第33話 宴の後は……

 こういうのは変に胡麻化したり嘘をついたりすると、盛り上がらない。

 みんなそれが分かっているのか、正直に答えてくれたようだ。

 全員気になる人がいるんだな、それなら。


「よし、じゃあついでに、みんなその相手の名前を言おうか」


「「「えええ~~!!!」」」


「お、長船さん、それはいくらなんでも……!」


「そうだよ長船君、それはやりすぎだよ!」


 みんなびっくりしたみたいだけど、特に朱宮さんと正宗君が、顔を真っ赤に染めて猛反発する。


「ははは、まあそれは冗談だよ!」


 みんなそれぞれ、想っている人はいるんだな。

 誰なんだろうと気にはなるけど、ここではそれ以上は突っ込めない。

 冗談やお笑いの範囲を超えてしまうだろう。

 節度を持ったお色気やジョーク、それが王様ゲームのルールだ。


 ゲームが落ち着くと、そこからは和やかなトークタイムになった。

 職場や趣味の話題で話が弾んでいる麗奈と菊一。

 菊一が色々としゃべっていて、麗奈が相槌を打っている。

 やつはサーフィンをかじっているので、今度どこかへ行こうとかいった声が聞こえてくるけども、麗奈はあまり乗り気ではない様子だ。


 沙里亜さんの目の前には、子供のように縮こまって照れているような正宗君。

 彼女がなにかと話題を振って、彼がそれに真面目に答える、なんだか就職面談のような雰囲気だ。

 

「そう言えば長船君から聞いたんだけど、朱宮さんはコスプレが好きなんですってね?」


 沙里亜さんが、朱宮さんに話題を向けた。


「あ、はい。そうなんです」


「あなたは可愛いから、どんな格好も似あうでしょうね。羨ましいわ」


「いえ、あんまり自信はないんですけど……そうだ、良かったら見てもらえます?」


 朱宮さんが自分のスマホを、沙里亜さんの方に向ける。


「あら、すごく大胆ね。これ男子が見たらいちころだわ」


 意味ありげにチラリとこっちを見る沙里亜さん。

 まあ俺にも、どんな写真か、大体想像はついてしまうんだけど。

 きっと『くず100』か『ぬる女』の、お色気キャラのコスだろう。


「え、なにそれ? 俺たちにも見せてよ?」


「だ、駄目です! これは秘密の写真ですから!」


 目ざとく聞きつけた菊一を、きっぱりと拒絶する朱宮さん。

 やっぱり、だれにでも見せられる写真ではないのだろう。

 なんでそれを俺のところに送ってくるのかは、よく分からない。

 同じ趣味だから? というのはあるかもだけどさ。


「すみません、ラストオーダーの時間ですが」


 店員さんがやってきてそう告げた。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。

 最後に、飲み物をいくつか注文した。


 その場を中座して、トイレに立って用を済ませると、入れ替わりのように麗奈とすれ違いになった。


「ねえ兼成君」


「なんだ?」


「今日の王様ゲームは、楽しかったな。私は言っても良かったんだけどな、好きな人の名前」


 ……は? お前何言って……あれはゲーム、冗談なんだぞ?


「そっか、はは……お前にも、好きな奴がいるんだな?」


「……いじわる。兼成君のバカ」


 不機嫌そうに、そう一言いい残して、麗奈は女子トイレの方に消えて行った。


 こいつにはたまにドキリとさせられる。

 一体誰のことが言いたいのか、何となくは分かるつもりだ。

 まさか本気とは思わないけど、でもあの場でそれを暴露してしまったら、来週からの仕事に差し支える可能性だってあるんだ。

 だからここは、しらばっくれるしかない。


 席に戻ろうとすると、ポケットの中のスマホが震えた。

 手に取って画面を見ると、


『この後二人でどこか行きませんか?』


 そんなメッセージが朱宮さんから入っていた。


 いや、それはちょっと……

 俺と麗奈とは同じマンションで隣同士の部屋だ。

 ここで俺がどこかへと消えてしまうと、間違いなく色々と突っ込まれてしまうだろう。

 沙里亜さんとも帰る方向は同じだ。

 カンが鋭い彼女のことだから、朱宮さんと二人でどこかへ行くと、絶対に気づくだろう。


『ごめん。梅澤さんと月乃下さんとは帰る方向が一緒だから、それはやりにくいな』


 申し訳ないけど、今はそんな返事しかできない。


「で、では、お疲れ様でした」


「「「お疲れ様でしたあ~!」」」


 今日はこれでお開きで、正宗君のお役目もこれで終わり。

 彼は最後の挨拶もぎこちなくて、ずっと正宗君のままだった。

 でも、最初は緊張して強張っていた顔は、いつしかずっと柔らかに笑っていた。


「今日はありがとうな、正宗」


「え? あ、ありがと、菊一君……」


「なんだよそれ。なあ。長船?」


「ああ、そだな。ありがと、!」


「……うん。ありがとう、二人とも」


 店を出て、打ち解けた空気と一緒に駅に向かうと、そこは週末の夜を楽しむ人たちの笑顔で溢れていた。


「どうします、次行きますか?」


「ごめえん、明日が早いから、また今度ね」


「すみません。私も家でやることがあって」


 次に行きたそうだった菊一は、沙里亜さんと麗奈の前で玉砕した。

 イケメン陽キャのこいつをあっさり煙にまくこの二人、やっぱりただ者じゃないのだろう。

 けどこの二人が用事ありなら、今夜はこのまま静かに過ごせそうだな。


「じゃあ俺、こっちだから。お疲れさまでした!」


「みなさん、今日はどうもありがとう!」


 帰る方向が違う菊一と正宗は、一緒に肩を揃えて、別のホームへと歩いて行った。

 こっちは俺と女性陣三人で、逆方向の電車へ。


「朱宮さんって、お家はどのあたり?」


「T駅の近くなんです」


「あら、じゃあ結構近くかもね」


「そうなんですか?」


「うん。私たちもそっちよね、兼成君?」


「はは、ま、そだね……」


 電車に揺られて、いくつかの駅を通り過ぎ、朱宮さんが静かに口を開く。


「じゃあ私、次の駅なので。今日はありがとうございました」


「うん。またね」


「楽しかったよ。ありがとね、真理ちゃん!」


 沙里亜さん、麗奈、そして朱宮さが、お互いに手を振り合う。

 やがて電車のスピードが落ちて、明るい照明に満ちたホームが見えてくる。


「じゃあ、長船さん」


「ああ、今日は来てくれてありがとう」


「うん。またね……」


 少し寂しそうな顔、それを残して、彼女は空いたドアの方へ。

 彼女の背中がだんだんと遠ざかって、駅のホームへ降りる寸前、俺は声をかけた。


「ねえ、朱宮さん」


「はい?」


「もう一軒、行くかい?」


 俺の言葉に、朱宮さんはピタリと、その場で足を止めた。



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(作者からご挨拶です)


本年も今日で最後となりました。

いつも多大な応援を頂きまして、誠にありがとうございました。

年が明けましても引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。

どうぞよい年をお迎えくださいませ。



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