第8話 お給金?
「そう言えば聞きたいことがあるのですが」
皆しばらく無言のまま馬車に揺られていたが、唐突にルネから話しかけられた。そろそろ沈黙も飽きてきたところなので俺は身を乗り出して話に乗った。
「俺に分かることならどうぞ」
「ぶっちゃけ勇者って必要ですか?私は必要ないと思うのですが」
自分の存在意義を否定されるかのような物言いにずるっと体が崩れた。ルネは本当に何というか発言に気を使わない奴だ、見た目からは楚々なイメージを受け取れるので本当にギャップがあって怖い。
「一応確認しておくけど、それは俺が必要ないって意味じゃないよね?」
「そう思っていたら勇者ではなく、リオンさんが必要ないとはっきりそう言います」
「…あんまり安心できないけど、ルネは嘘は言っていないなと分かるからそこは信頼できるよね」
「それはどうも。初めてそんなふうに言われました」
ルネは少しだけ照れて嬉しそうにしたけど、そこは喜ぶところだろうかと思う。
「で、質問は勇者の必要性についてだったよな?」
「はい。だっていくら勇者が訓練を積んだ強者だったとしても、たかが個人や少数パーティーにできることは限られているでしょう?国には軍隊もいるんだし、魔王一人だか一匹相手なら数で押しつぶすべきじゃないですか?」
「ごもっとも。しかしそうもいかない事情があるんだなこれが」
「事情?」
「すっごく夢のない話するけど、ものすごく単純に言うと政治の問題だ」
俺が政治という単語を出してルネは首を傾げる。最初に聞いた時は俺も同じような反応だったなあと昔のことを思い出していた。
「何か上手く結びつかないのですが…」
「まず大前提なんだけど、ルネは魔王が復活を繰り返すことは知ってるよね?」
「それは流石に知ってます」
「この復活ってのが厄介でね、ちょっと書いて説明しようか」
俺は荷物からノートとペンを取り出した。絵や図を書き込みながら説明する内容を整理していく。
「当たり前だけど数で囲んで叩くのは実に有効な戦い方だ、だから魔王っていう本丸だけを叩くならそうした方がいい」
「ですよね」
「ただ魔王ってのは基本的に復活した兆候は判断できても、どこでどのようにどんな魔王が復活したのかは分からない。俺たち勇者は本拠地のことを魔王城と呼ぶんだけど、本丸を叩くにはまずこの魔王城を探し出さなければならない」
魔王城と書いたところにクエスチョンマークを書き込む。
「それこそ人海戦術で探すべきでは?」
「そうだね。だけど考えてみて、魔王復活の兆候を判断する材料は?」
「確か…、魔物の活性化、活動の活発化でしたっけ」
「そう。普段魔物ってのはあまり人を襲わない、例えば森の奥や洞窟、そういった場所に隠れ住んでいる。その辺は普通の野生動物とあまり変わらない。だけど魔王が復活するとその事情も変わる。積極的に人を襲い始めるし、明確に生活を脅かそうとするやつも現れる。だから一般人を守るためにも人と魔物の間に線引きをしなけりゃいけない。各種コミュニティの軍事力ってのは、魔王復活を確認するとそこに力を入れる」
「それはまあそうですよね、そこをおろそかにしては生活が成り立たなくなります。その他の経済活動にも影響が及ぶでしょう」
「まさしくその通り。加えて軍隊には他の業務だってあるし、もし他国との情勢が悪化したら戦争だってありうる。国同士の軋轢を加味して、基本的には手の届く範囲以外は守らない、無用なトラブルを避けるためにもね」
世知辛いですね、そうルネは呟いた。分かる、俺も大きく頷いて同意した。だけど平和っていうのは様々な人々の絶え間ない努力が作り出すものだ。これもその努力の内の一つで、探っていけば内訳はもっと複雑だ。
「でも魔王はいわゆる人々にとっての絶対悪でしょう?ならば国の括りなど捨て一枚岩になってもいいと思いますが」
「うん、そのために考え出されたのが勇者って存在だ」
「どういうことですか?」
「例えばだけど、ある一国の軍隊が完膚なきまでに魔王を退治したとする。すると周りの反応はどうなると思う?」
「そりゃあもうお祭り騒ぎでは?自分たちはあまり労力を割かなくても…あっ」
言っている途中で気が付いたのかルネが口に手を当てて黙った。俺は代わりに話を続ける。
