霹靂 〜翼のない天使と翼しかない傀儡〜

木沢 真流

プロローグ

 雷鳴が轟く。

 漆黒の闇の中、今が夜ということを忘れさせるくらい、空全体が眩しく光った。雨が轟音と共に、夜の街に降り注ぐ。

 

 男は立っていた。

 繁華街や街のネオンを見下ろしながら、ただただ微動だにせず、まるで岩のように。

 15階立ての病院の屋上、ここからの景色は今までも何度となく見てきたはずだった。

 うるさいほどのクラクションや、ミニチュアのビル。

 本来ならそれらは自分への喝采、ときには自分に支配される存在にみお思えたモノが今では嘲笑にしか見えない。

 

 この闇に飛び込むといっても、わずかながら命を捨てることへのためらいはあった。何かきっかけがほしい。そうだ、雷鳴だ、次の雷で飛び降りよう、この闇の中へ。

 自分をこけにしたこの世界に、命という血糊で少しでも汚してやろう、そんな風にでも思ったのだろうか。

 

 男は靴を脱ぎ、縁に立った。

 つまさきを突き出すと、あとは地面についている箇所は踵だけになった。少しでも強い風が吹けば、またたくまに転落するだろう。

 男が目を閉じ、両手を広げると、ちょうど次の雷鳴が轟くところだった。

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