第27話 何だか怖いんですけど
どうにかこの場を乗り切りたい。
赤ワインのグラスに口を付けてしっとりと微笑む、大人の色香を隠し切れない沙里亜さん。
ワイングラスを傾けてくっと喉を鳴らして、ぱあっと笑う麗奈。
傍からみると、すごくリア充な光景だろう。
けれど実は、一歩間違えると変なことになってしまって、転落の危機に陥る非常事態。
麗奈は高校の同級生で今は職場の後輩で、俺は彼女のお世話係だ。
時にはキラキラ、時には寂しげに、色んな笑顔を見せながら、なぜか俺の部屋に入り浸ってくる。
昔は本当に好きで、遠くから憧れていた女の子。
沙里亜さんは入社当時から仕事でお世話になっていて、それはこれからも大切だ。
いつも冷静で落ち着いていているけれど、たまに脆いところがある年上の美女。
なぜか俺のことを気に入ってくれていて、高ぶる欲情の時間を共有したことがある関係。
こんなの、二人に説明して理解してもらうなんて、無理だろうな。
俺はどっちとも付き合ったりはしていないし、これらからどうしたいってことも分からない。
かといってこのままだと、変な誤解や妄想が膨らんで、仕事にも影響が出てしまうんじゃないか?
色々と考えてみたって、いい答えは見つかりっこない。
じたばたしたってしょうがない。
豊潤で渋みのある赤ワインを口に入れながら、開き直って、このまま様子を見ることにした。
「はい、シチューができましたあ! あと、おつまみの納豆豆腐!」
ちょっと前から、キッチンから甘い香りが流れてきていたけれど、どうやら完成したみたいだ。
お皿に注がれたクリームシチューからはほわほわと湯気が立ち昇っていて、人参やじゃがいもや、角ばった牛肉などが埋もれている。
納豆豆腐は二人分しか用意できていないけれど、絹ごしのプルンとした豆腐の上で黄金色のマメがくっ付き合って、ねばねばとした糸が絡み合っている。
「うわあ、美味しそう。月乃下さん、お料理が上手なのね」
「そんなことはないですよ。お口に合うといいんですけど」
沙里亜さんがスプーンで一口。
俺もじゃがいもをすくって、口に入れる。
―― 美味い。 やわやわのじゃがいもが口の中で解けて、濃いクリームの味と混ざり合う。
もう一口、やわらかい肉とクリームの甘さが溶け合って、自然と頬を緩くしてくれる。
「うん、美味しいわ。月乃下さんはやっぱりお料理が上手」
「えへへ、ありがとうございます。兼成君はどう?」
「滅茶苦茶美味いよ。お代わりはあるかな?」
「うん、もちろん。いっぱい食べてね!」
沙里亜さんが持ってきてくれたサーモンや肉寿司も、赤ワインと合っていて舌が悲鳴を上げたけど、あったかくてコクがあるシチューの味は、それに負けていない。
さっぱりとした豆腐に癖のある納豆の味は俺の好みなのだけど、麗奈はそれを覚えていてくれたようだ。
日本酒が欲しくなって、キッチンに向かって立つと、「「私も~!」」と声が二つ上がった。
「もう会社には慣れた?」
「はい、大丈夫です。まだ分からないことばっかりですけど、兼成君がついていてくれるので」
「兼成君か……ずいぶんと仲がいいのね、二人」
「まあ隣同士ですからね。梅澤さんだってそうじゃないですか? 今日は何の御用で、兼成君のとこに来られたんですか?」
隣同士になったからって、普通は下の名前呼びはしないし、部屋には来ないと思うけどな。
余計なことを言うなよとはらはらしながら、二人の間で目を泳がせる。
「……それは……近くまで来たから、どうしてるかなって思って」
「こんなに、差し入れまで持参で?」
「あなたこそ、こんなに美味しいシチューをここで作ってたなんて。意外だわ」
じっと、視線を絡め合う二人。
だめだ、このままだと、ヒートアップしそうだ。
仕方がない、少し話そうか……
「あの、沙里亜さん、実は麗奈は、高校の時の同級生でして。昔から顔を知っているんです。だから懐かしさもあってこんな感じで」
沙里亜さんにそう申し送ると、黒真珠のような瞳を大きく広げた。
そこには、「本当に?」と言いたげな、疑いの色が込められている。
