第34話 なぜみんな?
「……長船さん……それ……?」
その場で振り向いた朱宮さんの横を、別の乗客たちがすり抜けていく。
急な思い付きで声をかけたので、驚くのも無理はないのかな。
「うん。俺はもう帰るだけだから、もし良かったらさ、もう一軒行かないか?」
もう一度お誘いの言葉を投げると、彼女はその場で立ち止まったままで。
電車に乗り込む客達があって、短い停車時間の後に、ドアが閉まった。
「うん、行く!」
また俺の傍に戻ってきて、照れたように笑う朱宮さん。
「ちょっと兼成君、もう一軒って、どこに行くの?」
沙里亜さんが慌てたふうに訊いてくる。
「まだ決めていませんけど。朱宮さんにはせっかく来てもらったから、もうちょっと一緒に飲もうかなって。お二人は用事があるようだから、無理はなさらずに」
朱宮さんからのお誘いは一度断ってしまったけれど、こうやって沙里亜さんと麗奈の耳にも入れておけば、別に問題はないだろう。
二人とも用事があるようなことを菊一に話していたので、ここは朱宮さんと二人っていうのも自然だ。
彼女にしても、またわざわざ出てきてもらうのも申し訳ないことだし。
それに俺は他に予定は無いし、明日は休みなのだ。
少し遅くなっても、問題なしだ。
「ありがとうございます、長船さん。どこに行きましょうか?」
「そうだなあ。このまま行くと俺の家の近くになるけどいい?」
「はい、全然問題ないです! 今日は飲み明かしましょう!!!」
「よおし、アニメ談義に華を咲かそうか?」
「はい、是非!!!」
嬉々として飛び跳ねる朱宮さんと一緒に盛り上がっていると、麗奈が小さな声で嘯いた。
「……それ、私も行こうかな……」
「は? お前、今日はやることがあるって言ってなかったっけ?」
「えっと……よく考えたら、明日でもいいかなって……」
……なんだか、ついさっきまでの話と違わないか?
「用事があるんなら、別に無理しなくていいぞ。俺は朱宮さんと二人で……」
「大丈夫!!! 全然大丈夫だから!!! あはは!!!」
「そういうことなら、私も行こうかな」
今度は沙里亜さんもそんなことを言い出した。
「えっ、沙里亜さん!? 明日の朝が早いんじゃなかったでしたっけ?」
「そうね。でもよく考えたら、用事は明後日でもいいかなって」
なんなんだよ一体。
だとしたら、菊一や正宗とも一緒に、どっかへ行けたじゃないか?
頭の中に疑問符がいくつも浮かぶんだけど。
「……だってさ。4人でってことでもいい?」
なんだか思っていたのと違う展開だけど、朱宮さんに訊いてみる。
すると彼女も、コクンと首を縦に振る。
「はい、大丈夫。月乃下さんとはあまり話せていないから、良かったです」
「私もだよ、真理ちゃん。コスプレの話とか聞かせてよ」
「はい、勿論です!」
「私だって、真理ちゃんみたいに可愛い子と知り合いになれて嬉しいわ」
「そんな、私こそ。梅澤さんみたいに素敵な方と知り合いになれて、超嬉しいです」
静かに飲もうかと思っていたんだけど、これだとまるで二次会だ。
さっさと帰してしまった菊一と正宗には、申し訳ないけど。
じゃあどうしようかな。
駅近になにかあったよなと思案していると、沙里亜さんがじとっとした視線を向けてきた。
なんだろ……?
こういう時って、びっくりさせられることが多いんだよな。
「ねえ、どうせなら時間を気にしないでゆっくりしたくない、真理ちゃん?」
「そうですね、せっかくだから徹夜で話し明かしましょうか?」
なんか仲がいいな、沙里亜さんと朱宮さん。
「だったらお酒を買って、兼成君の家に行こうか? その方が安上がりだし、時間を気にしないで飲めるわよ?」
「えっ!? 長船さんのお家……ですか……?」
……って、おいおい、なんでしょうその発言、沙里亜さん?
俺の部屋で時間を気にせずにって……うちってネカフェか漫喫扱いされてない?
