side小鳥

蓮様に連れられて行った部屋は、テレビでしかみた事がないくらい広い部屋だった。

こんなタワマンの最上階で、 フロアには部屋が一つしかない。


ここの家賃は私の年収よりも高いはず、本当にすごいとしか言いようがなかった。


「小鳥ちゃんどうしたの?」


目に映るもの全てに圧倒されていた私は思わず玄関で立ち止まっていた。


「あ、すみません。素敵なお家だったのでつい…。」


私が正直に言うと蓮様が優しく笑った。


「気に入ってもらえて嬉しいよ。ほら、案内するからおいで?」


蓮様に手を引かれてリビングへ行った。

埃一つ落ちてないし物も散らかっていない。

育ちがいい人は部屋の中も綺麗なのね。

それとも家政婦を雇っているのかな?


でもトラブル続きだって言ってたからもう家政婦はいないと思うんだけど…。


いない間蓮様がこんなにも部屋を綺麗に保てるのならそもそもいらない気がする。


「適当に寛いで、何か飲み物でも持ってくるよ。」


蓮様は無理難題を私に押し付けソファーに座らせると一瞬で部屋の中から消えてしまった。


不思議に思っていると、蓮様がペットボトルのミネラルウォーターを持ってきた。


「ごめん、これしかなかった。水でもいい?」


わー、お水まで高そう。


「はい、水大好きです。ありがとうございます。」


私が水を受け取り飲むと蓮様は隣に座ってきた。


「……………。」

「……………。」


うぅ…気まずい…何か話した方がいい?

それとも黙っているべき?


「ねぇ、小鳥ちゃん。

三日間くらいうちにいて様子を見ない?

俺が目を離したら小鳥ちゃん殺されそうだし。」


三日間!?


「そ、そんな申し訳ない事できませんよ!

蓮様は忙しいのに!それに、私だって仕事があるので…」


私が慌てて言っても蓮様は余裕のある笑みを浮かべている。


「小鳥ちゃんの仕事の事だけど、しばらく休ませるって伝えてあるから大丈夫だよ。」


え…?え…?え…?


「そ…、そんな…困ります!

私働かないといけないのに…!」


家賃、スマホ、光熱費、借金、とにかくお金が馬鹿みたいに必要なのに働かないなんて無理!


「たまにはゆっくり休みなよ。

シフト見たけど労働基準違反だよ。」


労働基準なんてどうでもいい!!


「違反でもいいんです!

私は絶対に働かなくちゃいけないんです!」


「借金があるから?」


まさかの問いに時間が止まった。


「なっ…、どうして、借金のこと知って…。」


私話したっけ?蓮様に。


「この間かなり酔ってたでしょ?

その時に言ってたよ?馬鹿な義兄に借金を押し付けられたって。三千万だっけ?」


真っ青になっていくのがわかった。

絶対に知られたくなかった人に、お酒で酔って自分から言ってしまうなんて。


「……蓮様には関係のない事です。」


自分が馬鹿すぎて嫌になる。

どうしてよりによって蓮様に言ってしまうのよ…。


「俺なら助けられるよ。

小鳥ちゃんのためならそんな端金今すぐ返してあげる。」


三千万を端金?

さすが、御曹司は言う事が違う。


「結構です、私の問題ですから。

やっぱり帰ります、私の事は煌牙に相談しますから。」


玄関の方へ行こうとしたら蓮様が目の前に立ちはだかった。


「危ないからダメだよ、とりあえず俺といよう?それとも、俺の事は怖いから嫌だ?

また傷を負わせると思ってる?」


気を悪くさせた。

蓮様は私を助けようとしているのに。


「私は蓮様を怖がったことなんて一度もありません!怪我させられたとか、そんな風に考えたこともないのに…蓮様は優しいヴァンパイアだって私は知っています!」


私は蓮様の目を見てはっきりと言った。

あなたのことは怖くない。

怖いなんて、そんな感情を向けるわけがない。


私はずっとずっと、蓮様のことが大好きだったんだから。


「俺を優しいなんて言ってくれるの、小鳥ちゃんだけだよ。」


蓮様の瞳の奥に優しさが滲んだ。

それはまるで子供の時のあなたみたい。


懐かしさと愛おしさがいきなり私の胸を締め付けるから辛くなる。


「蓮様…。」


「ここにいて、小鳥ちゃん。

小鳥ちゃんが危ない目に遭ってるかもしれないと思うと何も手につかなくなる。」


蓮様、そんな顔狡い。

いつものピシッとした御曹司の顔はどうしたの?

