第14話 ぶっとんだ思考

 獅子奮迅の戦いぶりで巣の中にいたミニオンスパイダーを全滅させた。その戦果を挙げたのはなんと刀を抜いたマルスおじいちゃんだ、理屈は不明だが刀を抜くとものすごく強くなる。しかしその状態の持続時間は三分前後で、さらに体調に左右される。


 俺たちは恐らく無理やり眠らされた。そのためマルスさんは、いつも介護士のルネがかけるスリープの魔法でぐっすり休むところを、別の方法で眠らされたので感覚を狂わされた。そのせいで、三分経たずに戦闘モードが解けて寝てしまった。


 自分の子たちであり手足でもあるミニオンスパイダーを全滅させられて、クイーンスパイダーは完全に怒っている。まずは目の前で力尽き眠ってしまったマルスさんを助けなければならなかった。


 すぐさま行動を起こした俺は走りながらファイヤーボールの詠唱を始めた。手のひらで小さな火の玉を作ると、少しでも勢いをつけて威力を高めるために球体を投げる要領で腕を振りながら放った。


 威力は低すぎて話にならないが、クイーンスパイダーの弱点は火だ。ファイヤーボールをぶつけられたことに怯んでこちらへの注意が逸れた。俺はその隙にマルスさんを担ぎ上げると、命からがらそこから逃げ出した。


「ルネ、マルスさんを頼む!」


 少々乱暴にマルスさんの体をルネに預ける。老人とはいえ、眠っている人間一人を抱えて走るのは今の俺にとってものすごく重労働だった。乱れた呼吸を整えることに集中して、もう一度クイーンスパイダーの方へ向き直った。


「リオンさんまさか戦うんですか!?無茶ですよ、もう逃げましょう!クイーンスパイダー一匹なら何とか逃げ切れますって!」


 ルネの言い分はもっともなものだった。しかし俺は折れた剣を構え直してルネに言った。


「ルネの言う通りなんだけどさ、それでもやっぱり俺は戦うよ。このクイーンスパイダーは明らかに異常な個体だし、あいつは村の悪事の証拠でもある。それにここで逃がしたら他の場所で巣を作りまた人を襲うかもしれない。なら今戦える誰かが戦わないと」

「今リオンさんに戦う力はないでしょ!?」

「ないよ。だけど俺は勇者として選ばれた。だからここでこいつを倒す。この命に代えてでも」


 それに俺のあがきが無駄でも、ルネたちが逃げる時間くらいは作れる。それが今、俺がやるべきことで、やりたいことだ。


「じゃあな、上手く逃げろよ!起きたらマルスさんにお礼を言っておいてくれ、最高の仲間だったってな!」


 短い付き合いではあったが最後にいいものが見られた。俺もいつかはあのように戦える剣の達人になってみたかった。ただ折れた剣にだって意地はある。剣は折れていてもまだ俺のプライドは折れていない、勇者の名に恥じぬよう最後まであきらめることなく戦おう。


 俺はそんな思いを胸に怒り狂ったクイーンスパイダーに突撃した。




 クイーンスパイダーは怒っていた。我が子らはすべて殲滅させられた。もう一匹も残っていない。産卵直後のものが少々残っているが、生まれたとしてもすぐに戦力にはならない。


 子を殲滅させられたことに怒るクイーンスパイダーであったが、同時に冷静に戦局を見る目もあった。今まで子を殺していたものは突然倒れて動かなくなった。代わりに出てきたのは見るからに弱そうで、武器は折れた剣だけだった。


 ここで奴を殺すことは簡単だ。しかしその後のことを考えなければならない。自らの手足となるミニオンスパイダーたちは全滅した。場所を変えて巣を作り直すのだ。雑魚同然の相手であっても手傷を負わせられると面倒だった。


 この時点で、クイーンスパイダーの思考はいかにして逃げるかというものに変わっていた。幸い相手は逃げるだけなら容易い相手だった。戦いに応じる姿勢を見せつつも、逃げ道と方法に思考の多くは割かれていた。




 吐き出される毒液を避け、振り下ろされる脚の先についている爪の斬撃もギリギリのところで躱す。リオンはクイーンスパイダーが放つリーチの長い攻撃にさえぎられ、中々肉薄できずにいた。


 リオンが攻撃を通すためにはどうにかして敵に近づく必要がある、しかしクイーンスパイダーも武器を見てそれが分かっているので易々と通すつもりはなかった。リオンを徹底的に遠ざけるような立ち回りをしている。


 魔法による攻撃も考えたが、リオンのファイヤーボールでは威力不足でけん制程度にしかならない。しかも一度手の内を見せてしまっているため、相手も警戒している。それでもと思い詠唱を始めると、クイーンスパイダーは即座に毒液を吐いて魔法の発動を妨害した。


