第2話 side小鳥
蓮様は一瞬でソファーに移動する。
「ほら、君も座りなよ。」
蓮様が金髪の男にそう言うと、男は真っ青な顔をしてテーブルを挟んだ蓮様の向かいのソファーに座った。
私もそれを見てバーテン専用のカウンターに入る。
「バーボンを一つお願いできる?」
蓮様から注文が入り、即座にバーボンを作る。
「お…俺もそれと」
「彼女に話しかけるな。」
ピシャリと言われた金髪男は黙りこくり震え始めた。
「今日はどうして呼ばれたのか分かる?」
まるで取調室だ、金髪男は明らかに恐怖を滲ませている。
「い…いえ………わかりません。」
「本当に?」
作り終えたバーボンを持って行き、蓮様の前にそっと置く。
「ありがとう。」
爽やかな笑顔は相変わらず格好いい。
「はい…。」
蓮様はヴァンパイアだ、この心音もきっと聞こえているよね。
「悪いことしてるよね、君。バレないと思ったの?」
金髪男はさらに震え始める。
「い、いえ、俺は…」
「俺はこの後予定が詰まってるんだよね。
言い訳を聞く時間がもったいないから単刀直入に聞くけど、病院の血液パックをどこに流してる?」
蓮様の質問で金髪男が何をしているのか分かった。
病院の輸血用の血液パックを誰かに流しているらしい。もちろんそれは違法なことだ。
「も…申し訳ありませんっ……ただ俺は!」
「どこの誰に流してるの?
言わないならもっと怖いことになると思うけど。」
血液パックはかなり高値で取引されると有名な話。
金髪男はきっとお金に目がくらんでそんな馬鹿なことをしたんだろう。
私みたいに地道に働けばいいのに。
馬鹿としか言いようがない。
「………。」
「今言えば俺は何もしないけど?」
蓮様は長い足を組んで金髪男を見た。
「え?」
拍子抜けするのも無理はない。
何もしない、なんて言われるとは思っていなかっただろうから。
「ほら、今言えばいいんじゃない?」
優しい声色で聞く蓮様。
金髪男は心底安心したような顔をした。
「じ……神野と言う男に渡してます。」
案外あっさりと事実を認めた金髪男。
「いつどこで渡してるの?」
「火曜日に、廃病院で……。」
蓮様はバーボンを水みたいに飲み干して、空になったコップをテーブルに置いた。
「火曜日か、じゃあ明日だね。
それだけ分かればいいよ、外に部下を待機させてるから今の話をして彼に着いて行って。」
蓮様はそれだけ言うと立ち上がり私の目の前に来た。
「仕事はもう終わりだよ、行こうか。」
「「え??」」
私と金髪男は思わぬところで声を揃える。
蓮様に手を出されたからおずおずとその手を取ると優しく部屋の扉へエスコートされた。
「あの!私はまだ働かないといけないんです。」
蓮様はいいかもしれないけど私は困る。
私には莫大な借金があってそれを返す為に必死に働いているんだから。
「どうして?」
どうして?って、え?逆にどうして??
「まだ勤務時間だからです。」
私がはっきり答えると蓮様は私の手を離した。
「少し待ってて。」
一瞬にして消えて、数十秒後いきなり現れた。
「っ!」
もちろん、びっくりした。
「今日は上がりだよ、話をつけてきた。」
話をつけてきた!?
仕事しなくていいと言われて嬉しくない訳じゃないけど、お金が貰えないのは本当に困る。
「ほら、行こう?」
だけどお金に困ってるから働かせてくださいなんて、格好悪くて言いたくなくてそのまま流されてしまった。
蓮様は私の手を引き迷うことなく裏口へ行く。
どうしてこの人はこんなにもここの構造に詳しいんだろうか。
まさかよく来てるとか?