しかも家主の意向も訊かないままで。
「どうかしら、月乃下さん?」
そう問われて、麗奈の顔は複雑っぽい。
じっと、沙里亜さんと朱宮さんの方に視線を向けていて、なにか言いたげだ。
反対ならそう言ってくれ、遠慮せずに。
お願いだ!
「まあ、いいんじゃないですか。簡単なおつまみとかだったら、私作れますし」
「いいわね。よし、じゃあ決まりね」
「ありがとうございます、楽しそう!」
なんで家主に一言も意見聴取がないまま、既に決定事項になっているんだ?
沙里亜さんの方に恐々として目を向けると、彼女は悪戯っぽく微笑んで、ふんっと鼻を鳴らした。
……なるほど、ちょっとご立腹なようだ。
きっと、彼女を置いて朱宮さんとしけこもうとしたことへの、報復でもあるんだろう。
もちろん、変な下心などは、なかったつもりだけど。
仕方ない、ここは従うより外にはなさそうだ。
「じゃあ……次の駅だから。駅前の業務用スーパーで、買い物でもして帰りましょうか」
「「はい~」」
これ、俺の部屋でなくってもさ、隣の麗奈の部屋でもいいと思うんだけどな。
俺抜きで、女同士だけでさ。
そう思ってみても、口にする勇気が湧いてこない。
しょうがないと腹を括ってから電車を降りて、いつもの見慣れた光景へ。
駅前には24時間営業の業務用スーパーがあって、この時間でも新鮮な食材を売っている。
買い物籠を手に取ると、女子三人は俺を追いこして、わらわらと店内に雪崩れ込んでいった。
「あ、このお肉焼いたら美味しそうね」
「どうせだから、ちょっといいスパイスを買っていきましょうか? 赤ワインでフランベしたら美味しそう」
「へえ。月乃下さん、お料理上手っぽいですね?」
「いえいえ、それほどでも。でも昔からやってはいるかなあ」
「すごいわね。私はお料理とか、全然だめなのよね」
「でも梅澤さんって、お料理作ってくれる人がいっぱいいそう」
「あら、それを言うなら真理ちゃんだって。彼氏が何人もいたりするんじゃない?」
「いえいえ、私なんか地味なものですよお」
和気あいあいと談笑をしながら、食材を物色する女子三人組。
そっちはまかせて、こっちはリキュールのコーナーへ。
みんなお酒が強そうだよな。
今部屋にあるストックだけだと、あっという間になくなりそうだ。
缶のビールに酎ハイ、ちょっと値がはるウィスキー、新潟の地酒、それに本当に料理で使うかどうかも分からない赤ワイン。
思いついたものを買い物籠に入れていくと、ずっしりと重たい。
これだけいっぺんに酒を買ったのって、多分今までにないよな。
「ちょっと、どこへ行ってたのよお?」
「酒の方を見てたんだよ。それよりお前、その手に持っているのってなんだ?」
麗奈の両手には、じゃがいもや玉ねぎ、にんじんやこま切れ肉といった食材が抱えられていた。
「明日肉じゃがでも作ろうかと思って、ついでにね」
「麗奈さんの肉じゃが、美味しそう。私も食べたいなあ。なかなか自分じゃ作れないし」
「そう? じゃあ明日も食べにおいでよ、真理ちゃん」
「あ、いいですね、是非! 私明日は暇なので!」
麗奈と朱宮さん、いつの間にか下の名前で呼び合っているんだよな。
それに沙里亜さんも、朱宮さんのことを真理ちゃんと呼んでたし。
それだけ仲良しになったのなら、女子同志で、時間をわかち合ってやってくれたらよいのだけど。
「困ったなあ。こんなことなら、着替えを持ってくればよかったかしら」
「じゃあ、一度帰られては? 沙里亜さん?」
沙里亜さんと麗奈の会話は、なぜだか少し、冷たい風が吹いている気がする。
「大丈夫、きっと兼成君のお部屋に、なにかあるわよね?」
「あの、はい、まあ。俺ので良かったら」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えるわね。か、ね、な、り、君」
お~い、一体いつまで続くんだ、この飲み会は?
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(ご挨拶です)
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
引き続き、本作をご愛顧頂けますと幸いです!
どうぞよろしくお願い申し上げます。
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