第1話 side小鳥

小さい頃の夢を見た。

私の両親が生きていて、まだ私があの豪邸に遊びに行っていた時の夢だ。

時計を見ると午後3時。

2時間後には仕事場にいないといけない。

少しゴロゴロして携帯をいじって準備しよう。

昼夜逆転の生活は正直つらい。

でも私はしっかり働いてお金を稼がないといけない。


大嫌いな義兄が私に借金を押し付けて逃げたから。

知らない内に連帯保証人にされていて、当の本人は海外へ逃げた。

法的措置を取ろうと思ったけど、借金を借りた相手が裏社会では有名なヴァンパイアだったから法は通用しなかった。


絶望的な状況で出された条件がいくつかあった。


①人間相手に風俗で働く

②ヴァンパイア相手に風俗で働く

③1日500mlの血液を売る

④臓器を売る

⑤死ぬ


もちろん全部嫌だった。

追い詰められた私が見つけたのは、高級ナイトクラブ、nightingale(ナイチンゲール)のバーのスタッフ。


求められるのは容姿のみ。

幸い、ラウンジで働いていた事があったからお酒の作り方は問題ない。


美しい母親に似たおかげで即採用してもらえる事になった。


取り立て屋たちは自分たちの縄張り以外の職場を毛嫌いし散々文句を言ったり嫌がらせをしてきたが、知り合いのヴァンパイアハンターの名を出すと文句も嫌がらせも一ヶ月に一回となった。

ちなみに、私にヴァンパイアハンターの知り合いはいない。

取り立て屋たちが救いようのない馬鹿で本当に助かった。


そして今日がその月一の日。

あの取り立て屋達は仕事場までは来ない。

nightingaleにはもちろんバックが付いている。

そのバックって言うのが誰もが知るようで知らない人。


顔を明かさないことで有名な裏社会の人物。

唯一わかっているのは、その人が死神と呼ばれていること。


その人を怒らせると3日以内に絶対に死体で見つかることになる。

男か女かそれすらわかっていないその人はもはや都市伝説のレベルだ。


もちろん、私はぺーぺーのバースタッフだからそんな大物には会ったことはない。

死神だとか、都市伝説だとかいろいろ言われているけど死神は確実にいる。


断言してもいい。何故なら実際、nightingaleでやらかした人が死体で見つかったのをこの目で何度も見ているからだ。


一番有名なのは、nightingaleのお金を持ち逃げしようとしたバーのスタッフの女とその女の彼氏が3日後に首だけになって発見された。

首から下は今だに見つかっておらず、犯人も見つかっていない。

これが3年前の話で、私はこの女の後釜だ。


警察もあまりの証拠の無さに調査を打ち止めして今や迷宮入りの事件となっている。


これは氷山の一角に過ぎず、nightingaleでやらかした者は漏れなく酷い目に合う。

だからこそ、私を取り立てる連中は店には来ない。


物騒な店ではあるが、ここで真面目に働いてさえいればある意味安全で割といい額のお金がもらえる。


私の作った借金ではないけど、逃げれないならここで徹底的に踏ん張るしかない。

私は絶対にここをやめたりしない。


そう固く決意して仕事の準備をしていたら、あっという間に時間が経ち私はいつもの仕事場に立っていた。


すると…


「なぁ、なぁ!

姉ちゃんさー、こんな薄っい酒飲めるわけねぇーじゃん?金払ってんのにこれはなくね?

上には黙っててやるから手首出せって。

こんなとこで働いてるくらいだからどうせお前もこれが目当てなんだろ?」


クソみたいに品性も教養も理性もない下半身のだらしない救いようのない客、略してクソ客がカウンターテーブルの向かいで己の牙を出して何か言ってきた。


いい顔、いい体格、傲慢な態度、鋭い牙、全てヴァンパイアの特徴と一致した。

私はこの男にとんだ阿婆擦れだと思われているらしい。


でもそれは仕方がないと認めよう。

実際今私がいるのはナイトクラブで、制服もかなり露出度の高いものを着ている。

だからって私が遊んでいる女だとは限らないのに。

本当に失礼だし今時こう言うのはどうかと思う。


お酒が薄いだなんだ言ってるけど、一番アルコール入ってないお酒を頼んだのはあんたでしょ?


