第10話 格差ボディーブロー

 役所の中に入ると各国の勇者たちが仲間を連れて集まっていた。がやがやと騒がしくして互いの情報を交換し合っている。この人の集まり方は流石マルセエス、交通の要所は伊達じゃない。


 他国の勇者たちとの情報交換はとても魅力的だった。しかしそれよりも今は依頼の方が先決だ。俺はそさくさと受付に向かったのだが、聞き覚えのある声に呼び止められた。


「リオン?君、リオンじゃないか?」


 ぐえー知り合いに見つかった最悪だ、見つけても話しかけてくるなよ。そんな感情はおくびにも出さずに俺は声がした方へと向き直った。そこにいる好青年には見覚えがある。


「久しぶりだね、アルフレッド」

「ああやはりリオンだったか、再会を喜ばしく思うよ。そうか、やはり君がアームルートの勇者に選ばれたんだな。君意外ありえないと思っていたがこうして顔を合わせるとようやく実感するな、おめでとう」

「ありがとう。で、ここにいるということはやっぱりアルフレッドが?」

「そう、僕がトナリュ王国の勇者に選ばれた。改めてよろしく勇者リオン」


 爽やかな笑顔で握手を求められてきたので応じずにはいられなかった。このいかにも勇者然とした好青年は、アームルートの隣国であるトナリュ王国の勇者養成学校で首席だったアルフレッドだ。


 彼とは何度か学校間の交流行事で顔を合わせたことがある。同じ主席という立場だったので模擬戦闘の相手を毎度務めていた。文武両道で人柄もよく、気さくで爽やかな性格をしていて男女問わずとても人気があった。


「しかし君が勇者に選ばれたのは、嬉しい反面苦々しくも思ってしまうね。僕は結局君に一度も勝てないままだった。武術でも魔法でもね」


 アルフレッド君、それはもう過去の話です。俺は今折れた勇者の剣を腰に下げ、力をガンガン吸い取られていっています。なんてことは口が裂けても言えない。


「勇者は勝ち負けではないけれど、君がライバルだと思うと僕も身が引き締まるよ。魔王を倒し、世界に平和を取り戻すためお互い頑張ろう!」

「う、うん。そうだね、あはは…」


 アルフレッドの爽やかな笑顔に、俺は萎びた苦笑いを返すほかなかった。とっととどこか行ってくれないかなあと思っていたのだが、アルフレッドはまだ話を続ける。


「ところでリオン、あの方たちは?」


 彼が視線を向けた先にいるのはルネとマルスさんだ。ルネは白けた視線でこちらを見ており、マルスさんは相変わらず刀を杖にしてぷるぷる震えている。


「俺の仲間だよ。二人共、紹介するよ。こちらはトナリュ王国勇者のアルフレッドだ。アルフレッド、こちらが俺の仲間のマルスさんとルネだ」

「これは失礼しました。リオンのお仲間だとは知らず不躾な物言いをお許しください。リオンの紹介の通りトナリュ王国公認勇者のアルフレッドです。以後お見知りおきを」


 二人にまた爽やかな挨拶をしてから、アルフレッドは仲間を待たせている言って去っていった。いかにも屈強そうな見た目をした戦士、静ひつな佇まいの僧侶、立派なローブをまとい尖った帽子をかぶった魔法使い、彼の仲間は傍目に見ても分かるそうそうたるメンツだった。


「リオンさん…その…」

「言うな、何も」


 珍しく本気で気の毒そうに声をかけてきたルネの言葉を俺はさえぎった。例えルネからでも今慰めの言葉をかけられたら、恥も外聞も捨てて泣いてしまいそうだった。




 アルフレッドが無自覚で放ったボディーブロー、それをもろに食らった俺はふらふらとした足取りで受付の席に座った。なぜか息絶え絶えの俺に受付職員はすっかり困惑している。


「えっと、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。少々格差社会について思いをはせていました」

「はあ…」

「それより依頼を受けたいんです。条件は初心者向けの手ごわくない魔物、できれば戦闘せずに終わる依頼はありませんか?」

「えっないですよそんなの」


 危ない危ない、自分でも何を言っているのか訳が分からなくなっている。パンチがじわじわ効いてきていて、涙がじわじわ湧いて出そうになっていた。負けない!と心を強く持ち頭を切り替えた。