「沙里亜さんにはさ、ずっと仕事でお世話になっていて。俺が仕事ができない時とか、こうやって来てもらって、色々と教えてもらっていたんだよ」
麗奈の方にも言葉を送ると、彼女は彼女で、ちょっと怒ったような視線を返してくる。
別に嘘はついていない、けどこれ以上は、とてもデリケートな話に及んでしまう。
ヘラヘラと笑いながら、空になったグラスに、日本酒を注いだ。
「そうだったのね。それで二人とも、仲がいいのね」
「梅澤さんこそ、お休みの日にまで後輩のお世話だなんて、お優しいんですね。部署も違うっていうのに」
「……まあその……成り行きって言うか、ほっとけないって言うかさ……」
凄いな、麗奈の突っ込み。
こんなに焦ってたじたじの沙里亜さん、初めて見た。
けどこれって多分、俺たちの関係がばれないように、じっと黙っていてくれているからなんだ。
そういうところはさすが沙里亜さん、信用できる人だ。
「ふ~ん、分りました。そうなんです。久々に兼成君に会って懐かしくて、話しているうちに、こんな感じになったんです」
「そうなのね。良かったわね、兼成君。会社ではあなたがお世話係だけど、ここでは逆のようね」
「ははは……ま、まあ、麗奈は昔から面倒見が良くて、優しかったですからね……」
綱渡りの気分でいると、脇に置いてあったスマホが、ぶるりと震えた。
救いの神のように思えて手に取ると、それは朱宮さんからだった。
『どうしてます? ヌル女のコスも考え中なんだけどどうかな?』
そんなメッセージの下には、金髪の女の子が黒いワンピースを着て、Vサインをする写真がある。
ワンピースの肩ひもの片方がずれ落ちていて、片方のおっぱいが半分以上見えてしまっている。
白い脚の片っぽが立膝で、そのせいでただでさえ短いワンピースの裾が擦り上がっていて、豊満な太もも間からピンク色の布地がチラリと顔を出していて。
ヤング向け雑誌のグラビアにでも載せたら、人気が沸騰しそうな写真だ。
これ多分……『ぬる女』の人気ヒロインの一人なんだよな。
正直似合い過ぎていて、色っぽくて、俺のやわな心臓を直撃してくる。
「あれえ~、なあに、そのえっちな写真はあ?」
俺のスマホの覗き込んだ麗奈が、少しろれつが怪しくなりながら、こっちをいじってくる。
こいつはさっきから呑みのペースが早くて、上半身がふらふらと揺れている。
沙里亜さんが容赦なく、酒をススメているせいだろう。
「いや、これは……」
「なに、兼成君? そんな女の子が好きなの? 可愛いなあ~~」
沙里亜さんも興味を持ったようで、俺のスマホ画面に目をやって、悪戯っぽく絡んでくる。
「こ、これは、知り合いのコスプレ写真ですよ。感想が聞きたいって」
「へえ。でも、こんな大胆な写真送ってくるなんてねえ。一体どういう関係なの?」
「あの……最近知り合ったばっかりで、別にどうとは……」
「兼成君!!!」
目がずっしりと座った麗奈が、強面で俺を捉えて、強い語気を発する。
「な、なんだよ?」
「その子、一回連れて来なさい」
……それ、拒否権のない、命令……?
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(作者より御礼とご挨拶です)
皆さま、素敵なクリスマスをお過ごしでしょうか?
当方はいつも通り、社畜になって働いております(笑)
ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございます。
皆さまのお陰で、こうして書くことができております。
どうぞ引き続き、よろしくお願い申しあげます。
風邪などひかれないよう、どうぞご自愛くださいませ。
(カクヨムコン10にも参加させて頂いております。もし本作を気になって頂けましたら、★ご評価、フォロー、♡応援等もご検討頂けると、大変ありがたく存じます。どうぞよろしくお願い申しあげます。)
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