第15話 潔くないと痛い目にあう

 鉱山から生還してきた俺たちを見て、村人及び村長は悲鳴を上げた。戻ってくるとは思っていなかったものたちが戻ってきたのだから、その気持ちは分からないでもない。


 ルネは「無事でよかったです」と思ってもいないことを言いながらすり寄ってくる村長に思い切りビンタした。ぶん殴る、そのことを有言実行してくれてちょっとだけスッキリした。


「いきなり何をするんですか!?」

「ああん?しらばっくれるってんですか?とっくに調べはついてんですよ。あんたら村ぐるみで、国からの給付金目当ての犯罪をしていたでしょう!魔物まで利用して最低ですね」

「なっ!何を根拠にそんなことを…」

「私たちを殺させるために鉱山に置き去りにしたでしょ!薬まで使って!」

「そんなの言いがかりですよ!鉱山へはあなたたちが勝手に行ったんじゃないですか。どんなこと言われようとも、村人全員がそう証言しますよ」

「あくまでも白を切ろうって魂胆ですか…あまり舐めた態度取ってるとこっちだってやってやりますよ」


 うつらうつらしていたマルスさんの刀に手をかけようとしたルネのことを俺は急いで止めた。流石にそれは一線を越えている。いや俺も正直気持ちは分からなくもないが、村人たちが本当に悪いことをしていたのなら、正々堂々と打ち破らなければならない。


「お互い少し落ち着きましょう。俺たちも死に物狂いで鉱山から戻ってきたからきっと興奮して冷静な考えができていないかもしれません」

「そうですね。…まったく、なんて失礼な奴だ」

「それはそれとして村長さん。村の作物はどこに隠したんですか?」

「はあ?君は何を言っているのかね、畑のものはすべてクイーンスパイダーたちに…」

「取られてませんよね?そもそも取るはずがないんですよ、あの魔物たちが。それにこれだけ広い畑の作物を根こそぎ持って行ったとしたら、多少は巣にその痕跡が残っているはずなんです。でも一つも見当たらなかった」


 サクラク村の田畑は面積が広い、多分これが村の主要な産業なのだろう。村がもう一つ分くらいはある畑の作物を、すべてクイーンスパイダーたちが回収して食べていたとしたら、明らかにおかしいことがある。


「最初の勇者パーティーの救出の際、数日経過したとあなたは言った。その時かろうじて運びだされたのは食べかけの遺体だった。つまりあなたの言い分では溶かすまでに時間がかかるはずなんですよ、なら溶かしかけの野菜が少しくらい残っていてもいいはずだ。確かにあの巣は大きくて子の数も多かったけれど、畑の作物をすべて食べきれるほどの数はいなかった。それに肉食の魔物が急に草食に変わってあの規模の巣を維持できるかと考えると怪しいです。状況証拠がここまでそろっていると、流石に何かしらの関与を疑わざるをえませんよ」


 俺の指摘を受けて村長とその周りにいた村人たちはぐっと押し黙った。そもそも俺たちが無事に戻ってきた時点で言い逃れができない状況なのだ、そりゃもう押し黙るしかないだろう。


 仕留めたクイーンスパイダーとその巣の中を詳しく調査されれば村人たちは終わりだ。それに加えて俺たちの証言もある。だから次に取る行動は何となく予想できていた。


「あなたたちが戻ってきたことは想定外でした。しかしどうしますか?通報しますか?このままのこのこ無事に帰れるとお思いで?」

「あ?なんですかその出来損ないの悪役じみたセリフ。言っていて恥ずかしくないんですか?」

「うるせえな!!おうてめえら囲め囲め!!勇者だか何だか知らねえが袋叩きにしちまえばそれでしめえだ!!」


 本性を現した村長の合図と同時に、村人たちは農具などを構えて俺たちを囲んだ。ブチ切れかけのルネはいよいよマルスさんの刀を抜こうとするが、洒落にならないのでやっぱり止めた。代わりといってはなんだが、切ろうと思って用意していた切り札を切ることにする。俺は懐に手を入れてあるものを取り出した。


