第37話 夜明けのベッドで

 どれくらい眠っただろうか。

 窓辺からは柔らかい日差しが降り注いでいて、肌に温かい。

 心地よい怠さが体に満ちていて、何だか重たい。

 

 そういえば、昨日は日が変った後もずっと飲んでいたんだったな。

 流石にちょっと飲み過ぎたか……


 寝返りを打とうとしても、体が上手く動かなくて、何だか生暖かい。

 ……まだ酒が抜けきっていないか。

 ならもうひと眠りしようか……そういえば、ほかの三人はどうしたかな?


 薄目を開けてみると、フロアの上で朱宮さん、ソファの上で沙里亜さんが、横たわっているのは確認できた。

 えっと、もう一人いたよな……


 ……ふえっ!?


 部屋全体を見渡して、やっと事態を飲みこめた。


「う……ん……」


 俺の耳元の超至近距離から、自分のものではない甘い声が流れて、熱い息遣いを感じる。

 さっきから体が重たいのは、こいつのせいだ。

 麗奈の寝顔がすぐ真横にあって、こっちを向いている。

 うつ伏せの姿勢で、手や脚や、それに盛り上がってふくやかな部分が、俺の体の上に乗っかっているんだ。

 しかも昨日の衣装のまま着替えもしていないから、短いスカートがずれ上がっていて……


 眠気が一気に吹き飛んでいく。

 なんでこいつ、俺と一緒に、ベッドの上で寝ているんだ!?

 確か朱宮さんの隣で、ゴロ寝をしていたはずだけど……


 このままだとまずい。

 そう直感した俺は、そっとこの場から退避することにした。


 麗奈が起きないように、そっと体をずらして起き上がろうとして……


「うう……ん……総司さま、なにとぞ……」


 寝言かな、だれ、総司様って?

 それより、抱き付いてくるのは止めて欲しい。

 俺の目論見は見事に壊されて、麗奈にがっしりと絡み付かれてしまった。


 ふんわりとした柔らかさと温かさが、衣服を通して流れ込んでくる。

 少し酒くさい息と、形が乱れた髪から放たれる甘美な香りとが混ざりあって、なんとも淫靡な感じに見舞われる。


 このまま陽だまりの中で沼に浸っている訳にもいかない。

 沙里亜さんか朱宮さんが目を覚ましてしまうと、何を思われるかもわからない。


 巻き付いた手足を振り解こうとすると、余計に力が入ってきて、なかなか動かない。


「う~ん、総司様……」


 『むちゅ!』


 お、おい!


 変な夢の中にいるんだろうけど、頬に唇が触れてきて、熱い吐息が直接肌に触れる。


 仕方ない、ちょっと強引にでもいくしか……

 彼女の手を掴んでどけようとすると、


「……おはよう、兼成君……」


 うおっ!? びっくりした。

 どうやら起きてくれたようだけど、とっても気怠げだ。


「おう、お早う。ちょっと訊きたいんだけど」


「ん?」


「これってどういうことだ?」


「……なに、これって?」


 とぼけているのか、まだ夢の途中なのか、半開きの目で欠伸をする麗奈。


「なんで俺の横で寝ているんだ?」


「……ああ」


 そんなことかとでも言いたげだけれど、これって重要なことだと思うぞ?


「覚えていないの? あんなことがあったのに」


「あ、あんなこと?」


「……やっぱり、覚えてないんだ……あんなに優しくしてくれたのに……」


 ―― ええ!?

 なにを言ってるんだこいつ!?

 ま、まさか、俺とこいつとでなにか……?

 沙里亜さんと朱宮さんが寝ているすぐ横で……??

 いやいや、まさかそんな……


 慌てて自分が着ているものを調べてみても、特に異常はないし。

 麗奈の方も少し乱れてはいて、白い太ももがおしりの近くまで見えてしまっていたりはするけれど、でも別に変なところは無いように思うけど……


「昨日私、トイレに起きたんだよ。そしたら兼成君がベッドで寝ててその隣が開いてたから。ここで寝ていい? って訊いたら、いいよって優しく言ってくれたじゃない」


 ―― 全く覚えていない、そんなの。

 ほんとにちょっと前の俺、そんなことを言ってしまったのか?


「でも兼成君、その後ですぐに寝ちゃったから。だから私もそのまま、ここで寝ちゃったのよ。やっぱり床の上よりも、寝心地がいいよねえ」


 どうやら何事もなかったようで、ひとまずほっとする。

 自分で言ったことを覚えていないんだとしたら、俺としたことが、少し飲み過ぎたようだ。


「そうか、そういうことなら、仕方ないな」


 そこから離れようとして体を起こそうとすると、また細くて白い腕に捕まれた。


「ねえ、せっかくだからさ、もうちょっとこうしていようよ」


「え、お前、何を言ってるんだ?」


「なんかドキドキして楽しくない、こういうの?」


 半開きの瞼の奥から、真珠が放つ光のような輝きが流れ出る。


 楽しいのかなこれ……こっちもドキドキはしているけどもさ?

 でも、こんな状況で、こんなのは……


「おい、やめろ。離れろって」


「いや」


「……沙里亜さんたちだっているんだぞ?」


「……そだね、ちょっと恥ずかしいかな。じゃあまた、今度ゆっくりしようね?」


「しない」


「じゃあ離れない。ぎゅう~」


「お、おい、何力入れてんだよ! あ、当たってるぞ!」


「ふふん。嬉しかったりする?」


 耳孔に流れ込む息が熱くて、脳みそが溶けそうになる。

 いや、こんなのはもう……

 お前と俺とは、そんな関係じゃないだろ?

 どう見たってこれ、普通の隣人の姿じゃないと思うぞ。


 『『じーー』』


 熱い視線を感じてそっちに目を向けると、色っぽい先輩と金髪美女の目が、こっちを向いていた。

 どう反応していいのか、頭が働かない。

 ここで強引に離れたって、このままでいたって、どっちにしてもただでは済みそうになく。


「お二人、仲が良さそうね」


「えへへえ。兼成君が、ここで寝ていいって言ってくれたので」


 寝起きの朱宮さんと沙里亜さんに、麗奈は明るい声で応じる。

 朱宮さんは目をぱちぱちさせているし、沙里亜さんの目はなんだか怖い。


 俺、ほんとにそんなこと、言ったのかなあ?

 だめだ、全然覚えていない。

 そもそも麗奈が添い寝してきたことだって、頭の片隅に残っていないんだ。


「あ、でももう起きなきゃですね」


 半身を起こした麗奈の横で、枕もとの目覚まし時計に目をやると、短い針は10の近くを指していた。


「朝ごはん作りましょうか? お味噌汁と玉子焼きくらいですけど?」


「ありがとう、いいわね……飲んだ次の日のお味噌汁は美味しいわ」


「……麗奈さん、なんで長船さんと一緒に寝てるんです? まさか……こんなところで? そんな関係だったんですか!!??」


 1テンポか2テンポは遅れて、朱宮さんが声を挙げた。


「いやあの、別になにもないよ、はは! 変な想像はしないように!!」


「想像はご自由に。でも気持ち良かったわね、兼成君?」


「ええっ!!?? こんな所で、お二人……!!!!!」


「いやいや、何もしてないよ!!! ただ寝てただけだから!!!」


 頼むから、余計なことは言わないでくれ、麗奈。


 その後みんなで麗奈の作ってくれた味噌汁を啜りながら、二日酔い気味の頭を覚まさせた。


 ちなみにその日の遅いお昼は、麗奈が予告した通りに肉じゃがで、夕暮れ近くまで4人でぐだぐだに過ごしたのだった。


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