第6話 side小鳥
電車内のアナウンスが目的地を告げた瞬間ふと我に返り、10歳の頃の記憶から引き剥がされた。
そうだ、私は今23歳の限界バーテンだった。
借金があって、ボロアパートに住んでいて、二日酔いの女だ。
今なら分かる、死んでしまった両親の凄さ。
あの小鳥遊家の夫婦に気に入られてディナーまで一緒にしていたなんて。
私の両親は相当なやり手だったのね。
両親が死んだのは私が13歳の頃だ。
車の事故だった。
両親が生きていれば、私もこんな生活はしていなかったんだろうな。
なんて……過去は変えられない。
前を向いて生きないと。
この世は誰も助けてくれない。
天涯孤独だった私の養子縁組をしたのは小鳥遊一家だ。
あんなに可愛がられていたのにそのオチがこれだ。
他人なんて絶対に信用してはいけない。
そんな甘すぎた自分とは訣別して今はこうして生きている。
蓮様がいない人生は寂しくて死んだ方がマシだと思った時期もあったけど、案外どうにかなる。
あの邪悪で忌々しい養子縁組先、私は悪魔の家と言っているんだけど、あそこを出られただけでもラッキーだ。私は私の事で精一杯。
もう蓮様には会わないし、迷惑もかけない。
会えばきっとまたあなたを好きになるだろうから。
そんなのは悪夢でしかない、私は早く初恋を忘れたかった。
何かを忘れるには、別の何かに没頭するしかない。だから私は仕事に集中した。
ひたすらお酒を作って、わざと仕事を見つけてテキパキやった。
私がどんなに仕事を完璧にこなしてもアクシデントは必ず起こる。
パリン!と言う音が聞こえて少し先にある人集りが一瞬捌けた。
誰かがコップを割ったらしい。
「理玖、私行ってくるからここお願い。」
「あぁ、気を付けろよ?」
私がカウンターから出たら、理玖は箒と塵取りを渡してくれた。
「ありがとう。」
それを受け取り割れたコップを片付けに行く。
「おねーさん、ごめんね!コップ割っちゃって!」
コップを割ったと言った人は同い年くらいのチャラついた男だった。
「大丈夫ですよ、怪我してないですか?」
私が聞くと彼は笑った。
「俺ヴァンパイアなんで。」
そうか、ヴァンパイアならすぐに治る。
「そうですか、こちらは気にせずお楽しみください。」
「はい、すんません。」
とりあえず片付けよう、この人は割と気さくな感じだったけどそんなヴァンパイアばかりじゃないのが現実だ。
今回はこの人がコップを割ってラッキーだった。
たまにこう言う事があるけど、謝りもせず逆ギレしてくる地球外生命体みたいな奴もいる。
気さくだし、謝罪がちゃんとあったから私は悪い気はしなかった。
大きな破片は手で拾い、散らばったガラスを箒で掃除する事にしたんだけどここでもまたアクシデントが起きる。
「っ!!!」
かなり間抜けな話で、コップの破片で指を切ってしまった。
少し深く切ってしまった、血が数的床に落ちた瞬間、辺りが騒つく。
「おい、マジ?」
「これ本物じゃん。」
「ハニーブラッドだ。」
ヴァンパイアたちの視線が一気に私に突き刺さった。
誰かの言ったように私は紛れもないハニーブラッドの持ち主だ。
ハニーブラッドはヴァンパイアを骨抜きに出来るほど美味しい血だとも言われている。
私のこの異常な血の性質は、胸の傷を負って病院に運び込まれて分かったこと。
優しく理性的な蓮様ですら牙を覆った代物だ。
そんな血をうっかりこんなヴァンパイア塗れの所で流してしまうなんて。
誰が見てもこんなのは自殺行為だ。
「なぁ、一口くれよ。」
「私も…。」「俺が先だ!」
「おい!押すなよ!」
「早いもん勝ちだ!!」
これはマズい……!!!!