「作り直しましょうか?それ。」


私も大概な態度を取っているけど、ちゃんとした人にはちゃんと接する、信じてほしい。


「酒のことは許してやるからさー、早く手首出せよ。」


許してやる?

あんたみたいな生きてるだけで周りを不幸にしそうな男に私のスペシャル美味しいお酒を作って差し上げたのに何でそんなに上から来るわけ?


「特別にたっぷりやるからさぁ?

ねぇ、俺の毒マジでヤバいよ?」


きっっっっもち悪っ。

私の全ての皮膚に鳥肌が立った。

コイツの言っている毒とは、ヴァンパイアが持つ特有の毒だ。


その毒は獲物を快楽へ落とし暴れさせないためのもの。


と言えば聞こえはいいけど、どこでも血が手に入るこのご時世で本来の目的で使用しているヴァンパイアは少ない。


言葉を選ばずに言うなら、みんなセックスに使ってる。


つまり、この下衆はあの黄ばんだ汚い牙で私に噛みつきしょうもない毒を私に注入して楽しい事がしたいと、まぁそういう事らしい。

はっきり言ってあげよう。


「死んだ方がマシ。

いろいろダサいし本当に嫌。」


私の言葉を聞いて男が顔を怒りで赤くする。


「冗談に決まってんだろ!!!

お前みてぇなブス誰が相手にするかよ!

死ね!!!」


かなりの大声を上げて喚くからみんなこっちを見てる。

この男は馬鹿だからきっと分かっていない。

ここで喚けば喚くほど自分の立場が悪くなるってことに。


「ねー、煩いんだけど。てか警備呼んだから。

あ、それとコイツはブスじゃねぇよ?

喚いてる暇あるならホワイトニング行け、このタコ。」


私の隣に来たこの辛口の金髪青年は、ヴァンパイアで普通にイケメンで仲間思いで優しい、小柴理玖こしばりく


私と同じくらいに入ったここのバーテン兼用心棒だ。


理玖の言う通り、ものの数秒で警備担当が2人来る。


「は!?おい!触るな!!

俺は橋本財閥の跡取りだぞ!

こんなことして許されると思ってんのか!

