第5話 最低にもほどがある

 目を覚まして目に入ってきたのは見たことのない天井だった。しかし内装の豪華さを見るにまだ自分が王城にいるということは分かった。部屋には薬臭いにおいが立ち込めているのできっと医務室かなにかだろう。


「目覚められましたか?」

「あなたは…」


 ベッドから起き上がると傍の椅子にルネさんが座っていた。ぺこりと頭を下げてから口を開く。


「改めまして自己紹介を、私はルネ・アグリッパ。どうぞよろしく」

「あっはい。俺はリオン・ミネルヴァ。ルネさんよろしくお願いします」

「ルネで構いません。敬語も必要ないです」

「分かった。よろしくルネ」


 俺はそう言ってルネに右手を差し出した。困った顔で戸惑う彼女の手を多少強引に掴んで握手を交わす。まだ上手く状況が呑み込めていないが、これから仲間になるのだから遠慮はなしにしたい。


「早速でごめん、あの後俺ってどうなったの?」

「諸々詰めの話し合いが控えていたのですが、リオン様が突然気絶なされたのでそれもうやむやになって消えました。兵士たちがリオン様をここに運んだ後、マルス様はお昼寝の時間がきたので隣の部屋で寝かせていただいています」

「マジでおじいちゃんじゃん…」


 この先のことを思うと頭が痛かった。正式な仲間がおじいちゃん一人で、同行するのがその介護士だって?まったく馬鹿げてる。とてもではないがこれから魔王討伐に向かう勇者のパーティーとは思えない、遠足じゃあねえんだぞ。


「そういえばルネは俺の方についていていいの?マルスさんは大丈夫?」


 ルネはごしごしと右手を拭いている。


「マルス様は一度ぐっすり寝入ったら起こすまで起きませんから平気です。私は別件でリオン様にお伝えしなければならないことがありましたので待機させていただきました」


 それはもう入念に右手を拭いていた。ごしごしとこする強さが増していく。


「伝えること?それって一体…」


 と続けて聞こうとしたのだが、流石にルネの行動が気になり過ぎたのでそちらを先にすることにした。


「あのルネ?どうしてそんなに必死になって右手を拭いてるの?」

「さっきの握手がマジで不快で仕方なかったんですよ。友愛の情を示そうとしたんだか何だか知りませんが迷惑極まりないです。何とかおぞましい感触だけでも取れないかなと思い念入りに拭いているところです」


 言葉を失うとはまさにこのことかと実感した。ショックで固まる俺をよそに、ルネはまだぶつぶつと何かを言いながら右手を拭いている。あふれだす涙をこぼさぬように俺は上を向くと「洗ってきていいよ」と声を絞り出した。




「いやーどうもどうも。洗ってきたら大分すっきりしましたよ」

「…その顔見りゃ分かるよ」


 ルネの顔は本当に晴れやかなものになっていた。心くじけそうな俺とは対照的すぎるくらいにだ。


「ええとそれで話の途中でしたよね?なんでしたっけ?リオン様が余計なことするから忘れちゃいました」

「俺に何か伝えることがあるんじゃないの」

「ああそれです。ええと、どこに仕舞ったっけ?あったあった。はいどうぞ」


 エプロンドレスのポケットに無理やり押し込めれていたくしゃくしゃの紙を手渡された。しわを伸ばすようにしてそれを開くと、それはクソボケバカ王から俺への手紙だった。


「どもー勇者リオン、いやあまさか気絶するとは思わなかったから王焦っちゃった。まあそれは別にいっか。いやあ王も頑張ったんだけどさ、危険な旅に出る仲間を見つけるのって結構大変だったんだよね、王マジショック。そこでマルスおじいちゃんが名乗り出てくれたからさ、もう是非お願いしますってことになったんだよね。おじいちゃん無給でいいって言うし、王マジ感謝。色々理由等々詳しい説明はルネ殿にするようにお願いしておいたから起きたら聞いてね。王」


 俺は近くにあったゴミ箱を引き寄せると、手紙をばらばらに引き裂いてから捨てた。これほど明確に殺意を覚えたのは生まれて初めてかもしれない。これ以上クソバカの顔を思い浮かべると精神衛生上よくないので俺はルネに説明を求めることにした。


