第13話 おじいちゃんの本気

 クイーンスパイダーの巣は広い、恐らく鉱山でも一番開けた場所を選んだのだろう。体の大きさからしてもあまり小さな場所では子を産むスペースがない。ピンチだけれど俺の思考だけはひたすら冷静だった。これも訓練のたまものだ、今から無駄になりそうだけど。


「何ですかこれ!?どうして私たちこんなところに!?」

「多分夕食に何か盛られたんだろうな、あそこから記憶がないから。その後、村人たちがここに運んだんじゃないかな」

「はあ!?何故そんなことを!?」

「装備に荷物、そっくりそのまま残ってるだろ?筋書は多分こうだ。俺たちは果敢にもクイーンスパイダーの巣に乗り込んだ、しかし奮闘むなしく糸にからめとられて死んでしまった。装備や道具を引っぺがして金に換えたいとは思うが、それやると突っ込んで聞かれた時に言い訳できないからな、その辺の保身もばっちりだ」


 謎はまだまだ残っているが、村人たちがこのクイーンスパイダーの巣を利用していることは間違いないと考える。恐らく最初に依頼で訪れた勇者たちは、戦うこともできず眠らされたまま蜘蛛の餌食になったのだろう。


「なるほどなるほど、そういうからくりでしたか。あのクソ村長、戻ったら絶対ぶっ飛ばす」

「ルネに同意。と、言いたいところだけどさてこの場を切り抜けて生き残れるのか…」


 もはや多勢に無勢というレベルではない。俺たちは今いるのは巣の中、ミニオンスパイダーも多少減らしたところですぐに奥から予備がやってくる、焼け石に水だろう。最後まで戦って死ぬか座して死を待つか、二つに一つだ。


 しかし俺の絶望とは裏腹にルネが不敵に笑った。


「しかしバカですねこの村の人たちも、私たちの中で最強の戦力に武器を与えたまま巣の中に放り込むとは」

「えっ?それってもしかして」

「絶対にリオンさんのことではありません」


 即座に否定されてへこむが、もうそうなると最強戦力の候補は一人しかいない。そしてそれは流石に信じられなかった。


「本気なのかルネ?本気でマルスさんが最強戦力って言っているのか?」

「ええ。この状況を切り抜けられる可能性はマルスおじいちゃんにしかありません。まあ見ていてください」


 ルネは寝ぼけてズボンを下ろそうとしてるマルスさんの手を掴んで止めた。


「マルスおじいちゃんトイレはまだ我慢して、後で嫌ってほどじゃばじゃばさせてあげるから」


 そして掴んだ手を杖代わりに使っている刀の柄に手を添えさせた。そこから俺は信じられない光景を目にする。


 まだまだ寝ぼけ眼という様子だったマルスさんは、刀を鞘から抜くにつれて曲がった背と腰がシャキッと伸びた。抜き放たれた白刃が光ると、杖がないとまともに立つことができなかったマルスさんが、堂に入った立ち姿で刀を構えた。心なしか見た目も若返って見える。


「ほう、クイーンスパイダーにミニオンスパイダーの群れか。これほど大規模な巣を見るのは久しいな、数も多く質もいい、これは中々骨が折れそうだ」


 何故か話し方もまったく違う。声も低くて渋くてかっこいい、ていうかすごく聞き取りやすかった。普段は大分ふがふがしていて聞き取りにくいから本当はこんな声だったのかとそこにも驚いてしまった。


「ではお二人共少々お下がりくだされ、今からちと掃除してまいりますゆえ」

「あっはい」


 もはや別人のマルスさんは実に静かに無駄のない動作で群れの中へ飛び込んでいった。




 それはほんの一瞬の出来事であった。マルスは流れるような動作で刀を横一線に薙いだ、辺りを取り囲んでいたミニオンスパイダーたちが、自分が斬られたのだと気が付けたのは絶命する寸前のことだった。たったの一閃で粉みじんに斬り刻まれた仲間を見てミニオンスパイダーたちは本能的な恐怖を覚える。


 しかしミニオンスパイダーたちに怯える暇はない、マルスの足がクイーンスパイダーの方へと向かっていた。群れのリーダーを守るためにミニオンスパイダーたちは捨て身で突撃する。


 だがその命を使った足止めも白刃の閃きに散っていく、足元からの不意打ちも、死角からの突撃もすべてが無意味だった。繰り出される一撃が大量のミニオンスパイダーを斬り刻んでいく、その太刀筋には一つの無駄もなく、ただひたすらにミニオンスパイダーたちを確実に仕留めていった。


 マルスは動作こそゆったりとしたものであったが、技の冴えは鋭く強靭であり、衰えた体を思わせない威力を誇っていた。その戦いぶりは嵐の如く歯向かうものすべてを飲み込み塵へと変えていった。




 目の前で起こっていることは本当に現実か、俺はマルスさんの鬼神のごとき戦いぶりを前に、ただ茫然と見ていることしかできなかった。


 強い。いや強すぎる。技の起こりはなく連なる動作に隙もなし、繰り出される技すべてが必殺。剣士として嫉妬する気も湧かない、武として一つの極みを見せられていた。


「すごい…、動きを追うので精一杯だ」

「リオンさんにはマルスおじいちゃんが何やってるのか見えるんですか?」

「正直全部は見えてないと思うけどな。ていうか説明してくれ、あれは何が起こっているんだ?」


 ルネに説明を求めると、彼女も困ったように話始めた。


「理由とか理屈とかは分かりません。ただマルスおじいちゃんは鞘から抜いた刀を手にすると、あのように最強の剣士だった時に戻るんです。不思議でしょ?普段は本当にただのおじいちゃんなのに」

「なんだそりゃ。え?体も元に戻るの?」

「いえ流石に加齢はどうにもなりませんよ。本当にどうしてそうなるのか分からないんです。ただ曲がっているはずの背も腰も元に戻るし、なんか口調も変わるんです。そして滅茶苦茶に強い。まあでも今はそれだけ分かっていればいいんじゃないですか?リオンさんも私も今は役立たずだし、お言葉に甘えて掃除が終わるのを待ってましょうよ」


 言われるまでもなくマルスさんの戦いに割って入ろうとは思わない。というより入れない。恐らく俺が力を失う前の実力でも邪魔になるだけだと思う。


 大事に大事に抱えていた刀にちゃんと理由があって、こんな秘密が隠されていたとは思いつきもしなかった。これほどの剣士が何故無名だったのだろう、俺はマルスさんの過去にも興味がわいてきた。


「いやあこんな絶体絶命のピンチなのに余計なこと考える余裕が出るんだからすごいよ。なんでもっと早く言ってくれなかったの?」

「聞かれなかったので。というか普通聞きません?マルスおじいちゃん普段の様子だと絶対戦えないでしょ。そういうところ気にならなかったんですか?」

「あれ俺聞いてないっけ?」

「さあ?でも私が言ってないってことは聞いてないんじゃないですか?」


 一気にありえないことばかりのことが起きてその辺をおろそかにしていたのかもしれない。伝説の剣は折れるし、仲間は80歳のおじいちゃんだし、その付き添いの介護士は魔王討伐の旅に出てても構わず給料を要求してくるし、こうして考えてみると、何とか全部自分一人でやろうとし過ぎていたのかもしれない。


 とにかくマルスさんがこれだけ戦えるというのは僥倖だった。あれだけ戦えるのなら、もしかしたら魔王討伐も夢じゃ…。


「なあルネ。聞いてもいいか」

「手短にお願いします。私さっさとここを出て寝直したいんですよ」

「何かマルスさんの動きが鈍くなってきてるけど、あれって何か理由あるの?」

「えっ?あっ」


 あっ。に続く言葉が恐ろしすぎて聞きたくなかった。しかしそうもいかない。


「体調にもよるのですが、大体あの戦闘モードって三分前後で限界がくるんですよね。あれえ?まだ三分も経ってませんよね?」

「うん」

「えー…。あ、そっか。私たちって薬か何かで無理やり眠らされたんですよね?」

「多分ね」

「それだ。マルスおじいちゃん睡眠のリズムが狂っちゃったから多分今ものすごく眠いのかも。これヤバいんじゃ―」


 ルネが言い終わるかどうかのところでマルスさんがパタリと倒れた。ミニオンスパイダーたちを全滅させて、後はボスのクイーンスパイダーだけという状況でだ。彼はその目の前でぐうぐうと大きな寝息を立てている。


 全身からぶわっと汗が噴き出した。ミニオンスパイダーの脅威はなくなったが、このままではクイーンスパイダーに全員やられる。そしてもしここでクイーンスパイダーを仕留めきれなかったとしたら、村ぐるみの犯罪の証拠に逃げられる可能性がある。


 やるしかない。俺は折れた剣を抜いて構えた。最悪な状況は身構えている時にはやってこない、いつだって唐突に訪れるものだ。俺が持つ折れた剣がその証明だった。

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