そんなのまるで私に甘えているみたいだ。


これは私の負けだ。

子供の頃から蓮様のこの顔に弱い。

本当にちょろい女で笑えてくる。


「わかりました…。

でも、仕事に行けないのは本当に困ります。

蓮様のおっしゃる通り借金がありますから。」


自分でこんな惨めなことを面と向かって言うことになるなんて。


「わかったよ、どうにかしてみるからもう少し待てる?」


蓮様は私の頭を優しく撫でた。


「はい、待てます。」


いいのかな、こんなにも優しくされて。

ガチガチに警戒した心が少しだけ綻んでしまう。

こんなのはよくない、また溺れるのは嫌。


「あ、そうだ。

俺ね、ハンター協会に行く前に小鳥ちゃんの必要な物と部屋を用意してたんだ。何となく、こうなるだろうなって思ってたから。」


御曹司はどうやら未来予知ができるみたい。


「やっぱり用意しておいてよかった。」


蓮様は嬉しそうに言うと私の手を取りリビングの奥の部屋へ案内した。

白いドアを開けると、丸くて大きなベッドが目に入る。


シーツも枕も何もかも白くて清潔感に溢れたベッドだ。

部屋に窓はないけどクローゼットとドレッサーがあった。


お泊まり専用のお部屋って感じだ。


何よりも驚いたのはこの部屋の広さだ。

間違いなく、私のアパートのリビングより広い。

メインじゃない一部屋がこんなにも大きいなんてやっぱり次元が違うわ。


「綺麗なお部屋ですね。」

「リビングの半分もないから少し狭いかも。

もう少し広い部屋がいいなら俺の寝室と変えるよ。」


何を仰っているの、御曹司様。


「私にとってはすごく広いお部屋ですよ。」


この部屋が狭いと言う人は王族か貴族くらいよ。

常にギリギリの生活の私からしたらこの部屋は豪邸そのものだ。


「そう言ってくれて嬉しいよ。

小鳥ちゃんが使いそうな物は全てクローゼットに入れてあるから使って。何か足りなかったら遠慮なく言ってね。」


「ありがとうございます、蓮様。」


私がお礼を言ってすぐに蓮様のポケットにあるスマホが鳴った。

蓮様はスマホを確認して…


「ごめん、仕事の電話だ。

着替えも何着か用意しているから着替えるといいよ。本当に遠慮しないでね。」


蓮様はそう言うとリビングの方へ歩いて行った。

ポツンと残された私は蓮様に言われた通りに着替えることにする。


正直ありがたい、蓮様って本当に気が遣える人よね。


あ、ヴァンパイアか。


部屋に入りクローゼットを開けると、右側のスペースに何着もワンピースがかかってる。


左にある引き出しを一個一個開けていくと、下着や歯ブラシ、ネグリジェ生理用品まで置いてあった。


「…………。」


す…すごい…。

用意が良すぎて逆に怖い、生理用品まで用意してくれてるなんて一体何日置いてくれるつもりなの?


ふと、綺麗な黒い下着に手を伸ばした。

すごく綺麗なデザインで明らかに高いとわかる。

これ絶対、上下セットで〇〇円とかじゃないやつだ。


次に見たのはワンピース。

これもかなりオシャレで本当に可愛いもの。

どこのブランドか知りたくて写真を撮り検索して見ると…


「…………。」


言葉を失った。

私が想像していた値段よりも0が二つも多かったからだ。


こんなの着れる訳がない。

どうしてこんな高いものばかり置いてあるの?

蓮様って御曹司すぎてし◯むらとか知らないのかな?

私は軽くパニックになっていた。

コンコン。


ドアをノックする音が聞こえたから振り返ると、蓮様が開いた扉をノックしている。


「蓮様…。」

「小鳥ちゃん、ちょっと大変な事が起きてるんだけど心の準備はいい?」


え?大変な事?

ワンピース一着56万円より大変なことって一体何?


「…はい。」


「小鳥ちゃんの住んでるアパートが倒壊したらしいよ?」


?????????????????


「はい?????????」

「とても住める状況じゃないって、部下から連絡が来た。」


え?????何で???倒壊?????

そもそも何で蓮様の部下が私のアパートが倒壊した事知ってるの?????