「クソっ!知恵の回る魔物だな!」


 悪態をつきつつもリオンは姿勢を低くして、吐き出された毒液の下をくぐって回避した。相手の攻撃を目くらましに使って少しでも距離を詰めようという作戦だった。


 だがすぐさま爪による反撃がくる。この戦闘が始まってから初めて距離を詰められたのだが、リオンの接近を警戒するクイーンスパイダーがそのことを見逃すはずがなかった。


 それでもリオンはただ諦めたりはしなかった。クイーンスパイダーが脚を振り下ろす攻撃の先に、剣に残った刃を置いた。振り下ろす勢いを利用されて爪の間に刃が深く食い込んだ。リオンの腕にかかる負担と衝撃も大きかったが、思わぬ反撃を食らったクイーンスパイダーにも大きな痛手であった。


 リオンが思い切り振りぬいて爪の間から剣を引き抜くと、クイーンスパイダーはとにかくリオンを離れさせるようとして手あたり次第に暴れた。一撃でも食らえば致命傷になりかねないリオンはすぐに退いて距離を取る。手間をかけて懐に飛び込んだが、結局与えられたのは一撃だけだった。


「どうにかして一気に近づかないと」


 今リオンに足りないのは攻撃を無効化して懐に飛び込むことのできる敏捷性だった。しかし今の状態では脚力も足りなければ、能力不足を補う魔法も使うことができない。リオンは完璧に攻めあぐねていた。


 何か、方法は何かないのか。にじり寄りながらそう考えるリオンであったが、クイーンスパイダーが予想外の行動に出た。戦いをやめてリオンに背を向け坑道を通って鉱山の奥へ逃げようとしたのだ。待てと叫びたかったが、リオンにそれを止めるだけの手段はない。クイーンスパイダーが逃げに徹するとなると、もうどうしようもなかった。


 怒りに身を任せ襲い掛かってくるであろうと想定していたリオンにとって、クイーンスパイダーのこの行動はまったくの想定外だった。万事休すか、そう思ってリオンが俯きかけた時、クイーンスパイダーが逃げ込もうとした先の坑道の天井が爆発した。瓦礫が道を塞いだのでクイーンスパイダーは足を止めた。


「やっぱり当たらなかった!もう、どうしてこう狙いが定まらないかな!私向いてないんだよなあ魔法使いにさあ!」


 天井を崩落させクイーンスパイダーを足止めしたのは、マルスを安全な場所に置いて戻ってきたルネだった。足止めは偶然で、本当はクイーンスパイダーめがけて放ったエクスプロージョンの魔法が、狙いが逸れて天井に当たった結果だった。


「ルネ!?どうして戻って…」

「寝覚めが悪いんですよ寝覚めが!リオンさんは自己満足して死ねていいかもしれませんが、こっちは置き去りにしてきたって事実が嫌なんですよ。でも、戻ってこなきゃよかったです。今ので絶対あの蜘蛛キレてますよ。やっぱりリオンさんなんて置いて逃げればよかった!」


 勝手に戻ってきて勝手なことを言うルネに呆れたリオンだったが、今の魔法を見てクイーンスパイダーの攻撃をかいくぐって接近する方法を思い付いた。


「よく戻ってきてくれたルネ。これならクイーンスパイダーを倒せるかもしれない、協力してくれ」


 思い付いた方法をリオンはルネに伝えた。それを聞いて驚いた表情で「正気ですか、死にますよ?」と問うルネだったが、リオンは無言でうなずいた。言外に「いいからやれ」という意思表示だった。ルネはしばし考えた後「どうなっても知りませんからね」と言ってから地面に手をついた。




 逃げ道を塞がれたクイーンスパイダーは困惑と怒りで標的をもう一度リオンたちに向けようとした。しかし逃げ道に使える坑道は崩落した場所だけではない。増援が来た以上先ほどより迷いなく逃げの一択を選んだ。


 しかし自分たちに背を向けた絶好の機会をリオンは見逃さない。足元に手を置いているルネに「今だ!」と合図をすると、ルネは地面に向かって威力を低く調整したエクスプロージョンの魔法を放った。


 爆発の衝撃で吹き飛ばされるリオン、身構えていたとはいえ全身に激痛が走った。足の指の骨は折れて目にちかちかと光が回った。リオンが負ったダメージは大きかったが作戦は成功した。


 魔法に合わせて爆発する直前にリオンは思い切り踏み込んで跳んだ、目指す先はクイーンスパイダーだ。爆風を利用して突っ込んでくることなど予想外であったクイーンスパイダーは、飛んでくるリオンに対して反撃するタイミングを逃した。


 折れた剣を突き立てながら空中から体当たりをしたリオン。ぶつかった衝撃で刃は体の奥深くに突き刺さり、それがクイーンスパイダーの致命傷となった。体当たりの衝撃でぐしゃっとつぶれたクイーンスパイダー。その上で返り体液をべっとりと浴びたリオンは、大の字に寝転んで「勝った」と小さく呟いた。

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