第3話 砂粒に消えた
誰にも抜くことのできなかった勇者の剣、それが折れた。折れてしまったのか折ってしまったのかはこの際考えないことにした。目下の問題は武器をどうするかであった。俺はベッドに横たわりながら折れた剣を引き抜いて掲げてみた。
魔王討伐の旅に出る。その道中では当然魔物との戦いがある。その時に折れた剣でどう戦うのか、ちょこっと残った刃で戦えないこともないのかもしれない、柄でぶん殴ってもいいかもしれない、だがそうまでして勇者の剣を使う理由がない。危ないし、格好もつかないし、もうそれ剣じゃなくていいし。
「まさか折れるとは思わないじゃないか…」
そう独り言を呟いた。抜けなくとも、せめて折れないでほしかった。そして俺にこれを押し付けないでほしかった。しかも宣伝までされてしまっては、俺が勇者の剣を持っていないと変に勘ぐられてしまうだろう。
それにしても怠い。どうにも先ほどから力が入らなかった。家族の前から逃げる口実に使ったが、実のところ疲れていることは事実だった。でもどうしてこんなに疲労しているんだろう、確かに緊張はしたけれど、この疲労感はまるで一日中走り込みをした後のようだった。
俺はむくりと起き上がった。本当はがばっと勢いよく起き上がりたかったが体に力が入らなかった。だから確信できた。いくらなんでもこの疲労具合はおかしいと。
この剣を手にしてからずっと体が重かった。足取りが重かったのは気持ちのせいかと思っていたがそれだけじゃあない、どう考えても釣り合わないくらいに体が疲労しているし、魔力も枯渇していた。
「もしかして勇者の剣が俺の力を吸い取っているのか…?」
目を閉じて集中する、体中の精気と魔力の流れを感じ取る。そして気が付いた。俺の精気と魔力がどんどん勇者の剣に流れ出ていっている。だから体力が奪われ疲弊していた。
思えば剣を手にしてからずっとそうだった。というより剣を引き抜く際にも、めまい、息切れ、吐き気を感じ立っていられず膝をつきかけた。
持つものに力を与えるなどとんでもない、この剣は所有者の力を逆に吸い取っていた。理由は分からないが、間違いなくこの剣のせいで俺は疲弊しきっていた。
「一体何なんだこの剣…、本当にあのお話に出てきた伝説の剣なのか?本当にこれで勇者は戦ったってのか?」
考えれば考えるほどに怠くなっていく、今のこのへばり具合だと子どもにも負けてしまいそうだった。もう一度体を横たえると俺は剣を放り投げた。そして天井を見つめながら俺はあることを心に決めた。
ご先祖様には申し訳ないけれどこの剣はここに置いていかせてもらおう。どんなに後ろ指をさされたところで知ったことか、これで一体どうやって戦えばいいんだ、そんなことを考えながらも力を吸い取られ続ける俺はいつの間にか深い眠りに入っていた。
「こんにちは」
「おお!リオンじゃねえか!アームルートの勇者様で剣を抜きし者!いやあ一躍時の人だなあ。お前のこと昔から知ってるだけにおじさんも感慨深いよ」
俺が訪れていたのは街の武器屋、店主は昔なじみのガドフおじさん。隣の雑貨屋で父さんが働いているので昔からよく遊びに来ていた。ガドフおじさんは面倒見がよく、刃物が置いてあって危ないからと店には入れてくれなかったが、代わりに沢山遊んでくれた。
こうして俺が勇者になれたことを喜んでくれるのは嬉しかったが、今は非常に喜びにくい状況だ。俺は愛想笑いを返して早速本題に入った。
「ガドフおじさん、俺に武器を見繕ってくれないかな。剣が一番扱い慣れてるんだけど」
「剣?剣だって?だってお前さん…」
「分かってる勇者の剣のことでしょ?でもさ、よくよく考えたらあの剣って国宝な訳じゃん。それを戦いに使うのはどうなのかなって思ってさ」
俺は考えてきた言い訳を必死にガドフおじさんにぶちまけた。困惑の表情を浮かべているがこのまま押し切る。
「それにほら!あらゆる状況に備えて予備の武器を用意しておくのは当然のことでしょ?だからいい武器があったら予備として欲しいなって思ってさ。これもそう勇者の務めってやつだよ!」
これでどうだと俺はガドフおじさんの顔を見た。まだ困惑していそうな表情だったが「まあそれもそうか」と言って店の中に入れてくれた。
