第12話 side小鳥
一瞬にも満たない記憶の交差。
思い出したくなかったあの幸せな時間。
離れてしまった私を探すどころか、そもそも私を遠ざけたくせにこんな事を思い出させるなんて。
蓮様は残酷な人だ。
私をあの地獄に追いやったのは蓮様達でしょう?
「小鳥ちゃん?」
あぁ、ダメだ。こんな被害者ぶってる自分が嫌い。
そもそも何も分かっていなかった自分が悪い。
他人に頼って馬鹿を見ただけじゃない。
被害者ヅラしないで、見苦しいったらない。
「そんな事もありましたね。
お互い子供だったから、本当に自由な発想ですよね。」
蓮様の昔を懐かしむ感情に寄り添うようにして答えた。
「そうだね。だけど小鳥ちゃん、子供の頃とは言え約束は約束だよ。」
蓮様はにっこり笑って言った。
「俺も小鳥ちゃんも大人になったから結婚しないとね。」
冗談でも嬉しかった。
一度はこの世の何よりも好きな人だったから。
もうあの頃の私には戻りたくない。
蓮様に依存してまた簡単に切り捨てられたくない。
「冗談はハンター協会から無事に帰ってきてからにしてください。」
私が上手くかわすと蓮様はやっぱり笑う。
「本当に逃げるのが上手だね。
いいよ、付き合ってあげる。俺に負けて捕まったからって泣くのはなしだからね。」
捕まえる気もないくせに、この人は本当に残酷だ。
その後、私の気持ちなんて微塵も知らないまま蓮様は私をハンター協会へ連れて行った。
ハンター協会へは蓮様が車を出してくれたんだけど、その中で聞いた事に驚きを隠せない。
だって、私の婚約者が私に命令されてあのアパートを倒壊させた、なんて馬鹿みたいな事を言っている男がいるって言うんだから。
最初は蓮様が冗談を言っているのかとすら思ったくらいだ。
でも聞き返せば聞き返すほど真面目に返されるから、これは本当のことを言っているんだと理解した。
「婚約者ですか?
私に婚約者?本当に婚約者って言ったんですか?」
こんなにも心当たりがない事があるだろうか。
なさすぎて何度も同じ質問をしてしまう。
「うん、婚約者だって言い張ってるらしいよ?
その反応からしたら捕まってるヴァンパイアは頭の病気かな。」
絶対そうに決まってる。
「ヴァンパイアも頭の病気になるんですね…。
不死身だから病気になんてならないと思ってました。」
私がそう言うと蓮様が少し笑う。
「そうだね、病気って言ったら語弊があるかな。要は、頭がおかしいんだよ。」
サラッと言った、頭がおかしい発言。
言う人が違うだけで全く別の言葉に聞こえる。
その発言には棘がなく爽やかささえ伺えた。
こんな風にポツポツいろいろな話をして、緊張の解けぬままハンター協会に到着した。
ハンター協会の建物は全てコンクリートのような素材で出来ている。
まるで海外の建物のようで、ここが本当に日本なのか不思議に思うくらいだ。
ハンター協会の門の前で車を止めた蓮様。
すかさず守衛らしき人物が出てきた。
「ここは一般の入り口ではございませんが、何かご用でしょうか。」
蓮様はほんの少し微笑み、守衛に言う。
「可愛い無罪の容疑者を連れてきたんだけど聞いてない?」
蓮様の答えを聞いて守衛は少し慌てていた。
「申し訳ございません、小鳥遊様。どうぞお入りください。」
結局すんなり通された私たち。
蓮様の車で広い敷地内に入り、慣れた様子で蓮様が駐車場に車を停めた。
一度も迷う事なくここに辿り着いたのを見るに、来るのはきっと初めてじゃないのよね?
「どうして一般の入り口じゃなくてこっちにしたんですか?」
私の質問に蓮様はすぐに答えてくれる。
「一般の入り口にはヴァンパイア避けの魔法がかかってるから俺が入れないんだ。
そんな間抜けな事になったら小鳥ちゃんを守れないからね。ちなみにこの入り口はハンター専用の入り口なんだ。ハンターが連行したヴァンパイアも入れるから俺も入れる。」
あぁ、そういう事ね。
かなり納得したのはいいとして、さっきから頭痛がする。
このハンター協会の敷地に入ってからだ。
きっとストレスだわ、結構緊張してるし。
ストレスは体に良くない、どうにか気を紛らわさないと。
そうは思っているけど、ハンター協会の建物に近付けば近付く程頭痛は酷くなる。
頭の中を直接締め付けられるような感覚で吐き気までしてきた。
「っ………。」
「小鳥ちゃん。」
蓮様は私の様子にすぐに気が付いた。
「小鳥ちゃん、具合悪い?大丈夫?」
蓮様が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「帰ろうか。小鳥ちゃんが嫌ならこんな所来なくていい。」
蓮様は何の躊躇いもなくそんな事を言うけどここで帰るわけにはいかない。
「いえ……ただ、頭痛がするだけです…。
行きましょう、せっかくここまで来たんだから。」
あぁ、頭が痛い、一体何なのよ…。
「小鳥遊様、一宮さん、お待ちしておりました。案内しますのでこちらへどうぞ。」
私が苦しんでいる時に建物からスーツを着た人が出てきた。
「体調悪そうなの分からない?少し待って。」
蓮様がそう言うとスーツの人は悪びれる事なく続けた。
「仮病でしょう。いるんですよ、自分にやましい事があるとこうして入り口でごねる人。」
はぁ?何コイツ、心底嫌いなんだけど。
罵ってやりたいけど頭が痛すぎてそんな気力もない。
「いいの?そんな事言って。」
蓮様の声が少し離れたと思えば、スーツ野郎の目の前まで一瞬で移動している。
「長生きしたいなら俺を怒らせない方がいいんじゃない?」
蓮様は遠回しに、殺すぞと脅している。
ハンターに喧嘩を売るヴァンパイアなんて聞いた事がない。
「小鳥ちゃんを侮辱するな、分かったら医者か魔女か呼んできてくれる?走って。」
スーツ野郎は真っ青になり何度も頷くと、蓮様の指示通り走って建物内へ戻って行った。
「ごめんね、小鳥ちゃん。
嫌な思いをしたよね、アイツ消そうか?」
蓮様は悲しそうな顔をして恐ろしいことを言う。
「しれっと殺害を仄めかさないでください…私は平気ですから、あんなの。」
私の第二の実家、通称悪魔の家ではもっと酷かった。
「あれ以上の侮辱はないよ。」
蓮様は私が傷ついたと思っているのね。
今更こんな事では傷付かない。
「本当に大丈夫です。」
もう慣れているし、何よりも一番辛かったのは蓮様に見限られたと知った時だった。
あれ以上につらい事なんてなかったから、さっきの事はムカついたけど私は平気。
頭痛を堪えながら嫌な思い出にそっと蓋をした。
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