おい!!!覚えてろよクソ女!!」


もちろん取り押さえられて強制退出となる。

最後まで完璧な負け犬で敬礼が出そうになった。


「あんな奴、漫画でしか見たことなかったわ。

だっせーの。アイツは出禁にするように申請しとくから気にすんなよ?」


理玖、あんたは本当にいい奴だよ。

私は何度も救われてる。


「うん、あんなの気にしない。

庇ってくれてありがとう。」


「どういたしまして。

あ、そう言えばVIPルームに急遽お偉いさん来るから入ってくれって連絡入ってたわ。」


人の優しさにほっこりしていたら理玖が突然爆弾を投下した。


「………聞いてないんだけど。」

「あぁ、今言ったからな。」


なるほど。

さてはこの男、私に言い忘れてたのね。


「準備は俺がしておいたから、お偉いさん帰るまでVIPルーム担当で頼む。」


分かった、とりあえず分かった。


「いいけど何時から?」

「23時からって言ってた。」


へぇ、それは面白い。

今、22時45分よ。


「ちょっと時間なさすぎてびっくりしてるんだけど。」


「あぁ、俺も時計見て焦ったよ。

時計が壊れてればいいなって思ったの人生で初めてかも。」


私たちは穏やかな笑みを浮かべた。

そしてきっかり3秒後、私は理玖に渾身のチョップをお見舞いした。


ヴァンパイア相手にチョップをして無事で済むはずがない。

人間の骨よりもはるかに固い頭蓋骨にチョップした私はカウンターを食らった。


右手が痛い。

まるで岩にチョップしたみたいだ。


「あぁ、悪い悪い。

痛がるフリくらいしないとスッキリしないよな。あー、痛い痛い痛い。」


「くっ………私もヴァンパイアに生まれていたら…。」


人間に生まれたばっかりに同僚に恨みのチョップも通用しないなんて。

何もかも不完全燃焼のまま、私はVIPルームに行く羽目になった。


理玖の言った通り、VIPルームは完璧に準備されていた。

グラスもお酒も氷も十分あるわね。


このVIPルームはその名の通りで、一人のバーテンがこの部屋を担当する。

部屋もお酒の作り手も貸し切るシステムだ。


もちろん、誰も彼もがここで遊べるわけじゃない。


かなりのお金持ちじゃないとここは開けられない部屋で、資産家やどこかの社長が派手に遊んでいるイメージが強い部屋でもある。


一体今日はどんなお金持ちが来るのかな。

このクラブを選ぶって事は人間ではないはず。

横暴な人じゃなきゃいいんだけどな。

どんな人が来るのか分からないから本当に不安だった。

結局の所、ヴァンパイアが怖い。


人間の天敵はいつしかヴァンパイアと言われるようになった。

それもそのはず、ヴァンパイアは食物連鎖の頂点にいる存在だから。

とにかく怒らせないようにして、私はひたすらここで自分の仕事をしよう。


余計なことは考えちゃダメ。

とにかくお金を稼ぐ、私にはそれしかないのだから。


不安を抱えながら部屋で待っていると、その人は時間きっかりに来た。

どんなチンピラヴァンパイアと遭遇するかと思ったら…


コンコン。


部屋がノックされた。

私はもうここで驚くことになる。

ノック?クラブのVIPルームを?ノック?今ノックした?


こんなの初めてで少し戸惑う。


「どうぞ。」


私が返事をするとその人は入ってきた。


「……」


入ってきたのは高そうなスーツを着た背の高い黒髪のイケメン。

イケメン、とにかくイケメン。


「え?」


でも、私は彼のイケメンすぎる顔に驚いたわけじゃない。

心底驚いた理由は…


「……蓮様?」


彼が私の初恋の相手だからだ。


「小鳥ちゃん…?」


前よりも低くなった声で名前を呼ばれて一気に心臓の鼓動が激しくなった。


「何で…どうしてこんな所に?」


蓮様は一瞬で私の側に来て、大きな手で私の両頬を包み込むように触れてきた。


「あれからずっと探してたよ。今まで一体どこにいたの?」


「あ…あの…私…////」


心臓がギュッと締め付けられるようだった。

何と言えばいいんだろう。


両親が死に、知らない家族の養子になり、そこでは愛されずに大人になって、今では義兄に押し付けられた借金を返すのに必死、だなんて言えない。


「いろいろあって…。」


あなたには知られたくない。


「今どこに住んでるの?」


それも言いたくなかった。

あなたには見せられないくらい、ボロボロのアパートに住んでいるのだから。


「アパートです。」

「アパートの名前は?」


嫌だ、言いたくない。


「えっと…」


ガチャ。

部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。

よかった、助かった。


「っ!!」


入って来たのは金髪の柄の悪そうな男だった。


「あ、あの…」


彼も戸惑っている、それもそのはず。


こんな明らかに何かありそうな雰囲気の中に入るのは気まずいはずだから。


「お客様が来ました、仕事をします。」


お願い、もう何も聞かないで。

私の言葉を聞いて蓮様は少し眉を下げる。


「分かったよ、話はこれが終わった後にしよう。」


もう頷くしかなかった。

仕事が終わってほしくない、そう思ったのは人生で初めてだった。

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