「詳しい説明ってなに?」

「うわっ顔こわっ。私の責任じゃないのでその顔やめてくれません?」

「悪いけど無理」

「まあ気持ちは分かります。で、理由ですが、至極単純に言って金です。金がかかるので王様は仲間集めを渋ったんです。国の公認勇者とその仲間では弾くそろばんが違いますから、あまり金をかけたくなかったそうですよ。マルス様は志願して無給で構わないと契約書にサインもしたので、王としても都合がよかったんです」

「お金?どうして今お金の話が出てくるんだ?」


 別にアームルートが不況だという話は聞いたことがない。公認勇者は魔王討伐における国の代表者、その国を象徴する役割でもある。そこを出し渋る意味が分からなかった。


「実はアームルートの経済状況はすこぶる悪いらしいですよ、その辺の報道は王家が徹底的に規制しているので国民にはおりてきてないんです。王様の政策がどれもこれも外れっぱなしで他国からの借金まみれだそうです」

「はあ!?マジで!?」

「大マジです。私も聞かされた時は驚きました。よくもまあここまで隠し通せているものですよ。そこにきて魔王復活でしょ?現在のアームルートは顎にいいの食らって脳震盪、ぶっ倒れる寸前です」


 怒りを通り越して呆れてきた。しかしこの事情を踏まえて考えると色々と辻褄が合う。扱いが最悪だった勇者の剣が引き抜かれたことを大々的に喧伝したのは、伝説の再来を人々に印象付けて意識をそちらに逸らすため。あのクソバカボケ王が勇者に注力できないのは、この騒ぎを隠れ蓑にして自分の不始末を片づけるため。おそらくそちらにほぼすべての力を割いているのだろう。


 仲間の選抜にマルスさんが名乗り出てくれたのは渡りに船だった。真偽のほどはともかくとして、古強者が勇者の仲間に加わるのは中々にセンセーショナルだ。伝説の勇者の剣を引き抜いた次代の勇者、その仲間には衰えしらずの剣の達人、そんな体にしておけばコロッと民衆は騙される。


 実際は勇者の剣は折れただけだし、力を与えるどころか吸い取る代物だ。マルスさんはがっつりおじいちゃんで介護士が随伴する。俺は頭を抱えて深くため息をついた。


「ああそうだった。これも忘れちゃいけませんでしたね、はい手を出して」

「えっ何?」


 俺が差し出した手のひらにルネは500ゴールドをぽとんと落とした。本気で意味が分からず困惑していると、もっと意味が分からないことをルネが言い出す。


「これがあなたの旅立ちに際して国から出せる資金です」

「は?」

「だからこれが全額です」

「これから魔王を倒しに危険な旅に出る勇者に対しての援助がこれだけ?命がけの戦いに出る勇者にたったの500ゴールド?」

「そうですね。少なくとも私はそれ以上のことは聞いていません」


 体からがくっと力が抜けて乾いた笑い声が出た。ああ、人間ここまで虚仮にされると怒りよりまず笑いが出てくるんだなと、とても冷静に自分のことを顧みることができた。これで旅立ちの資金は自前のものと合わせて1500ゴールドだ。剣より安い、ははっ笑える。


「当てようかルネ?」

「いきなり何ですか?気持ち悪い」

「いいから聞けよ。この話王様が直接俺に話したくなくてあんたに依頼したんだろ、いくらもらった?ええ?いくらで引き受けたんだよ」


 ドスを利かせた声にビビったのか、ずっとすました顔をしていたルネが小さな声で「1500ゴールドです」と答えた。それを聞いた俺はいよいよ本気で馬鹿らしくなってきて大笑いした。


「ひえええ、何こいつマジ怖い。急に笑い出してキモいし…」

「ははは、うるせえよ失礼女。テメエあれだろ、大方その口の悪さが災いして首切られたんじゃないか?魔法使いは勇者の仲間としては花形だ、ぽろっと失言でもして不祥事になったらたまったもんじゃないからな」

「うわあ解雇理由まで言い当ててる。本当に気持ち悪い」


 俺はさらに大笑いした。ここまで推測を言い当てられるならいっそ探偵にでもなった方がいいかもしれない。勇者よりきっと天職だ。


 アームルートから旅立つ勇者パーティーの内訳は、勇者の剣に力を吸い取られ役立たずになった俺、おじいちゃんマルス、その介護士でとても口が悪いルネ、総資金1500ゴールドと散々なものだった。前途多難という言葉が泣いて逃げ出すような最悪な状況で、俺たちは魔王討伐の旗を掲げ旅立たねばならなかった。

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