第6話 やっぱり前途多難
深夜、俺はよく一人で特訓をしていた街はずれの森に来ていた。人気もなくほどよくひらけた場所で体を動かすのにはちょうどいい、存分に剣を振るえるので重宝していた。今は無駄な場所だが。
折れた剣を使っていつも通りの稽古を行う。やはり体を少し動かすだけで息が切れて腕は重く足がもつれる、しかしこの鈍重な体にも慣れていかなければならない、少なくとも最低限の戦闘をこなせる程度にはなりたかった。
「ゼェ…ハァ…ハァ…」
いつもの半分以下の稽古で動けなくなった。下を向くと大粒の汗がぼたぼたと地面に垂れて足元を濡らした。折れて軽くなった剣でさえ腕に負担を感じて持っていられなかった。
「クソッ…!!」
それでも力を振り絞って立ち上がる。詠唱を行い手のひらに意識を集中させ魔力を集める、そして回復魔法のヒールを発動させるとほんの少しだけ疲労が和らいだ。
「よし、効力は大幅に劣化しているけれどヒールは使える。止血程度には使えるかもしれない」
次だ。またしても詠唱、魔力を集めて狙いをつける。岩に向けてファイヤーボールを放った。小さな火球が岩の表面を少しだけ焦がした。
「弱い!でも発動はできた!絶対あんまり効果ないけどそれでも攻撃魔法だ!」
恐らく子どもの方が威力の高いファイヤーボールを放つだろう、それでも攻撃魔法は攻撃魔法だ。思わず初めて魔法を習得した時のような喜び方をしてしまった。
戦闘力は以前とは比べるまでもなく低い、この上なく低い、ぶっちゃけ雑魚も雑魚だ。今からでも公認勇者を辞退するべきだと思う。養成学校で共に切磋琢磨し学んできた彼らになら任せられる。
だけど勇者は我が血族の悲願だった。幼いころからずっとご先祖様の勇者ラオル伝説を語って聞かされてきた。誰も口では何も言わないが、自分たちの親族から勇者足りえる人物が現れないことを嘆いていた。それには周りからの期待も大いに影響していたと思う。
俺には唯一それができる能力がある。いや、今ではもうあったという過去形が正しいのだが、俺が勇者の剣に力を吸い取られていることを知っているのは俺だけだ。どれだけ無謀であろうとも、一族の中で唯一力を持っていた俺が、勇者の名を残し勇者に殉ずるは己が責務だ。それが俺に期待してくれた人たちにできる唯一の恩返しだ。
本当はよくないことだと分かっている。勇者失格の最低な自己満足だ、それでも俺は勇者として旅立つ。
「英雄譚のように魔王を倒して世界を救うってのにも憧れるけどな…。それは他の勇者に任せよう」
きっと俺はどこかで負けて野垂れ死ぬ、簡単に死ぬつもりは毛頭ないがそう甘くないことも覚悟していた。それに俺が死んで終われば最終的に勇者の剣が折れていることにも説明がつく。あのクソボケバカ王に利するのは癪だが、ご先祖様の名誉が守れるのならば本望だった。
「さてもうひと頑張りするか」
どれだけ動けるかを確認するように一つ一つの動作を丁寧に行う。のんきな話だが、剣を初めて握った頃を思い出していた。その頃はどんどん強くなっていく自分に気をよくしたものだが、今では自由に動かない体で大汗を流しながら四苦八苦していた。勇者の剣が折れただけでこうも変わるものかと、おかしくて少しだけ笑みがこぼれた。
旅に出る前に相談しておかなければならないことがある。そこで俺はマルスさんの家を訪ねていた。勿論ルネにも同席してもらっている。
「―で、これが実物です」
相談しておかなければならないこと、それは勿論折れた勇者の剣のことだ。そして今の俺の状態についても共有しておかなければならなかった。
「うわっ本当に折れてる。ははっちょっと面白いくらい折れてますね」
「笑いごとじゃないけどね」
「しかしこれって相当古いものですよね、ならば折れるのもやむなしでは?それならそれで保管して替えの剣を持てばいいじゃないですか」
「それがそうもいかなくて…」
ルネの言葉に俺は使い古した剣を持ちだした。持ち運びに細心の注意を払って運んできたものだ。まるでマジックでも披露するかのように剣をすーっと取り出すと、ぐっと握って掲げて見せた。
マルスさんは眠くなってきたのかうつらうつらして見ていなかったが、ルネは怪訝な目で何を始めたのかと見ていた。そして俺が握った剣が砂になって消えていく様を見て、あまり表情を変えないルネが目を見開いた。
「何ですか…それ?」
「俺にもさっぱり。今分かってるのは、俺が勇者の剣以外の武器を持つとこうなるってこと。それにどんなに離れた場所に置いても戻ってくる。それと」
「それとって、まだ何かあるんですか?」
「ルネ、折れた剣を持つ俺の体の状態を集中して見てみてくれ。魔法の素養があるなら分かるはずだ」
