すことを対価として要求してきたのだ。当然最初は問答無用で駆除しようとしていた村長たちだったが、ここで悪魔じみたことを思い付いてしまう。
元から壊滅寸前であった村はクイーンスパイダーに襲われてさらに追い込まれる、それがどうにも暴れ者で手が付けられなくて、作物にまで手を出されてしまった。魔物によって主産業が壊滅的な被害を受けたなら、いくら国から見捨てられ気味とはいえ給付金が出る。村人たちは話し合いの末、その構図を作り上げた。
国の役人が調査に訪れた際は、畑を自分たちで滅茶苦茶に荒らした上に、クイーンたちの食いかけをわざと目につく場所に置いた。国は郊外の村ということでろくな人員を送らなかったため、魔物の被害を目の当たりにした役人はおびえてちゃんと調査せずに逃げ帰ってしまった。
そして役人は、どうしてこんな被害が起こっているのか分からないけれど後は勇者に依頼を出して解決してもらえばいい、そう結論づけた。それが村長たちの企みだとは気づかずに。
もし勇者が国の依頼で死ねば、危険度が引き上げられ村への給付金の金額も上がる。依頼を受けて訪れた勇者パーティーに薬を盛って眠らせてクイーンに献上した。しばらく待ってから今度は消息不明となった勇者を捜索する依頼を出す。食事の邪魔をされたクイーンとミニオンは当然攻撃的になり、次の勇者パーティーに容赦なく襲い掛かった。
救出が最優先とされた依頼内容だったので、次の勇者パーティーはクイーンとミニオンへの攻撃は最低限にして、繭の状態にされた最初のパーティーを奪取して運び出す。二組目の勇者パーティーは魔物の脅威を感じながら、凄惨な死を遂げた勇者たちの残り物を目にした。これらの証言を受けてさらに危険度は跳ね上がり、給付金は満足のいく金額に上がった。
ここまで予定通りに進めて、次は献上するものを人から動物に変えてクイーンたちをそれで満足させる方へと舵を切った。そして被害者であり続けるために田畑を自分たちの手で荒らした。魔物によって受けた被害ならば、病気の風評被害はいずれ跡形もなく消える。この特殊なクイーンスパイダーの存在は、サクラク村にとって都合のよい取引相手に変貌したのだった。
授与式の後、俺たちは国で用意された豪華な宿の一室に泊まっていた。サクラク村で起きた事件を解決した勇者として、国から破格の待遇受けて、さらに多額の報奨金をもらうことができた。これでしばらくゴールドに困ることはない、旅においても、ルネに支払う給料においてもだ。
しかしどうにも気が晴れない、ふかふかで豪華なベッドもなぜか居心地が悪かった。俺がそんなことを考えていた時扉がノックされた。開けるとそこにいたのはマルスさんだった。
「勇者殿、少しよろしいじゃろうか」
「ええ勿論。どうぞ」
俺はマルスさんを部屋に招き入れて椅子に座らせた。俺もその対面の椅子に腰かける。マルスさんがルネを伴っていないのは珍しいなと思った。
「依頼解決、まことにおめでとうございますじゃ。勇者殿の慧眼なくして、サクラク村の企みを暴くことは叶わなかった。このマルス、改めて感服いたしました」
マルスさんはそう言って頭を下げた。しかし俺は、それにどう応えていいか分からず言葉に詰まってしまう。
「おや、どうされましたかな?顔色が優れぬようじゃが」
「…サクラク村の人々の今後を思うと、やはり気が重いです。やったことは許されることではない。だけどあまりにも不運が重なった結果、そうなるべくしてなってしまったのではないか。事件の全容を知ってそう思ってしまうのです」
俺がそう言うとマルスさんはしばし俯いて考えこんだ。そしてゆっくりと口を開く。
「確かに勇者殿の言うことは正しい。あの村を救う道、分岐点はいくつもあったとわしも思いますじゃ。しかし最終的に悪事に手を染めたのは村人たちの選択、そのことをゆめゆめ忘れることはないように」
「そう、ですね。村長と村人たちは自分たちにとって都合のいいように人を殺している。しかも平和な世のために立ち上がった勇者を」
「左様ですじゃ。勇者は自ら進んで危険に立ち向かう存在、人々の剣となり魔王を滅し、盾となり最前線で皆を守る、そしてその行動で勇気を示すもの。並々ならぬ想いを背負う勇者を私欲のために手にかけたことは、ともすると魔王よりも悪と呼べる行動じゃ」
魔王よりも悪。その言葉が俺に重くのしかかった。勇者が守る人の平和のなかには、当然このような悪も紛れ込んでいる。果たしてただ魔王と戦ってそれを退治することが、本当の平和につながるのだろうか、ふとそんなことを考えてしまった。
「…勇者殿、迷いは捨てぬようにしてくだされ」
「えっ?」
「迷いが剣を鈍らせるなどと世迷言を言うものもおる。しかし人というのは迷い、悩み、考える生き物じゃ。迷いとは心、心なくして人は生きられぬ。いつしかその迷いが道しるべとなる時がくるやもしれぬ」
「迷いが…道しるべに…」
「なあに、そう深く考えずともいいですじゃ。しょせん老骨の世迷言、勇者殿は勇者殿らしくあればいい。ではわしはこれで、そろそろルネちゃんの顔が見たくなってきましたゆえ」
そう言って席を立ったマルスさんに俺は声をかけて引き留めた。
「あの!」
「うん?どうかされましたか?」
「リオンです。俺の名前、勇者殿じゃなくてリオン。仲間なんですからそう呼んでください」
俺がそう言うとマルスさんはにっこりと笑った。とても嬉しそうに笑った。
「ええ、ええ。ありがとうございますリオン殿。これからもよろしくお願いしますじゃ。そうじゃ!わしのことも呼び捨てていただいて構いませぬぞ」
「いや流石にそれは気が引けますよ、多分慣れないと思うし。それより俺もついていっていいですか?ルネに給料渡さないと」
「おお!では共に参りましょうぞ!ほっほっほ!」
マルスさんはやけに嬉しそうにしながら刀をついて歩き始めた。俺もそのゆっくりとした歩幅に合わせて、ゆっくりと隣を歩いていくことにした。
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