「あ、あ、あ、あの…蓮様………ほ、本当に倒壊したんですか?

後、何で蓮様の部下がそんなこと知ってるんでしょうか…?」


私が世界一動揺しながら聞くと蓮様は爽やかに笑った。


「小鳥ちゃんがハニーブラッドだっていろんな人に知られたでしょ?

小鳥ちゃんの家の周りを彷徨く奴もいるだろうと思って部下を配備させてたんだ。

ちなみに、昨日の時点で不審者二人を警察に突き出したよ?」


蓮様は何をしても完璧なんだ。

どこまでも先の状況を読んでいる。


「で、今さっきアパートが倒壊したらしいよ。

これからどうする?」


蓮様の質問に私は徐々に顔が真っ青になっていった。


そうだ、どうしよう、これから…


「どうしよう……。」


住む場所がなくなった。

倒壊したなら自分の持ち物も全部ダメになっているはず。

身分証系は全て財布の中に入れておいたから問題ないけどその他は全て失った。


どうしよう…どうしたらいいの?


「ねぇ、小鳥ちゃん。

そんなに困る事?ここで暮らせばいいんじゃない?」


蓮様はサラッと言う。


「く…暮らすなんて…ダメですそんなの。

今すぐに他に住む場所を探さないと。」


もうあのアパートには帰れない。


元々ギリギリの生活をしていたから物はあまりないからよかったけど、冷蔵庫や洗濯機がダメになったと考えたら頭が痛かった。


そもそも倒壊ってアパート側の責任だよね?

保証とかしてくれないのかな…。


パニックになった頭でいろいろ考えていると私のスマホが鳴った。


画面を見ると知らない番号で不安が募る。


「誰だろう…。」


こんなタイミングで知らない番号なんて少し怖い。


「俺が出ようか?」

「いえ…、大丈夫です。」


少し怖いけど出てみるしかないよね。

私は思い切って通話ボタンを押して応答した。


「はい。」


「もしもし、ハンター協会の伊藤です。

一宮小鳥さんのお電話でしょうか。」


ハンター協会!!!!?


「はい、そうですが。」


何でハンター協会が?

もう嫌だ、嫌な予感がして心臓が痛い。


「ハンター協会本部に一度来ていただきたくてお電話しました。詳しい事はこちらでお話しいたしますのでよろしくお願いします。」


え?何で?意味わかんない!!!!

どうして今教えてくれないの!?


「小鳥ちゃん、電話貸して。」


蓮様にそう言われたからパニックになっている私はすぐに蓮様にスマホを渡した。


「俺は小鳥遊蓮、ハンターなら知ってるよね?

それより、"俺"が保護している人だよ、理由くらい話したらどうかな。」


蓮様はハンター協会の人相手にも物怖じしていない。

そして、ヴァンパイアの聴力ってやっぱりすごいのね。電話越しの声まで聞こえるなんて。


「禁止事項?

ハンターのルールなんて興味ないんだけど。

どうしてそっちの都合で俺の大切な人を向かわせないといけないの?」


え!!!?

そんな事言って大丈夫なの!?

それに大切な人!?


「理由を今ここで話さないなら彼女はこの家から出さない。念のため言っておくけど、この家に突入なんて野暮なことは考えないでね。

死人が出るといろいろ面倒でしょう?」


ハンターを脅してる…。

本当に大丈夫なの…?


「うん、そうだね。

君じゃ話にならない。」


私もヴァンパイア並の聴力が欲しい。

私の知らないところで話が進んでいるのが不安で仕方がなかった。


「で、その上役っていつ来るの?」


何となく、会話のニュアンス的に今電話で話している人に決定権はないから上司を呼ぶとかそういう事?


「そっか、今日は休みなんだね。

なら、今日はこの話はもう終わり。

次にこの番号にかけて来たらハンター協会への支援は全て打ち切るからそのつもりで。良い一日を。」


蓮様は清々しい程ハンター協会を脅して電話を切った。

これ、マスコミに知れたらとんでもないニュースになるやつだよね…。


「はい、どうぞ。」


蓮様は私にスマホを返した。


「ありがとうございます、助かりました。」


私がお礼を言うと蓮様はにっこり笑う。


「これで一日ゆっくりできるね。俺と何して遊ぶ?」


こんな状況で何して遊ぶ?なんて聞く人は後にも先にもこの人だけだろう。


やっぱり蓮様は大物だ。

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