第9話 さあ仕事だ
公認勇者になると様々な権利や制度が活用できる。ルール化されていてどの国でも同様の対応を取ることが定められており、これを俗に勇者特権と呼ぶ。
特権と言っても好き勝手していい理由にはならないし、確かに優遇はされるものの、代わりに勇者の責務を果たさねばならない。最たる重大な責務は魔王討伐だ。当然命がけだ。
とにもかくにも公認勇者というものはどこの国にいようとも多少の融通が利く、それを利用して俺は宿屋の一室を破格の値段で借りた。部屋は狭くて設備は最低限、しかも借りられたのは一室だけだが一応マルセエスで活動する拠点ができた。
俺は今その狭い一室でルネと向かい合っていた。マルスさんはうとうとし始めたのでベッドに寝かせた。聞きたいことは勿論給金についてで、俺はルネから渡された契約書を黙々と読み進めていた。
「…要するにこれって俺がマルスさんを仲間にした時点で、その介護士であるルネの給料の支払い責任が俺に移ったってこと?」
「ですね」
「ですね、じゃねえんだよ!んなバカな話があるか!俺は何も聞かされてないんだぞ!」
思わず声を張り上げてしまった。ルネが口に指を当ててシーッと俺に静まるように注意する。
「騒がないでくださいよ、部屋の壁が薄いから他の宿泊客に迷惑ですよ」
「ふーっ、ごめん意味が分からなくて取り乱した。つか何この契約、マジでどういうこと?」
「あのバカ王が言っていた通りですよ。リオンさんの正式な仲間はマルスおじいちゃんだけです。私はその介護をするために雇われました。その時一度雇用主が王に移りましたが、マルスおじいちゃんがリオンさんの正式な仲間になったために権利がリオンさんに移ったということです」
やけにごちゃごちゃしているなと頭を抱えると同時に、確かに正式な仲間はマルスさんだけと言っていたことを思い出した。契約云々の話も旅立ちの前にルネから出ていた。それだけで察しろというのも無理な話だが。
「あっ、で、でもだよ?そのお…、こう言っちゃなんだけど介護のサービスを受けているのはマルスさんでしょ?なら、し、支払い義務って俺にあるのかなあ…?なんて…」
「うわあ…リオンさんそれマジで言ってます…?」
「分かってるよみっともないってことくらい!でも仕方ないだろ!?俺たちの財政状況は最悪です!最・悪!」
声の大きさこそ抑えたが俺は興奮は抑えきれずにルネに詰め寄った。マルスさんには悪いけれど少しは負担してもらわないとここで旅が終わりかねない。
「気持ちは分からなくはないですが無理なんですよ。マルスおじいちゃん元々お金全然持っていなかったのに、勇者殿の力になるんじゃって言って愛刀の修繕に全財産使い込んじゃったんです」
「あの杖代わりに使ってるやつ?」
「そうです」
「全財産?」
「全財産」
俺はがくっと床に臥せった。マルスさんの情熱はありがたいのだが、当の本人は一日の大半を寝ているかぼーっと空を眺めているかで終わらせてしまう。そもそも戦闘ができるのか?仲間ではあるが戦闘に連れ出していいものなのか、非常に扱いに困る。
「じゃあ何か?今ここにいるのって文無しばっかりってことか?」
「いえ、私はそこそこ蓄えがあります」
「うるせーよ!ああああ!くっそ!!もおおお!!」
「牛ですか?」
いい加減物言いにカチンと来た俺はゆっくりとした口調で言った。
「…確認したいんだけど、ルネってただついてくるだけの人じゃないよね?」
「どういう意味ですか?」
「マルスさんの介護のためにただついてくるだけならルネは必要ない。ゴールドの無駄だから帰って」
「は?いやいや契約が…」
「今の雇用主は俺なんでしょ?なら雇用主の権限で解雇。裁判したければどうぞ、ただし俺とマルスさんは勇者の活動があるから免除されるから、いつ裁判が始まるか分からないけどな」
「まさか脅迫しているんですか?」
「ああそうだよ脅迫だよ!でも俺は曲げねえからな!?正直俺一人でマルスさんの面倒を見切れる自信はまったくないけど、給金が欲しいのなら俺のことを手伝え!いいか!?」
