第28話 夜が更けて

 お酒のせいか機嫌が悪いのか、麗奈の目がずしんとお座りしている。

 沙里亜さんは俺のスマホをしげしげと見入って、「これがコスプレってやつなのね~」と、面白そうに呟いている。


「連れて来てどうするんだよ?」


「分からないわよ。でも、兼成君のことを誘惑してない? て訊いてやるんだから」


「そんなの、絶対に来ないと思うぞ」


「でもどうせだったら、目の前で披露してもらったら、兼成君だって嬉しいのにね?」


「そんな、沙里亜さんまで……」


 怒られたりからかわれたりで落ち着かないし、扇情的な写真がいきなり来て心臓が高ぶってしまっていて。

 うっかりこの場でスマホを見てしまった俺のミスでもあるけれど。


「お、俺今度は、ウィスキーにしようかな……」


「あっ、逃げるな~!」


「私も頂戴!」


 キッチンに避難しようとすると、麗奈と沙里亜さんの声が背中に刺さった。

 ここは酒の力を借りて、気分を変えよう。


 それにしても、麗奈も沙里亜さんもよく飲む。

 赤白のワイン、ビール、日本酒、それにウィスキーと、種類も問わずペースも速い。

 明日また、ストックを買い足しておこう。


 それでも、麗奈はそろそろ限界な感じで、体の揺れが大きくなって、両方の瞼が重そうだ。


「おい麗奈、眠かったら、部屋に帰って寝たらどうだ?」


「にへへ~、大丈夫。ちょっとだけ休めば」


「お、おい……」


 こっちが止める前に、フロアに敷いてある暖系色のカーペットの上で、体を横にしてしまった。

 これ、しばらくは帰りそうにないやつだな。


「彼女、寝ちゃったのね」


「そうみたいですね。起きたら、部屋に帰らせます」


 幸せそうな寝顔だ。

 無理やり起こすのも、ちょっと可哀そうだ。


 俺もそれなりに酒は強い方だと思うけど、沙里亜さんはそれ以上かもしれない。

 何度も酒席を一緒にしてるけど、彼女が酔って乱れたりしたことは一度もない。

 むしろ、こっちが気持ち悪くなって、背中をさすってもらったことさえあるんだ。

 仕事ができてお酒が強くて、話が上手で、しかも超綺麗。

 完璧なハイスペック女子だと思う。


「沙里亜さんはどうします? 明日は会社があるでしょうし」


「そうね。いざとなったら、フレックスで遅らせようかしら。それより、こうやって兼成君とゆっくり話せるのが、楽しいわ」


「そうですね……分かりました。何か追加の酒でも、買ってきましょうか?」


「大丈夫よ、それは。それより兼成君、彼女が同じ高校だって、黙っていたわね?」


 え……っ!

 ここでそれを突いてくるか。

 確かに、その通りなんだけど。


「すみません。みんなに知られると、変な誤解を受けるかなって思たりしたので」


「……そうね。昔からの知り合いで、部屋が隣同士で、職場も一緒なんて、出来すぎね」


「はい、そうなんです。本当に全部偶然なんですけど」


「しかも、とっても綺麗な子だものね。噂になるには十分な話よね」


 さすがは沙里亜さん、俺の心配を、すぐに察してくれたようだ。


「そうですね。なのですみません、このことは……」


「分かってるわ、内緒ね。でも条件があるわ」


「条件……?」


「私とも、また付き合って欲しいな。時間が空いた時でいいから」


「……分かりました」


 俺と沙里亜さんとは、不思議な関係だなとは思う。

 最初に一緒に過ごした夜は、とってもとまどった。

 いいのかな、本当にと、何度も何度も自問自答したけれど、結局彼女の魅力と男の本能には勝てなかった。

 そりゃあそうだろう? と、言い訳したい。 

 氷の彫像のような透き通った肌と美貌、それにメリハリがしっかりある少し細身のスタイル。

 それでいて、仕事ができて、気さくに話ができる。

 これに抗える男なんて、多分いない。

 他には付き合いのある女性もいなかったわけだし。


 彼女との夜は無茶苦茶熱くて、最高で。

 普段クールな彼女がこんなに乱れるんだってことを、他には誰も知らないんだと思うと、なんだか自分が特別になったように心が高揚した。


 そんなことがあってからも仕事では普通に接して、お互いに束縛もしない。

 たまに気が向いた時に、どっちかからか声をかけたりする。

 だからお互いに気を使わない。

 なので、ずっとそんな関係が続いているんだ。


「兼成君は、彼女とかは本当にいないの?」


 琥珀色の液体の中で氷が揺れるグラス、それを口にしながら、沙里亜さんの視線に悪戯心が乗っかっている。


「なんですか急に? でも、いませんよそんなの。しばらく作る気もありません」


「どうして?」


「なんとなくですよ。今は仕事にもっと慣れたいですし、そう想えるような相手もいないんで」


「そうなんだ」


「そう言う沙里亜さんはどうなんですか?」


 いつも気になっていることを言葉にすると、少しだけ紅くなった沙里亜さんの頬が緩くなる。


「兼成君は、私に彼氏ができた方がいいの?」


「いえ、そうじゃないです。でも不思議なんで。沙里亜さんのような女性ひとが、ずっと一人だなんて」


「私って、そんなに大した者じゃないわよ。家事は苦手だし、一人で部屋にいるとグダグダだし。話だって固くて、面白くないだろうしさ」


「そんなことないですよ。俺は沙里亜さんと一緒にいると楽しいですよ。でも、沙里亜さんは、こんな俺と一緒にいてどうなのかなって思って」


「……いつも言ってるでしょ? 私だって同じなのよ、兼成君。前の彼と同じようなことを言わないで」


 沙里亜さんから、長く付き合っていた男の人がいたと聞いたことがある。

 その人から、「自分は君に相応しくない。バランスが取れない」、そんな話をされて、別れを告げられたことも。

 ずっと付き合って心に決めていた人からそう言われて、ショックだったに違いない。


「なんか面倒くさいのよね、恋愛って。今は兼成君と一緒に過ごすのが、一番落ち着けていいかな」


「ははは! それって、俺は恋愛対象にはなってないってことですよねえ!」


「うふふ、そうね。でもそんなこと言ってくれる兼成君、好きよ」


 褒められているやらディスられているやら。

 でも、これだから、気を使わなくていい。


「でも、兼成君とだったら、そんなふうになるのもありかもね」


 ……えっ!? 

 ……急に何を言い出すんだよ、沙里亜さん?

 もしかして、ちょっと酔ってる?


「そんな、冗談はやめてくださいよ?」


「あら、全然冗談ってことはないわよ?」


「さ、沙里亜さん……?」


 しっとりとした視線で俺を捉えて、ゆっくりとこっちへ体を近付けてきて……


『むちゅ……!』


 唇に柔らかい感触と、熱い温度が伝わってくる。


「今は……これだけね?」


「はい……」


 ……こんなとこで……もし麗奈に気づかれたらと、ハラハラする。


「……兼成君が他の子にも好かれるのは嬉しいけど、でも、ちょっと妬けちゃうなあ……」


 唇を離してから、5センチほどの距離で顔を見合わせて、沙里亜さんは照れたように呟いた。


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