ルネは俺に言われた通りに目を凝らした。そして先ほどよりもかっと目を見開いて驚きをあからさまな驚きを見せた。
「精気と魔力が…。その剣が吸い取っているんですか?」
「事実だけ見るとそう。だから今の俺はものすごく弱体化してる、使える魔法は効能の低いヒールと、お遊び程度の威力しかでないファイヤーボールだけ。ほぼ戦力にならないと思う」
絶望的な事実を聞かされてルネは黙り込んだ。代わりにと言わんばかりに今度はマルスさんが口をもごもごと開いた。
「なるほど、勇者殿の不調にはそのような事情があったのですか」
「えっ、気が付いていたんですか?」
「すっかり衰えたとはいえわしも武に生きる身ですじゃ、誰にどれほどの実力があるのかは見ただけで大体把握できます。勇者殿から受けた印象は実にちぐはぐなものじゃった。勇者殿は間違いなく強者、しかしそのふるまいにそぐわぬ能力。話を聞いて納得いたしました」
失礼ではあるが正直マルスさんの全盛期を全く存じないので強者と褒められてもあまり実感がない。しかし垂れたまぶたから覗く鋭い眼光には説得力があった。
「あのいいですか?」
「どうかした?ルネ」
「勇者を辞退してくれません?私、リオンさんがそもそもめっちゃ強くて、加えて勇者の剣の力があるから敵なしだって聞いていたからこの仕事引き受けたんですけど。そもそも事情が変わったなら自分から下りるべきでは?」
歯に衣着せぬ物言いに若干イラっとするが、言い分は至極真っ当なものだ。あのクソボケバカ王の詐欺行為に引っ掛かってしまったことを気の毒には思うが、俺はルネの申し出を断った。
「悪いが俺は勇者をやめない。アームルート公認勇者の座は競い合って勝ち取ったものだ。託された想いがある」
「あるからこそ下りてくださいよ。このままじゃあ無駄死にするだけです」
「そう、俺は無駄死にをしにいく。だからマルスさんとルネはついてこなくていい。体裁もあるから、適当なところで離脱して帰ってもらっていいよ」
胸襟を開いてすべてを詳らかに話したのは、二人に仲間をやめるように勧めるためだった。この絶望的な事実を聞けば迷うことはない、提案を受け入れてやめてくれるだろうという算段だった。しかしマルスさんから予想外の言葉が出た。
「とんでもない。わしは最後まで勇者殿の供をさせていただく覚悟ですじゃ。勇者殿が死ににいくというのならば、この老骨もその死出の旅にお加えくだされ。そしてわしが勇者殿を死なせはしませぬ」
「いやいやいや、マルスおじいちゃん話聞いてましたか?リオンさん今クソザコですよ?お言葉に甘えて適当なところで帰りましょうよ」
「いいやルネちゃん、だからこそだよ。わしは勇者殿に光るものを見た。それを守り通して死ぬことができるのなら、剣に生きたものとして本望じゃ。ますますお仲間に加えていただきたくなったわ」
頑なな態度を取り続けるマルスさんにルネは苦々しい表情で地団駄を踏んだ。そして綺麗にまとめてある髪を振り乱してから、大きな大きなため息をついた。
「リオンさんは勇者をやめる気がない。マルスおじいちゃんはついていく気満々。じゃあ介護士の私も同行しなきゃならないじゃないですか…、そういう契約なんだから」
「契約?」
「マルスおじいちゃんが付いていく限り私も同行し続けなければいけない契約なんです。まあ別に反故にしてもいいんですが…、そこそこ貰っちゃったし」
「貰った?ゴールドを?」
ルネはこくりと頷いた。意地汚いんだか義理堅いんだかよく分からないが、とにかくルネも旅に同行することに決めたようだ。彼女だけはあっさり引いてくると踏んでいたので意外な結果だった。
「分かった。そういうことなら一緒に行こう。無理せず、もう駄目だと思った時は遠慮なく離脱してくれ。でもその…、マルスさんが俺を信じてくれるって分かって嬉しかった。ありがとう」
俺は照れて口ごもりながら感謝の言葉を伝えたが、マルスさんからは一向に返事がなかった。無言が続いて恥ずかしくなりマルスさんの方を見ると、彼は鼻ちょうちんを膨らませながら寝入っていた。
「さっきまで流暢にしゃべってたじゃん!」
「リオンさんの話が長いから…」
ちょっといい話になりかけたけど、俺は結局このおじいちゃんと介護士を連れて旅に出ることに変わりはなく、戦闘力は全員お荷物、でくの集まりである。そして何より、ルネに回すゴールドがあるなら俺に回せよ!そう叫んであのクソボケバカアホ王をぶん殴ってやりたくてたまらなかった。
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