第4話 嘘だと言って
俺はあれから勇者の剣を何度も何度もあらゆる場所に隠した。箱に入れ鍵をかけ、深く掘った穴に埋め、重りを巻いて水底に沈めた。もはや罰当たりなど気にしなかった。
しかしどんな方法で剣を遠ざけても、必ず俺の元へ剣は戻ってきた。さながら捨てても戻ってくる呪いの人形だ、ははっ笑える。いや笑えるかバカ、俺のバカ、額を拳で殴りつけて正気を取り戻す。じんじんとした痛みだけが現実に引き戻してくれた。
以前何かの折に呪われた装備は普通の方法では外せないという話を聞いたことがあった。教会で浄化してもらうことで呪いを無力化させなければならないそうだ。最悪の場合手からずっと剣が離れなかったり、鎧や籠手などの防具が皮膚に癒着してしまう例などもあるという。
一応勇者の剣には、そういった呪われた装備といわれるような特徴はなかった。普通に外せるし、置いておける、そこに危険性はない。
ただ今の俺は勇者の剣しか装備できないし、他の武器を手にするとそれが黒い砂になって消える。この剣は持ち主の精気と魔力を吸い取って弱体化させ、日常生活にさえ支障をきたすだけだ。
「十分呪われた装備やろがいっ!!」
俺は俺に激しくツッコミを入れた。もう十分おかしくなっていたがいよいよダメかもしれない。
「ねえリオン、今大丈夫かしら?何か大きな音が聞こえたけれど…」
扉の向こうから母さんの声が聞こえてきた。思わず机を叩いてしまったのでその音が聞こえたのだろう、心配させないようにと俺はなるべく明るく声をかけた。
「大丈夫。今出るよ」
俺は折れた剣を鞘に仕舞ってから扉を開けた。
「どうかした?」
「ええ、今王城から使いの人が来てね、あなたに今すぐ登城するようにって。旅の仲間との顔合わせをするんですって」
「ああ、そういえばそんな制度が…」
何だそんなことかと思ったが、俺の顔には一気に輝きが戻った。そうだ仲間だ。勇者の旅には王家から選出された仲間がついてくることになっている、情けない話ではあるが仲間の力を借りられればもしかしたら何とかなるかもしれない。
一縷の望みが見えてきたことに俺は心から感謝した。俺には苦楽を共にするまだ見ぬ仲間がいる。それに勇者の剣について何か分かる人が仲間になってくれるかもしれない。膨らむ期待を胸に俺は早速準備して王城へ向かった。
玉座の間でワクワクとしながら待つ。一体どんな人がくるのかな、上手くやっていけるかな、失礼がないようにしないと、そんなことを考えるとどうしてもそわそわとしてしまう。
王が入ってきて玉座についた。散々な目にあったけれど今は王の姿がどこか頼もしく神々しく見える、俺は跪いて頭を下げた。
「面を上げよ勇者リオン」
「はっ!」
「そなたの魔王討伐の旅に同行を申し出てくれた仲間を紹介する。危険な旅になるにも関わらず自ら仲間になることを強く志願してくれた御仁だ。剣の達人で最強の名をほしいがままにした。頼もしい味方になってくれるはずだ」
最強の剣の達人、その文言を聞いただけで俺の興奮はピークに達した。心強いなんてものじゃない、俺がまともな戦力にならないであろう問題を完璧に解決してくれる。
「ではマルス殿、こちらへ」
名前はマルスさんと言うのか、いかにも強そうな名前だワクワクしてきた。早く挨拶をしたい、俺は一人目の仲間の到着を待った。
王がこちらへと言ってから長い沈黙が続いた。それはもう長い長い沈黙だった。こちらへと言われてから結構時間が過ぎたのに全然仲間が現れる様子がない、何かトラブルでもあったのかと不安になる。
もしかしてこのまま誰も来ないのかと不安になったが、コツコツと何かが床を叩く音が聞こえてきた。これが何の音なのかは分からないけれどようやく誰か来たとまたワクワクが戻ってくる。
しかしまた長い沈黙が流れた。でもコツコツという音は聞こえてくる、正直その音のせいで沈黙が辛い気もするが、俺はとにかく待った。
ようやく隣に誰か来た気配を感じた。王が「よくぞ来たマルス殿」と言ったので俺はちらりと横を見た。そしてなぜ彼がここに来るまで時間がかかったのか理由が分かった。