逃げようと立ち上がると、見知らぬ男に道を阻まれた。
「ハニーブラッドを直接首から飲める日が来るなんてなぁ…。」
男の目が真っ赤に輝いた。
「い…嫌だ…やめて…!」
男が私の腕を掴んだ瞬間、いろいろなところから手が伸びてきた。
「やめて!!離して!!!」
足、首、髪、ありとあらゆる所を引っ張られている。
パニックになって泣いてしまった瞬間、ふわりと誰かに包まれていた。
その人は私を守るように抱きしめ、顔を隠してくれた。
「っ………。」
甘いけど爽やかで大好きな香り、懐かしくて胸の中が壊れそうだ。
「この子は俺のだよ。」
優しいけど、どこか鋭さを帯びた声。
いつもよりも低い声だから少しだけドキッとする。
「それでもこの子が欲しいならかかっておいで。まぁ、オススメはしないけど。」
「「「………」」」
もちろん、蓮様に立ち向かう人なんて一人もいなかった。
「よかった、頭が悪そうに見えたけどそうでもないらしいね。」
さすが、としか言いようがない。
傲慢でプライドの高いヴァンパイアたちがここまで言われて逆らわないのには理由がある。
蓮様が始祖の一族だからだ。
ヴァンパイアにとって始祖は神に等しい存在。
蓮様はヴァンパイアの中では絶対的な支配者だった。
「行こうか。」
蓮様はそう言って私を外へ連れ出してくれた。
外へ出た瞬間、ものすごい重力に振り回され景色が一変する。
一体ここはどこだろうか、どこかの路地なのは確かだ。
キョロキョロする私を置き去りにするように、蓮様が私の肩をガシッと掴むと…
「小鳥ちゃん大丈夫?誰にも噛まれてない?
手の他に怪我は?」
質問攻めにあった。
「大丈夫です。蓮様のおかげで助かりました。
ありがとうございます。」
私がお礼を言うと蓮様は手の甲側の指先で私の頬を優しく撫でた。
「お礼なんていいよ、小鳥ちゃんを守るのは俺の役目だからね。」
その役目は、私が胸の傷を負わなかったらない役目だった。
蓮様はずっとこの傷に囚われてる。
こんな傷、別にどうにもならないのに。
でも今日はこの傷に助けられた。
だからと言って、この傷で蓮様を縛り付けたくはない。
そう思っていると蓮様は自分の手首の内側を咬んだ。
「!?」
「小鳥ちゃん、飲んで。」
血塗れの手首を差し出され一瞬眩暈がする。
「これでその手の傷は治るよ。」
分かってる、ヴァンパイアの血は何にでも効く特効薬だって。
でも、いざこうして差し出されるとかなりの抵抗がある。
「こ…これくらい…なんて事ンムッ!!」
蓮様は私の背後に一瞬で回って、私の口に手首を押し付けた。
嫌でも流れてくる蓮様の血はとても美味しいとは言えない。
「もう子供じゃないんだから飲めるでしょ?」
「んんっ//////」
お願い、その素敵な声で耳元で囁くのはやめて。あなたにドキドキしたくないの。
子供の頃のあの強烈な恋慕を思い出したくない。
私が一口血を飲んだのを確認したら蓮様がパッと手首を離した。
「けほっ!けほっ!」
慣れない味にむせていたら蓮様が今度は私の正面に一瞬で移動する。
本当にヴァンパイアは速すぎて付いていけない…。
「ちゃんと飲んで偉いね。
それにしても、俺の血はそんなに不味かった?」
蓮様は私の口元に付いた血を拭きながら聞いてくる。
死ぬ程不味かったとは言えるわけもなく…
「血の味に慣れてなくて……。」
と言うと蓮様はおかしそうに笑う。
「小鳥ちゃは優しいね。」
「いえ…蓮様の方がずっと優しいです。」
こんなしょうもない傷を理由に私に血まで分けてくれるんだから。
始祖の一族の血は本当に貴重なものだ。
一番分かりやすく表すのならお金の単位。
始祖の一族の血は一滴が数億円から始まる。
今しがた飲ませてもらったあの一口は一体いくらになるんだろう。
想像できないくらいそれは恐ろしかった。
「優しくするのは小鳥ちゃんにだけだよ。」
これだから蓮様は。
この人絶対モテる、信じられないくらいモテる。
「そう言うことにしておきます。」
あなたは誰にでも優しい。
そんな事昔から知っているんだから。
「もう面倒事は片付いたからお引き取り願えるかな?」
蓮様がいきなり冷たい声で言い放つから私は驚いた。
「その女性を保護します、こちらへ引き渡してください。」
さらに、左側から声がしたからもっと驚いた。
路地の入り口に立っているその人は、体格のいい銀髪の若い男だった。
歳は蓮様と同じくらいだろうか。
「俺が保護するからその必要はないよ。」
蓮様は私を隠すようにそっと抱きしめた。
「その人に血をあげましたよね?
体内にあなたの血が残っている間は俺が保護する決まりです。」
何となく、堅物のような雰囲気の人だ。
「帰れって言ったんだけど。」
「帰りますよ、その女性と一緒に。」
そして、蓮様に堂々とここまで物を言う人を初めて見た。
もしかして、世界一の怖いもの知らずとかだったりする?
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