「あ?なんだぁそれは?」


 返答せずに俺は手にしたものを上に放り投げた。上空ではじけ飛んだそれは強烈な光をビカビカと放ちながらとどまり続けている。


「これは勇者にだけ使用が許されている信号弾です。緊急事態を知らせるもので、近くにいる勇者パーティーや国の警備隊などが応援に駆け付ける決まりになっています。今ここであなたたちが俺たちを殺して鉱山に打ち捨てたとしても、この信号が発せられた事実があれば言い訳しても完璧に疑われます。もう見苦しい真似はやめにして潔く罪を認めてください」


 捨て身の悪あがきも意味をなさないことを知ると、流石に村人たちは武器を投げ捨ててうなだれた。村長だけが最後まで「あきらめるな!」だとか「このままじゃ村は終わりだぞ!」だとわめいていたが、村人に「もう終わりだ」と説得されて、最後には全身から力が抜けたようにがくっと地面に膝をついたのだった。




 信号弾を見てマルセエスの警備隊に役人、そして多数の勇者パーティーがサクラク村に集まってきた。流石に疲労困憊だった俺たちは、後のことを任せて休ませてもらうことにした。


 特に俺は全身ズタボロで大小様々な怪我を負っていた。まあこれはクイーンスパイダーから負わされた傷ではなく、魔法を使った無茶な突撃のせいでこうなったのだが、そこは黙っておくことにした。


 サクラク村近くに設営されたテント内で休んでいると、誰かが入ってくる音がしてそちらに目を向けた。軽く手を上げながらアルフレッドが近づいてくる。


「リオン、傷はどうだい?」

「もうすっかり治ったよ。ありがとう治療してくれて」

「礼なら仲間に。彼女腕がいいだろ?うち自慢の回復魔法のスペシャリストさ」


 俺の傷を治癒してくれたのはアルフレッドの仲間の僧侶だった。おかげさまで傷はすっかり治っていた。ただ体力までは戻すことができないので、俺はここで横になって休んでいた。


「しかし君がそれだけの傷を負うほど苦戦するとはな。一体どれだけ異常なクイーンスパイダーだったんだ?」

「あ、えっと…。そ、そうだねうん。ものすごく異質だったよ。ミニオンスパイダーの数は通常より多かったし、クイーンスパイダーの方もやけに知恵が回る奴でね、いやあ見たことも聞いたこともない相手だったから本当に手こずったよ」


 見栄は張りたかったが嘘はあまり言いたくない、そんな苦し紛れで出てきたのがこの発言だった。うんうん、嘘は言ってない嘘は。


「そうか、君がそれだけ言う魔物なんだ、情けない話だが君が討伐に当たってくれて正解だったかもしれない」

「へ?それはどういう…」

「実は僕たちもこの依頼を受けようかと思っていたんだ。依頼書の内容に怪しい点がいくつかあったからその調査のためにもね。一度仲間に持ち帰って相談しようと思っていたら君が先に依頼を受けてしまっていた。君には分かっていたんだろう?この依頼の解決が急務だったことを」


 ちっぽけなプライドにやっすい見栄はかえって自分の自尊心を傷つける、俺は心の中で静かに落涙した。確かに依頼を受ける時点で疑わしい点はいくつもあったが、結局決め手となったのは討伐難易度に対してあまりも高い報奨金だった。


 怪しいことは怪しかったので、何か証拠をつかんだらそのまま国に垂れ込もうと思っていた。仲間には内緒にしていたが、まともにやって勝てる相手ではないので戦闘せずに済むのならその方がよかったというのが俺の素直な気持ちだった。アルフレッドたちのパーティーが依頼を受けていたら、もっとスマートに解決したと思う。


「まあ薄々ね…。そ、それよりも!今は村で起きていたことの調査に当たってほしい。俺はこの通りまだ動けそうにないから」

「ん?ああ、それはそうだな。じゃあ僕はこれで…」

「あ、ちょっと待って!」


 俺は立ち去ろうとするアルフレッドを引き留めた。そして俺の方に向き直った彼に聞いた。


「俺の仲間、マルスさんとルネの様子はどう?怪我とかしてなかった?」

「ああ、二人共大丈夫だよ。マルスさんは気持ちよさそうに昼寝しているし、ルネさんは側についてマルスさんの面倒を見ている。一応診てもらったけれど、二人には傷一つなかった。二人に比べると君の大怪我が不思議なくらいだよ」


 アルフレッドは二人の無事を告げると、テントから立ち去って調査に戻った。俺はほっと溜息をつくと、どうしてか急激に疲労が襲ってきて泥のように眠ってしまった。

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