「すみません取り乱していました。今ある依頼を教えてください」


 本当に大丈夫かこいつ、そう無言で訴えかけてくる視線が突き刺さったが無視した。どれもこれも俺たちの手に負えそうな依頼がない中で、唯一何とかなりそうな魔物のものを見つけた。


「クイーンスパイダーの巣の一掃討伐か、この依頼まだ解決されていないんですか?」

「その依頼ですか、ええ不思議なことにまだなんですよ。マルセエス郊外にあるサクラク村の近くにある鉱山に巣をつくったそうです。こちらを受けますか?」


 正直この魔物自体はどうとでも対処できるものだ、だから受けるとしたらこの依頼しかない。しかし俺はあることが気になって聞いた。


「魔物に対して報奨金が高い、この依頼すでに二回も失敗しているんですか?」

「ええ、うち一つのパーティーは全滅してしまいました。それで対象の魔物の討伐難易度の割に報奨金が高く設定されています」


 ジャイアントスパイダーという魔物がいる。群れを持たず一匹で行動する。森の奥で静かに生息しており、捕食対象は野生動物だ。自らが吐き出す糸で罠を作り、そのしかけた罠で野生動物を捕らえ毒牙で仕留めるという生態をもつ。


 クイーンスパイダーはその亜種で、一回り小さい体を持ち力も毒も弱い。代わりに洞穴などに巣を作りそこで多くの子を産む。子はミニオンスパイダーと呼び、これらをクイーンスパイダーが操ることで獲物などにまとわりつかせて、数の暴力で死に至らしめる狩りを行うのだ。


 しかしどちらも言葉ほど危険な魔物ではない。対処方法を知っていれば村人でも十分処理できるし、巣の破壊も容易だ。訓練と教育を施された勇者なら言わずもがなである。


 魔王復活の影響で多少活動が活発になるものの、基本的に憶病な性格は変わらずで身の丈以上の獲物は襲わない。クイーンスパイダーが人間のコミュニティを襲うのは身に余る最たる例だ。そんな魔物が勇者パーティーを一組全滅に追い込んでいる。きな臭いことこの上ない。


「…この依頼を受けます。人が被害に遭っている以上、村の近くに巣があっては危険だ。すぐに対処が必要でしょう」

「分かりました。ではこちらの書類にサインをお願いします」


 俺は書類に必要事項を書き込んでサインする。その書類にアームルート公認勇者の証がスタンプされた時には、少々の誇らしさと嫌でもあのバカ王の顔が浮かんできて複雑な思いがした。




「勇者殿」


 役所を出てからマルスさんに話しかけられた。いつも通りよぼよぼとしているが、眼光だけは鋭く俺を捉えていた。


「どうかしましたか?」

「何故この依頼をお受けになられた。難易度に対してただ報奨金が高いだけが理由ではありますまい」

「えっそうなの?マルスおじいちゃん。てっきり私はちょろくて割のいい仕事だから選んだのかと思ってたけど」


 一人余計な事実を言うやつがいるが無視無視。勇者っぽくない理由は聞かないことにする。


「…正直サクラク村に行って直接見てみないと何とも言えないのですが、この依頼、思っている以上に深刻な気がするんです。正直俺たちの手には負えない可能性もあります」

「ちょっ!リオンさん正気ですか!?ならばなぜそんな依頼を…」

「まあまあルネちゃん、落ち着いて。勇者殿、身に余る可能性を持つ依頼をお受けになられた理由をお聞かせ願いたい」


 思い付く理由はいくつもあるのだが、今すべてに説明のつくものは一つもなく、俺が確実に言えることは一つだけだった。


「直観です。どんな無理をしても、この依頼は解決するべきだと思ったので選びました」


 そんなものに命を預けろというのだから正気を疑われるだろう。実際ルネはこいつマジかという目で俺を見ていた。しかしマルスさんはにっこりと笑顔を浮かべて頷いた。


「素晴らしい。信用に足る答えですじゃ。このマルス、勇者殿のお力になりましょうぞ」

「マルスさん、ありがとうございます」

「…私はヤバそうになったらマルスおじいちゃん連れて逃げますからね」


 ルネの物言いが若干引っ掛かりはするものの、二人共俺についてきてくれるようだ。こうして俺たちの初めての勇者活動がようやく始まろうとしていた。

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