「自分たちはあまり消耗せずに済んだ。そんなに強いのなら次の魔王もその国が対応すればいい。逆に問題を押し付け弱体化させて強国に付け入る隙を作ろう。そんな思惑が蔓延しない、って方が難しいよ」
「読めてきました。勇者ってのは責任の押し付け先ですね」
「その言い方…、まあ中らずと雖も遠からずだけどさ。要するに勇者ってのは国々が立てた魔王討伐の代表者ってことだね。勇者は魔王討伐だけを目的にして国で養成された存在だ」
個人、もしくは勇者を代表とした少数のグループが魔王を討伐したのなら、評価は国よりもその個人に集まる。勿論勇者を輩出した国も表彰されるし名声も高まるが、手柄の殆どは勇者にあって国にはない。絶妙な塩梅だ。
それに先ほどの数の話にも当てはまることだが、たかが数名の強者で構成された勇者など、どれだけ大きな力を持っていようとも封じ込めは簡単だ。数で押しつぶすのは言わずもがなで、その他あらゆる方策を講じられる。あまり快くは思えないけれど、強すぎる力に対しての保険としても機能している制度、それが勇者だった。
「魔王ある限り勇者あり。こんな言葉もあるくらい両者は切っては切れない関係なんだ。だからルネのどうして勇者が必要なのかって質問の答えとしては、必要とされているから、だね。人々にも政治にも」
「なるほど理解できました。そしてあのバカ王様の愚かさ加減もよく理解できましたよ。お金に釣られた分際で私が言えた義理もありませんけど」
「あはは…」
苦笑いをする俺の視線の先に、次の目的地であるマルセエスが目に入ってきた。何とか無事に到着できそうだという安心はあったが、請求される馬車代のことを思うと財布の中身がどうなるのか気が気ではなかった。
マルセエス国は東西南北に整備された大きくて広い街道を持つ、その街道の先は主要な大国につながっており必然的にマルセエスは交易の要として機能している。経済活動が活発な首都が発展する一方で、周りの町村は過疎化と高齢化が進み格差が開いていた。
そして金回りのよさが魅力の一方、その金目当ての犯罪率も高い。街道が繋がっているということは人の流出入も多く、首都と街道の治安維持に力を割く分他がおざなりになりがちな側面も持ち合わせていた。よくも悪くも明暗がはっきりと分かれている国がマルセエスだ。
「ずいぶん活気のある国ですね」
「うん、これだけ人もいれば情報も集まりやすい。後…」
俺はほぼ空になった財布を手に取ってずーんと落ち込んだ。あまりにも軽くて悲しくなる。何としてでも懐を暖める必要があった。
「宿代が捻出できている内に路銀も稼がないと…」
「大変ですねえ、国からの援助がもらえないってのは」
「普通はこんなことありえないんだ。勇者ってのは国の代表だから、みっともない姿を晒せば国の評判に関わる。だけどほら、俺には今これがあるだろ?」
そう言って俺は勇者の剣の収まった鞘をぽんぽんと叩いてみせた。折れているので中身は半分以上すかすかに空いている鞘なのだが、傍目に見れば刀身がどうなっているのか分からない。
「伝説の勇者ラオルの誰にも抜くことが叶わなかった伝説の剣、それを引き抜いたラオルを生んだアームルートの地が公認する勇者。しかも俺はラオルの縁者と来たもんだ。その名声的な価値だけで十分押し切れるって判断されたんだと思う」
「だけどその剣、名前ばかりでほぼ呪いの装備でしょ?」
「…そうですね」
「だから勇者なんて辞退しておけばよかったのに…。まあ路銀集めと私のお給金集め頑張ってくださいね。ちょっと私トイレ探してきます。マルスおじいちゃんの限界が近いみたいなので」
ああまたかと俺は行ってらっしゃいと声をかけた。そしてしばらく考え込み、ルネが言っていた言葉を反芻する。路銀集めはまだいい、私のお給金集めってなんだ。どうして俺がルネの給金に気を配らねばならないのか、というか給金ってなんだ、仲間じゃないのか俺たちは。
浮かび続ける疑問を解消するために、俺は人混みをかき分けルネの後を追った。直接聞いて色々と問いたださねばならない。マルセエスについて早々、俺はまたしても勇者活動に関係がない別の問題に直面しようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます