第12話 悪い予感の方が当たる
サクラク村にたどり着くまでに四日を要した。想定より時間がかかったが、それでも徒歩でここまで来た。周りからすると些細なことでも、俺にしてみると思わずガッツポーズしてしまうほどの大きな成果だった。
「何してるんですかリオンさん。さっさと行きますよ、私早く休みたいんだから」
「あれ?」
俺は思わずではなく本当にガッツポーズをしていた。まったく無意識の内だったので恥ずかしくなって手を引っ込めた。そしてルネに続く形でマルスさんと一緒に依頼主である村長さんの家へと向かった。
「ああ、お待ちしていました。ずいぶん時間がかかりましたね、何かありましたか?」
「ええと…まあ、色々と、ね。それよりも依頼内容について詳しくお伺いしてもいいでしょうか?」
「ええ勿論。中へどうぞ」
村長さんの家に通されて席につく、出されたお茶とお菓子には遠慮なく手を付けた。喉もカラカラだし腹も減っている、正直とても助かった。
「本当に大丈夫ですか?」
あまりにがっつく俺の姿を見て不安に思ったのか、村長さんがそう声をかけてきた。俺は口に詰め込んだお菓子をお茶で流し込むと、一息ついてから話を切り出した。
「失敬。まだまだ旅慣れずにいて、お恥ずかしい限りです」
「そうでしたか。まあいかに勇者といえども魔王復活前は普通の候補生でしたでしょうから、突然の旅立ちで無理もない話です」
「ご理解いただき感謝いたします。では依頼の話を…と、いきたいところですが、ちょっと気になったことを聞いていいですか?」
「どうかしましたか?」
「村を少し見てみましたが、田畑がすっかり荒らされていて人も少ない、どうしてですか?」
俺の質問に村長さんは沈痛な面持ちで俯いた。そしてゆっくりと村の状況について話始めた。
村の近くの鉱山に巣を作ったクイーンスパイダー、そもそも人の生活圏近くに巣を作るのが珍しいことだった。すぐさま対策を取ろうと村人総出で動き出したが、そこで事件が起きる。
魔王が復活しても憶病な性格なままのはずなのだが、ミニオンスパイダーの一匹が村人に襲い掛かった。その一匹だけであればまだ対処可能だったのだが、ミニオンスパイダーはクイーンの命令を受けて次々とその村人に襲い掛かってきた。
多勢に無勢でその村人の一人は巣に連れ去られてしまった。その後もミニオンスパイダーは好戦的な姿勢を崩さず、村人たちは敗走を余儀なくされた。
それからというもの、クイーンはミニオンたちを使って村に何度も襲撃を仕掛けるようになった。田畑の作物を荒らして根こそぎ持ち去り、何匹かの家畜は連れ去らわれた。村人たちは魔物を警戒して外出を控え、結果としてクイーンスパイダーたちにやられ放題という現状になってしまった。
「我々は巣に近づくこともできず、気軽に外を出歩くこともできない。国からの給付金によって何とか食いつないでいる状況でして…」
「なるほど。確か全滅した勇者パーティーがいるという話でしたが、その時はどんな状況だったのですか?」
「実に悲惨なものでした。鉱山へ入っていった後数日間音沙汰がなくなり、こちらから無事を確認しようもない。そこでもう一度依頼を出しました。先遣隊の安否確認と、可能ならば討伐の方もと」
それで二パーティーがこの依頼に関わっていたということか、最初のパーティーは討伐、次は救出と討伐、そして恐らく二つ目のパーティーは。
「遺体の回収には成功したけれど、クイーンスパイダーの討伐には失敗した。そういうことですね?」
「そうです。それに回収できたものも遺体と呼んでいいものか…、とても言葉では言い表せられない惨状でした」
クイーンスパイダーの捕食方法は、獲物を糸でからめとり繭のようにしてから、そこに消化液を流し込み溶かしてから飲むというものだ。中身が空ではなく持ち帰れたということはまだ消化の途中だったのだろう、どんな状況だったか想像するだけでぞっとする。
「分かりました。情報収集のために一度村の中を見て回っても構いませんか?」
「勿論いいですけど、危険ですよ?」
「危険は承知の上です。それでもまずは敵を知らねば戦いにもなりませんから」
俺はそう言って席を立つと二人を連れて村長さんの家を出た。心配そうな目でこちらの様子を窺う村長さんに、俺は心配ないと言い聞かせるように微笑みかけた。
