第11 話 side小鳥

〜退院の日〜


私を迎えに来たのは両親じゃない。

私を迎えに来たのは蓮様だった。


蓮様が私の迎えを強く望んだらしく、身分の高い蓮様には両親は逆らえなかったんだ。


この日からだった。


私が小鳥遊家で一ヶ月間蓮様と過ごしたのは。

毎日毎日、贅を尽くされた。

そして、蓮様の優しさを一身に受け取る日々だった。


この一ヶ月の思い出が未来の私を死ぬほど苦しめるなんて知りもせず、私は蓮様に激しく溺れていった。


「小鳥ちゃん、今日から俺とここに住むんだよ。小鳥ちゃんの怪我が治るまでずっと。」


蓮様に案内されたのは、蓮様の大きな実家の離れだった。


「お母さんとお父さんに聞いてみないと…。」


勝手に蓮様と暮らすなんて絶対に怒られる。


「もう俺が許可を取ったよ。

怪我が治るまで小鳥ちゃんのことを大切にするって、そしたら了承してくれたよ。」


蓮様は嬉しそうに答えた。


「そ…そうなんだ…////」


正直嬉しかった。

私、ずっと蓮様と一緒にいられる…。


「蓮様、ありがとう。」


私がお礼を言うと、蓮様は私と手を繋ぎ離れへ向かう。

そして何を言うかと思えば…


「蓮様、なんて呼ばなくていいよ。

一緒に住むのにそんなの変だから。

前みたいに、蓮くんって呼んでよ。」


「で…でも、もう蓮くんって呼んじゃダメだってお父さんとお母さんが…」


「じゃあ二人きりの時は?

それなら誰にも怒られないよ?

俺だってすごく嬉しいし。」


この提案が嬉しかった。

だって、また蓮様のことを蓮くんって呼んでいいんだから。


「何なら、蓮だけでもいいんだよ?

小鳥ちゃんは俺を何と呼んでも俺が許すよ。」


蓮くんは本当に優しい男の子だ。

だから、私はあなたが大好き。


「蓮くんがいい!

前みたいに呼びたい!」


ずっとずっと、大好きなの。


それから毎日毎日、幸せだった。

蓮くんは優しくて、何でもお願いを聞いてくれて、ずっとそばにいてくれた。


何よりも一番好きだったのは、蓮くんと同じベッドで眠る時。


蓮くんはいつも私が眠るまで私の事をギュッと抱きしめてくれて、眠れない時は額にキスもしてくれた。

傷が完全に治るまでのこの日々、傷なんて一生治らなければいいのに。


いつしかそんな事を考えるようになっていた。

だけど、現実はすぐに私たちを離れ離れにする。


私の傷はみるみるうちに治っていった。

もう瘡蓋はないし、痛みもない。


蓮くんには言いたくなかった。

蓮くんとずっと一緒にいたかったから。


だけど、離れに来たお医者さんに完治だと宣言されてしまった。

私はその診断が気に入らなかった。

完治してしまったら蓮くんと一緒にいられない。


もう二度とこんな時間は過ごせない、子供ながらにちゃんとわかっていた。


おかしな話で、自分の家に帰りたくなかった。


私の傷の完治を聞いて両親が迎えに来た。

もちろん、離れに生活していたから両親とは毎日会っていた。


だから特別感激する事はない。

今はただ蓮くんと離れたくなかった。


だから私は、家に帰らなければならない日に離れの物置小屋に身を潜めることにした。


当日の夜中、蓮くんの腕をそっと抜け出して暗い物置でひっそりと泣いていた。


蓮くんと一緒にいたい。

離れたくない…。


「ひくっ…うぅっ…。」


蓮くんは私がいなくなった事にすぐに気が付いて、そしてすぐに私を見つけた。


「小鳥ちゃん、どうしたの?」


優しい優しい蓮くん。


私ね…


「帰りたくないっ…私、蓮くんとずっと一緒にいたい…!」


だって帰ってしまったら少ししか蓮くんに会えなくなる。


そして、また蓮様って言わなくちゃいけなくなる、それが悲しくてすごく寂しい。


「小鳥ちゃん。俺もだよ。小鳥ちゃんが帰るのは嫌だ。」


蓮くんはそう言って私を抱っこした。


「でもね、小鳥ちゃん。寂しいのは今だけだよ。大人になったらずっと一緒にいられる方法がある。

そしたら毎日一緒にいられるし、人前で蓮様って呼ばなくてよくなるんだよ。」


そんな夢みたいな話があるわけない。


「蓮くんの嘘つき、そんな方法ないよ。」


私が抱っこされたまま泣くと、蓮くんは私の頬にキスをした。




「あるよ。結婚したら、死ぬまで一緒にいられる。だから、明日結婚しよう?」


「蓮くん…何言ってるの…?」


蓮くんよりも年下だからって馬鹿にしないで!


「子供と子供が結婚したらダメなんだよ!

結婚は大人同士じゃなきゃできないの!!」


大きな声を出した私を見て蓮くんがポカンとした。


「え…あ………うん。」


「私は子供の時に結婚はしないの!

大人にならなきゃ嫌!!」


私がそう言うと蓮くんが大笑いした。


「あはは、せっかく捕まえようと思ったのに上手に逃げられちゃったなぁ。」


蓮くんは嬉しそうに言うといつの間にか私を綺麗なお庭へ連れ出していた。


「小鳥ちゃん。

子供同士がダメならもう少しだけ待って。

俺も小鳥ちゃんも大人になったら、結婚しよう?それで、死ぬまで一緒にいよう?」


大人同士なら問題ないよね?

蓮くんが結婚しようって言ってくれてるからいいんだよね?


「うん!私、蓮くんと結婚する!」

「よかった。約束だよ、小鳥ちゃん。」


私と蓮くんは夜中の月が照らす中指切りをした。


「待ってて、俺は必ず小鳥ちゃんにまたプロポーズして次こそ捕まえるから。」


「ふふっ////うん!待ってる!」



世界で一番幸せだった。


この時は知らなかったんだもん、私があっさり蓮くんに切り捨てられるなんて。

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