俺はほっと胸をなでおろした。これでどうにか武器を調達できる。それにガドフおじさんならむやみに俺の噂を言いふらしたりしないと信頼できる人だ、武器を複数持つ説明にも納得してくれた。
それとおじさんには悪いけれど、まさか俺が勇者の剣を置いていこうとしていることは見抜けないだろうという考えもあった。それはそうだ、だって一番信じられないのは俺だった。
「しかしリオンよ、うちの武器の品質は保証するがな、流石にその腰に差した勇者の剣の代わりになるような剣は置いてねえぞ?何とか選んでやるが」
「いや流石にそこまでは…って、うん?おじさん今なんて?」
「だから物はいいけど勇者の剣には敵わねえよって…」
「違う違う!えっ?腰?えっ?」
俺はその指摘でいつの間にか腰に勇者の剣を帯剣していることに気が付いた。ご丁寧にベルトも巻いてだ。ありえない。俺は確かに剣を家に置いてきた。ベッドの下に隠してからここに来たはずだ。
一体いつ、どこで、どうやって?駆け巡る疑問に頭が痛くなった。そしてそれ以上に、勝手に装備されている勇者の剣を恐ろしく感じた。
「もっ、持ってくるつもりはなかったんだけどなあ!おかしいなあ!じゃあ一度家に置いてくるからおじさんは剣選んでおいてくれる?」
「ん?ああ、そりゃ構わんが…」
「ありがとう!じゃちょっと行ってくるから!」
俺は武器屋を飛び出て駆け出した。急げと走ったが少し距離を進んだだけで息が苦しくなり、何か支えがないと立っていられなくなった。これでは家に帰っただけで倒れてしまいそうだ。俺は苦肉の策で剣を外すと近くの茂みに隠した。
不用心だし罰当たりだけど、このまま帯剣していてはいつガドフおじさんが一目でいいから剣を見せてくれと言い出すか分かったものではない。そしてはいこれがそうですと折れた剣を見せる訳にはいかない。だから置いてきたのに、苦労が水の泡だ。
しかしこれで勇者の剣はちゃんと外した。新しい剣を買ったら帰る途中で回収すればいい。俺はもう一度武器屋に戻った。
「いやあおじさんごめんね。もう剣は置いてきたから」
「え?」
「へ?」
「いやいやリオン、大丈夫かお前。まだ勇者の剣を帯剣したままじゃあないか。どうしたんだ一体?」
俺は恐る恐るゆっくりと腰に視線を落とした。おじさんが俺をからかってるだけだ。剣は茂みに置いてきたじゃないか。そう何度も何度も無駄な問答を繰り返した。
ある。またしてもしっかりと装備してある。思わず「ひっ」と小さな叫びが出た。
「なあリオン本当に大丈夫かお前?よく見たら顔色も悪いぞ、さっきから言動もおかしいし何かあったのか?」
「な、な、な、何でもない!何でもないよ!それより選んでくれた剣見せてくれる?使えるかどうか確かめてみないと!」
いよいよ本気で心配の目を向けられた俺は、強引に話を逸らすためにガドフおじさんが用意してくれた剣をひったくった。俺は意味不明な状況が続き、さっきからずっと混乱しっぱなしである、もうこの剣を買って帰ろう、一刻も早く。
しかしそんな俺の目論見はもろく崩れ去る。本当に文字通り崩れ去る。俺がガドフおじさんからひったくった剣は、手にした途端に切っ先からぼろぼろと真っ黒な砂へ変化して崩れていった。それはあっという間の出来事で、剣を握っていたはずの手にはもはや砂しか残されていなかった。
「あーっ!いや、えーっ!?」
目の前で剣が砂となって消えたガドフおじさんは頭を抱えて声を上げている。俺は泣いてしまいそうになるのをぐっとこらえながらおじさんに聞いた。
「おじさん、この剣の値段は?」
「え?3000ゴールド…」
「じゃあ4000ゴールド弁償で払うからこのこと黙っててくれる?迷惑かけてごめん。それじゃあ俺はこれで」
俺は最後の気力を振り絞ってカウンターに4000ゴールドを置いた。気合の入った値段の剣を用意してくれたなあ、おじさんのその心意気が嬉しくもあり悲しくもあった。
ふらふらとした足取りで店を出る。旅立ちのために貯金していた5000ゴールドが1000ゴールドになった。悲しみの乾いた笑いが、むなしくも口から漏れ出た。
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