「この度はお引き立ていただき誠に感謝しておりますじゃ。このマルス、老骨に鞭打ち勇者様のお力にならせていただきますぞ」
ぷるぷると震えながらそう語るマルスさん、背中と腰は曲がり鞘に納めた刀を杖代わりに使っていた。コツコツという音はこの刀をつく音だった。見たまんまのお年寄りだ。真っ白な髪の毛をばっちりオールバックに整え、ひげがきっちりと整えられているのがあまりにもミスマッチに見えた。
「勇者リオン、こちらマルス殿。えー年齢は、ええっと…確か、そうだ80歳だったな」
「80歳!?」
ただでさえ驚きが隠せないのにさらに声を荒げてしまった。このバカ王は何を言っているんだ。流石に今の俺はその感情を隠すことができていないと思う。
「ああそうだ、もう一人の紹介を忘れていた。すまぬなルネ殿」
「いえ気にしてはおりません」
マルスさんの三歩後ろほどで控えていたので気が付かなかったが、確かにもう一人誰かがいた。そのルネと呼ばれた人が前に進み出て頭を下げる。
絹のような白金色の髪を後ろでシニヨンにしてまとめている、透き通るような白い肌に長い耳、楚々として上品な恐ろしいほど美しいエルフの女性だ。こちらにちらと目線を向けてにこっと微笑みかけられる、俺は顔が赤くなってしまい少し会釈をしてからすぐに顔を背けてしまった。
「彼女の名前はルネ・アグリッパ。旅に同行してくれるマルス殿の介護士だ」
「はあ介護士ですか…。はあ!?介護士!?」
「そりゃまあマルス殿80歳だからね、色々お世話が必要だからさ」
「え?いや、そりゃそうですけど。え?あの、介護士ということはルネさんはその、何も戦闘技能はお持ちではないと?」
「いやいやそんなことないぞ。なあルネ殿」
「一応前職は魔法使いをやっていました。だから少しだけですが魔法が使えます」
よかったほっとした。流石にそんな魔王を倒す旅についてくる人が何もできないなんてことないよな、いやあ焦った焦った。俺はもう冷や汗とは呼べない額に浮かんだ大量の汗を拭った。
「そうなんですね、では差し支えなければ使える魔法を教えてください」
「構いませんよ。エクスプロージョンとスリープです」
エクスプロージョンとスリープ、うんうんなるほどオーソドックスな攻撃魔法に状態異常魔法だ、いいね。さあその次は?と俺はルネさんの発言を待つ。しかし待てども待てども彼女から次の発言はなかった。
「ええと確認してもいいですか?」
「どうぞ」
「その二つだけですか?」
「この二つです。あっでも」
でも!その言葉にしぼみかけていた期待が否が応でも膨らんだ。
「スリープは介護用に覚えたものなので戦闘で通用するかは分かりません。マルス様にはよく利きますが」
一瞬意識が遠のいた。口から何かが飛び出しそうになったが無理やり吸い込んで元に戻した。何とか意識を取り戻せた俺は重要なことを確認する。
「エ、エクスプロージョンの方は?それなりに強力な攻撃魔法ですよね?」
「しかしさほど威力はありません。戦闘時において私がまともに使えるとしたらその魔法だけという意味で申し上げました」
ガチンと音を立てて歯を食いしばった。飛んでいきそうになる意識を必死に歯で食い止める。隙間から漏れ出そうになるがまだ飛ばす訳にはいかない。クソバカ王に確かめなければならないことがあった。
「王様、まさかそんなことはないだろうと分かってはいますが聞かせてください」
「どうかしたかね勇者リオン」
「私の仲間の紹介がここで終わりってことはないですよね?まさかそんな…」
「その通り。君の仲間はマルス殿とルネ殿の二人だ。あ、いや、より正しく言うとマルス殿だけが君の正式な仲間だな、ルネ殿はあくまでも介護士としてマルス殿に付き添う契約だから」
俺は押さえつけていた意識を口から放出した。何が飛び出たのか分からないけれどきっとこれは俺の魂的な何かなのだろう。そのまま意識が暗闇に沈んでいき気絶したので、できれば早めに帰ってきてほしいなと叶わぬお願い事をして俺は倒れた。
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