すでにこれ以上最悪な状況が続くのかというくらいに不幸でお腹いっぱいなのだが、もうこれを逆手にとって動くしかない。マルスさんの介助、手伝いという形でルネの業務内容に勇者活動の手伝いも付け加える。
「勇者殿、落ち着いてくだされ」
「えっ?」
その時急に声が聞こえてきた。声の主はマルスさん、今までぐうぐうと寝息を立てていたのにいつの間にか起きて体を上げていた。すかさずルネがマルスさんの体を支えるために背中に手を置いた。
「わしのせいで勇者殿のお手を煩わせてしまい大変申し訳ない。ルネちゃんの給料分はわしが働いて稼ぎます。彼女はわしにとってなくてはならない人じゃ」
「あ、いやそんな無理をさせるような…」
「この通りです」
マルスさんが深々と頭を下げようとする、背中が曲がっているのであまり下がっていないが下げようとしていることは分かった。
「いいのよマルスおじいちゃん。私のことは気にしないで。ここでおじいちゃんと離れ離れになるのは辛いけれど、リオンさんがこういうのなら仕方ないわ」
「いや勇者殿ならば話せば分かってくださる。ルネちゃんがいなければ今のわしはないんじゃ。きっと納得してもらうよう説得してみせるよ」
何だこの流れ、何故俺が責められているようになっているんだ。ここまでしおらしくしているご老人にはルネに話すような調子では詰め寄れない、俺の動揺を読み取っているのかルネはこちらを振り向いてにやりと笑った。マウントとってきやがってこいつと奥歯をぎりりと噛みしめる。
「勇者殿、ルネちゃんは本当にいい子なんじゃ。それにとても高潔な志もある。きっと勇者殿のお手伝いも快くしてくれるはずですじゃ」
「え゛!?」
「お願いですじゃ!ルネちゃんをわしと同じく旅の仲間として認めてくだされ!」
「え゛?えっ!?」
ここだ!俺は機を感じ取りマルスさんに言った。
「マルスさん、分かっていますよ。ルネはきっと恥ずかしがっているんです。無茶苦茶な契約内容を受け入れてしまったことを彼女は恥じているんです。マルスさんを助けるためとはいえ、こんな荒唐無稽な契約を結ばされたことはとても恥ずかしいことでしょう。そんな話を交わしている内にお互い気が高ぶってしまって口論になってしまったんです」
「おお!そうでしたか!よかった流石は勇者殿だ、ルネちゃんがいい子だと分かってくれていたんですね。安心しました。では先ほども言いましたがルネちゃんのお給料はわしが何とか…」
「いえそれについてはご心配なく、俺に考えがあります。しかしそれにはマルスさんの協力も必要でして…、そしてマルスさんに協力してもらわなければならないとなると…」
俺はそう言いながらちらりとルネの顔を見た。表情を引きつらせて眉をぴくぴくと動かしていた。俺はにやりと笑って意趣返しをすると満足し、考えについて話すことにした。
「で、ここが?」
ルネにそう問われて俺は頷く。
「うん。勇者に対する依頼を集める勇者役所。魔王復活の際に開設が義務付けられる場所だ。勇者の責務の一つは人助け、困っている人がいたら助けなくちゃな」
その後「報奨金も出るし」とぼそりと呟いた。これは勇者活動の手助けをする制度の一つで、旅を続けているとどうしても活動資金に足が出てしまうこともある。そんな時、国や自治体では手が回りきらない魔物に関する困りごとなどを依頼という形で勇者に解決を願い出るのだ。
勇者としても依頼を解決する過程で魔物の情報を集めることができるし、どんな情報が魔王城発見につながるか分からない。こうして地道に依頼を解決していくことは、勇者としての役目も果たせる同時に果たすことのできる実利的なものだった。
金目当てで依頼に取り組むのはあまり褒められた話ではないが、報奨金がなければ俺たちには明日がない。路銀に加えてルネの給料支払い、その他もろもろ先立つものを手に入れるためにも、今は依頼を解決するほか道がなかった。
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