誰もいない村の中を歩く、後ろに続くルネが話しかけてきた。
「リオンさん、この依頼ヤバくないですか?」
「ヤバいって?」
「そのクイーンスパイダーとミニオンスパイダーですよ。明らかに異常だし強すぎですって、リオンさんじゃあ絶対に勝てないです。やめましょ」
言い草にはカチンとくるが、今ある情報だけを信じるならルネの言う通りだった。俺では勝てない、認めなくはないが。しかしそれは村長さんの意見をすべて信用できるならの話だった。
「見てみろよ、この畑」
「何ですか?荒れた畑がどうかしました?勝ちの目がないのをごまかしたいだけじゃないですよね?」
「いいから見ろって!」
畑は確かに荒らされていて作物もなくなっている。根菜まで丁寧に掘り返されていて、まさしく根こそぎといった感じだ。
「酷い物ですね、こんなにぐちゃぐちゃに掘り返しちゃって」
「そうだ、作物はすべて掘り返されている。これは明らかにおかしい」
「へ?どうしてですか?」
「ルネちゃん。ジャイアントスパイダー、及びその亜種はすべて肉食じゃ。家畜がすべて襲われるならまだしも、畑の作物を狙うのは変なんじゃ。それもこうしてくまなく掘り返しておる、一体どうやってやるんじゃこんなことを」
俺の言いたいことに気が付いたマルスさんの話で、ようやくルネもそのおかしさに気が付いたようだ。
「何らかの理由で食性が草食か雑食に変わった可能性もあるけど、ここまで綺麗に根こそぎ持っていくとは考えにくい。それに畑にあるこの足跡、これは人の物で比較的新しい。危険だから村人は気軽に出歩けないはずなのに、何故何もない畑にわざわざ出向く必要があるんだ?」
「ミニオンスパイダーが通った形跡もありませんな」
「鉱山に巣くったのは本当にクイーンスパイダーなのか、それとも…」
俺が考えを述べる前に遠くで誰かから呼びかけられた。声の主は村長さんだった。大きく手を振ってこちらが気が付くようにアピールしている。俺たちは村長さんの元へ向かった。
「そろそろ暗くなります。ミニオンスパイダーが活発に動き出す時間で危険です。一度戻った方がいいですよ」
「分かりました。どこか待機できる場所はありますか?」
「それならもう一度家へ来てください。この村に宿屋はないので、客人が来た時は基本的に私の家の客室を使ってもらうことになっているんです」
「そうですか、ではもう一度お世話になりますね」
日が落ちる前に村長さんの家へと戻る。確かにクイーンスパイダーの活動が活発になるのは夜になってからが多い、あながち嘘ばかりを言っている訳ではないなと思うと、余計発言内容がちぐはぐに思えて怪しさは増す。
しかし何はともあれ鉱山に巣くった魔物を確認せねばすべて推測の域を出ない。俺たちは村長さんの家で用意された食事をとってから、明日の活動に備えて早めに眠ることにした。
ぶるると体が震えて目を覚ます。それもそのはず、俺はいつの間にか冷たくごつごつとした岩の上に寝ていたからだ。暗闇の中体を起こすと、かさかさと何かが這いずる音が聞こえてくる。
俺は落ち着いて近くにあるはずのものを探した。そしてやはり俺の荷物があった。これで推測が確信に変わった。あらかじめ用意しておいた光源用の発光石を取り出すと叩いて灯りつけた。
突然カッと鉱山内部を照らしたことで、周りに集まっていたミニオンスパイダーたちが光に驚いて散る、クイーンスパイダーが警戒するように鋏角をカチカチと鳴らすとそれに倣ってミニオンスパイダーたちも音を鳴らした。数が多いので大音量だ。
「うわっ!何ですかこの音!?うるさっ!!」
「あれもう朝かい?どれ間に合う内にトイレに…」
騒ぎに気が付いて二人も起きたようだ。俺は視線をクイーンスパイダーたちから外さないようにして二人に声をかける。
「お目覚めのところ申し訳ないけど、そんなのんきなこと言ってられる状況じゃないんだ」
「え?うわっキモ!」
「という訳で大ピンチだ。しかも逃げようにも逃げられない。悪いけど腹括ってくれ」
強がってそう言うがここで死ぬんだろうなと思った。俺たちが今いるのはクイーンスパイダーの巣の真っただ中、周りはミニオンスパイダーに囲まれている。正真正銘本気で絶体絶命だった。
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