いや、そんなわけはない。
ここで働いて何年か経ってるけど蓮様に会ったのは初めてだ。
いろいろ考えたけどやっぱり分からない。
結局蓮様に連れられるまま、高級車に乗せられていた。
高級車はまさかの運転手付き。
自分が場違いで仕方ない。
こんな仕事着で本当に乗ってよかったんだろうか。
私がソワソワしていると、蓮様が私の肩にトンッと頭を預けてきた。
ふわりと香水の香りがする。
本当にいい香り。
「小鳥ちゃん、前みたい俺と一緒に過ごそうよ。きっと楽しいよ?」
初恋の人にそんなこと言われてときめかない訳がない。
私は頷きたいのをグッと堪えた。
「今は仕事をしないといけないんです。」
自分の生活、借金、それらを優先させたら遊んでいる暇なんてなかった。
「住み込みで働くのはどう?
給与も今の10倍出すよ。」
心を動かされまくった。
「からかってます?」
「本気で言ってるよ。」
今の10倍のお金を貰えばかなり早く借金が返せるからだ。
「今一人暮らししてるんだけど家の事があまりできなくて困ってるんだよね。俺の家の家政婦さんになってくれない?」
私はまさかの提案に心底驚いた。
「蓮様、あの、お話は本当に嬉しいんですけど私は完璧な家事はできませんよ?
それに、私に大金を使うくらいならプロの方を雇った方がいいと思います。」
あと、その方が絶対に安く済むと思う。
「プロを何度か雇ったけどトラブル続きでね。
俺としては顔見知りに頼みたいんだよ。」
一体どんなトラブルがあったんだろう。
私は思い切って蓮様に聞いてみることにした。
「どんなトラブルだったんですか?」
私の質問に蓮様は困ったように笑う。
「こんな事言うのは少し恥ずかしいけど…寝室に忍び込まれたり、媚薬を盛られたり、まぁそんなとこかな。」
思ったよりもトラブルだった。
「怖いですね。」
寝室に忍び込まれるだけでも怖いのに、薬まで盛られたら誰も信用できなくなる。
「怖くはないけどいろいろ面倒でね。
だからそんな事しない子に引き受けて欲しいんだけど。」
蓮様は私の顔をそっと覗き込んだ。
こんな事、すぐには決められない。
「考える時間をください。」
「もちろん。答えが出たら連絡して?
これ、渡しておくから。」
高級感漂う名刺を渡されたからそれを見ると、電話番号とRINEのIDが書いてあった。
「今の話以外でも困ったことがあれば連絡して。小鳥ちゃんならいつでも助けてあげる。」
まるで、切り札のカードを手に入れた気分だった。この人は全てを持っている人だから。
地位もお金も容姿でさえも。
そんな人に助けると言われたら誰しも悪い気はしないし甘えたくなる。
今だって本当は何もかも救われたくて堪らなかった。
でも私がこの人の手を取らないのには理由がある。
蓮様は私を見つけた瞬間、ずっと探していたと言ったけどそれは嘘。
そもそも私を遠ざけたのは蓮様なんだから。
私はちゃんと知ってる。
両親が死んだ後、私は全く知らない赤の他人と養子縁組された。
子供一人では絶対に戻ってこられないような遠い所で下僕のように扱われ生きてきた。
17歳の時、義兄に襲われそうになり家を飛び出し市役所へ一人で相談に行った。
そこで知った事実はあまりにも残酷だった。
天涯孤独な私を養子に出す手続きをしたのは他でもない、小鳥遊家、蓮様の家族だった。
嘘だと思った、蓮様はきっと私を探してくれると思った。迎えに来てくれるんだと思っていた。その希望が打ち砕かれたのはその年の蓮様の誕生日パーティーのこと。
小鳥遊財閥のお坊ちゃんである蓮様と、西園寺財閥のご令嬢、
それを見た瞬間思った。
そうか、私は追い払われたんだ、蓮様が私を迎えにくるなんて、そんな事少しでも思った自分が恥ずかしい。
蓮様の隣にはあんなにも美しいご令嬢がいて、かたや私はボロを纏った使用人以下の存在。
迎えになんか来ない、蓮様には一生会えない。
泣いて泣いて涙が枯れた時、私は何もかもどうでもよくなってしまって希望を全て捨てた。
捨てたはずだった。
蓮様とまさかこんな所で再会するなんて。
いっそ再会なんかしない方が良かったかも。
期待なんてして生きたくない。
期待が大きかった分の絶望は想像より遥かに私を傷つけるから。
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