霧の中の希望

高橋健一郎

第二章:消えない灯火

霧が晴れた街は、いつもの喧騒を取り戻していた。車のエンジン音、行き交う人々の足音、遠くで響く笑い声――すべてが霧の中では感じられなかった刺激だ。しかし、裕也の心の中には、あの日の出会いが色濃く残っていた。


彼女が言った「希望」という言葉。そのシンプルな一言が、裕也の心を少しずつ変えていった。仕事は相変わらず厳しく、問題が次から次へと降りかかってきたが、裕也は以前ほど投げ出したいとは思わなくなっていた。「霧の中で見つけたもの」を胸に抱きながら、彼は毎日を少しずつ生き直していた。


思いがけない再会


それから何日か経ったある朝、ニュースが報じた。「今日はこの季節で最も濃い霧になるでしょう」と。裕也の胸は期待に震えた。もしまたあの女性に会えたら――そんな思いが自然と湧いてきた。


仕事を早めに切り上げた裕也は、急いであのベンチへ向かった。冷たい風が吹き、霧がゆっくりと街を包み込んでいく。視界はぼんやりと白くかすみ、足元の道さえもはっきりと見えなくなっていく。


彼はコートの襟を立ててベンチに腰を下ろし、周囲を見渡した。しかし、しばらく経っても彼女の姿は見えなかった。霧の中で一人、ただ静かに時を過ごす。寒さが身に染みたが、なぜかその時間が無駄だとは思えなかった。


そのとき、ふいにかすかな足音が霧の中から聞こえた。耳を澄ませると、確かに誰かが近づいてくる音だ。裕也は期待と緊張で胸が高鳴った。


そして、霧の向こうから現れたのは――あの黒いコートの女性だった。彼女もまた、裕也を見つけると小さく微笑んだ。


「お久しぶりですね。」彼女の声は、前と同じく霧のように柔らかだった。


「また会えて、よかった。」裕也は思わずそう口にした。


旅の意味


二人は再び並んでベンチに座り、しばらく霧の向こうを眺めていた。言葉は少なくても、その沈黙が心地よかった。裕也は不意に彼女に尋ねた。


「希望って、どうしてそんなに見つけにくいんでしょうか?」


彼女は少し考えるようにしてから、静かに答えた。「それは、みんながいつも『見えやすいもの』ばかりを追いかけてしまうからかもしれません。大事なものは、目に見えない場所に隠れていることが多いんです。」


裕也はその言葉を噛みしめた。彼女と話していると、自分が少しずつ変わっていくのを感じた。焦りや不安に追い立てられるのではなく、目の前の一瞬を大切にすること。それが、希望を見つけるための第一歩なのかもしれない。


「じゃあ、僕もまだ希望を見つける途中なんでしょうか?」裕也は自分の心に問いかけるように言った。


「もちろん。」彼女は優しく頷いた。「希望は旅の終わりに見つかるのではなく、その途中で少しずつ積み重なっていくものですから。」


手の中の灯火


それからしばらくして、彼女は再び立ち上がった。去り際に、彼女はふと裕也の方を向き、そっと言った。


「あなたの中には、もう小さな希望の灯が灯っていますよ。それを絶やさないで。」


その言葉を残して、彼女はまた霧の中へと消えていった。彼女の姿が完全に見えなくなるまで、裕也はその場に立ち尽くしていた。


彼女が去ったあとも、裕也の心の中には、小さな灯火が揺らめき続けていた。それは決して大きくはないが、確かにそこにある温かさだった。そして彼は、それを守り続けることが自分の新しい旅の始まりだと気づいた。


霧が少しずつ晴れていく中、裕也はゆっくりと歩き出した。もう彼は、霧が晴れるのを恐れてはいなかった。なぜなら、その灯火は霧の中だけでなく、どこにいても消えることなく彼の中で燃え続けると確信していたからだ。


彼の旅はまだ続く。しかし、その歩みにはもう迷いがなかった。霧の中で見つけた希望の灯火が、これからの彼の道を静かに照らしてくれるのだから。

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霧の中の希望 高橋健一郎 @kenichiroh

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