第32話 王様ゲーム

 王様菊一が出した命令は、これもまた定番のものだ。

 だけども、冗談としてはかなり笑えて盛り上がる。

 こんな場で本気で告白するやつはいないと思うけど、そこはノリで真剣っぽくやるほど面白い。


「私が3番だけど、誰が告白してくれるのかな?」


 沙里亜さんが部屋の中を見回すと、おずおずと手を挙げたのは正宗君だ。


「あの、僕です、1番……」


「あら嬉しい。正宗君は、私のことが好きだったの?」


「ひゃう……!!??」


 それ、動物の泣き声みたいだな、正宗君。

 ぐぐっと俯いて、みるみる顔が真っ赤に染まっていく。

 真面目な彼のことだ、多分こういうのには慣れていないんだろう。

 でもだからこそ面白い。


「いいぞ~、正宗君!」


「頑張れ~、正宗先輩!」


 周りからも黄色い声援が飛びかう。

 やがて彼は意を決したように顔を上げて、沙里亜さんの顔を真っすぐに見つめた。


「あ、あの……むえじゃわさん……その……」


「ん? なあに、正宗君?」


 照れているせいか、言葉がおかしい正宗君。

 でも沙里亜さんもノリがよくて、恍惚とした表情を彼の方に向ける。

 そのせいもあってか、正宗君の顔がさらに強張る。


「えと……ま、前からしゅきでした。つ、付き合ってくだしゃい!」


 迫真の演技かな……全然ろれつが回っていないし?

 まるで、本当に緊張した好青年が、本気で女性に告っているみたいだ。


「あ……うん、ありがとう……嬉しいわ。こ、こちらこそ、よろしく……」


「ひゃいい!!!」


 真に迫った告白に戸惑ったのか、少し焦った感じで応える沙里亜さん。

 すると正宗君は、また声にならない声を張り上げた。

 顔も耳も秋の紅葉のように赤くて、沸騰したポットみたいに熱そうだ。

 本当に照屋なんだな、たかがゲーム……のはず、なんだけど。


「カップル成立ですね。お二人ともお幸せに! えっと、じゃあ次のくじ引きだな……」


 場の熱気がまだ冷めない中で、次のくじ引きが行われた。


「あ、私が王様ね。どうしようかなあ?」


 新しい王様になった麗奈が、少し考え込む。


「じゃあ、5番が2番に、ほっぺをわしゃわしゃする!」


 ボディタッチが出てきたか、ほっぺたとはいえ。

 しかも今度は俺か、仕方がないなあ。


「5番は俺だ。2番は誰だ?」


「……俺だ……」


 手を挙げたのは菊一。

 何ともつまらない組み合わせになったものだ。


 俺は両手で菊一のほっぺたに手を当てて、30秒ほど揉みまくってやった。

 男のほっぺたなんて全然気持ちよくないし、菊一の方も憮然とした表情だ。


 でも、こんなアブノーマルも、このゲームではありなんだ。

 だんだんとここの空気が緩くなって、笑い顔が増えていく。


「よし、じゃあ次ね~!」


 また次のくじ引きで王様になったのは、沙里亜さんだ。

 悪戯っぽい視線、何だか怖いんだけど……


 彼女はサラダの中にある人参スティックを指さして、


「4番と5番が、これを両側から同時に食べなさい」


 うわ、それって俗にいうポッキーゲームってやつじゃないか?

 普通は男女でポッキーの両側を咥えて、どんどんと食べ進めていくものだ。

 食べて行くと、顔が近づいていって、やがて……

 さすがは沙里亜さん、容赦のない命令だ。


「いいっすねえ、誰だ!?」


 菊一が面白そうに目を配ると、朱宮さんが恥ずかしそうに手を挙げた。


「はい……私4番です」


「おお、朱宮さんかあ、あと一人は!?」


 面白がって嬉々とした表情の菊一に、仕方なく告げた。


「……俺だ」


 5番を引いた俺と朱宮さんは、ふっと目が合った。


「じゃあ長船さん、よろしくお願いします」


「う、うん、よろしく」


 かなり照れてしまうし、朱宮さんがどう思っているかも気になるところだけど、ここでは王様の命令は絶対だ。


 俺は朱宮さんのすぐ傍に移動して、人参スティックの片方を咥えた。

 彼女の方も赤い唇でもう片方を摘まむ。

 吐息が交わりそうな近い場所に、頬をピンク色に染めた彼女の顔がある。


「いいぞお、ヒュウ~!」


 陽気な応援が飛んでくる中で、ちょっとずつ食べ進めていく二人。

 お互いに口を動かすと、二人の距離が少しずつ近づいていく。


 恥ずかしいなこれ、まともに目を開けていられない。

 でも目を閉じてしまうと、朱宮さんとの距離が分からなくなって、下手をすると大事故になってしまう。


 7センチ、5センチ、3センチ……自分の中で距離を測って……

 うわわ、これもうやばいって!

 我慢できなくなって、人参を歯で嚙み切った。

 ぱっと顔を離してから、自分の顔面を覆う熱気に、初めて気が付いた。

 

「あらあら、長船君の方が逃げちゃったわね。いくじなし」


 ええ!? 沙里亜さん、そんなことを言われても……

 あのままだと、唇と唇が……


「私、逃げられちゃったんですね。悲しいなあ」


「ちょっと、朱宮さん!?」


 残りの人参を指で口の中に入れながら、小悪魔のように微笑む朱宮さん。

 だってあれ以上進むとさ……

 俺はいいけどさ、君は嫌じゃないの?


「長船さんって、意外といくじなしなんですね」


「……」


 朱宮さんまで……なんなだよこれ?

 ぶちゅうってやってもよかったのかい?


「はい、じゃあ逃げた長船は罰として、これ一気飲み!」


 なんだよ、そんなの聞いてないけど!?


「いいわね、長船君頑張って!」


「いっちゃえ~、長船先輩!」


 沙里亜さんと麗奈が菊一の味方をするので逆らえず、グラスに満たされていたハイボールを一気に飲み干した。

 腹の中に、熱い温度が広がっていく。


 その後も料理を追加して、お酒も進んで、王様の命令もどんどんと重なって行く。

 さすがに人気店だけあって、大海老フライのタルタルソース、オグー豚のソテー、ピッツァマルゲリータ、どれも美味い。


「よし、今度は俺が王様だな!」


 やっと俺に王様が回って来たな、どうしようか……よし。


「1番から5番全員、好きな人がいるやつは手を挙げろ!」


「「「!」」」


「ちょ、ちょっと、長船君……」


「なかなか、大胆な命令ね……」


「……やるな、長船……」


「へっへ~ん。王様の命令は絶対だ。いっせ~の~で手を挙げること!」


 俺がかけ声を挙げると、王様である俺以外の全員が、片手を挙げた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る