第24話 これって散歩?
「全くもう……」
麗奈のお怒りは、なかなか治まらないみたいだ。
どんな顔をするか楽しみではあったけど、予想以上にびっくりしていて、怒って、そして平手打ちまで食らうとは。
高校時代のもっと大人しい感じだったこいつからは、想像がつかなかった。
「ところで麗奈、その迷彩色のパンツ、面白いな。ミリタリーの趣味でもあるのか?」
「これ? これはねえ、アメリカにいる時に買ったの。アメリカ陸軍のブートキャンプに体験入学した時に。けっこう丈夫で履きやすいのよ」
「アメリカ陸軍!?」
「そう。とあるお店のハンバーガーが好きになっちゃって、ちょっと食べ過ぎて太っちゃたから。お陰で、一週間で4キロ痩せたわよ」
一体どんな刺激的な生活をしてたんだろうな、こいつ。
昔から運動も得意で、足は速かったとは思うけど。
「で、その陸軍上がりの麗奈が、なんの用だ?」
「散歩に行かない?」
「嫌だ。俺はもっと寝てたいんだ。せっかくの休みなんだから」
「外はいいお天気よ、体を動かした方が、晩ご飯もお酒も美味しいわよ?」
「晩御飯まで、まだ時間があるじゃないか。ならもっと後でもよくないか?」
「そうね。ついでにどこか寄ってもいいわね。公園とか、遊園地とか、水族館とか」
「つまり、どっか行きたいんだな?」
「そう。散歩がてらぶらっとね」
それってすでに、散歩がメインじゃなくなってないか?
なんだかデートっぽい気がするけれど。
そんなことを平気で言いながら笑っている麗奈は、どうにかこうにか、ご機嫌が戻ったようだ。
「昨日は一日外にいたから、今日はゆっくりしたいんだよな」
「そうよねえ~。金髪の可愛い女の子と一緒にね~」
おお、そのジト目、ちょっと怖いぞ。
「それにな、二人で出歩いているところを会社のだれかに見られでもしたら、面倒くさいぞ? 変な噂が立つかもしれないし」
「そうね。でも、一緒に仕事の話をしてましたって言ったら大丈夫じゃない? お世話係さん」
いや、そんな簡単なもんじゃないけどな。
社内恋愛が噂になって、人事異動に発展したなんて話も、たまに聞くんだ。
しかも俺たちがいるのは、人事課のお隣だ。
変な噂が立つと仕事がやりづらくなるのは、目に見えている。
「でも、そっか。人に見られないようにするんだったら、いっそ思いっきり遠くまで行った方がいいかもね? 千葉とか神奈川とか」
思いっきり盛ってくるな。
すでに散歩の話題がどこかへと失せている。
しかも、全然引き下がってくれる感じがしない。
輝く瞳を向けて、ちょっとずつ距離を詰めてきている。
「分かった。じゃあ近くの散歩にしよう。なんかあったら、近所に住んでいて、たまたま会いましたってことにしよう」
「分かった。じゃあ近くの公園までね」
近くの公園って、どこのことだ?
この近所には、ブランコや滑り台がある小さい公園しかないけど、そこか?
「歩いて5分ほどのとこにある公園か?」
「ううん、U公園。ちょっと前までは、桜が綺麗だったわね」
それ……絶対歩いて行ける距離にはないと思うぞ。
滅茶滅茶人がいるだろうし。
俺と沙里亜さんだって、一応そういうことには気を使っていて、二人で外を出歩いたことはあまりないんだ。
「それ、電車に乗らないといけないから、散歩じゃなくないか?」
「じゃあさ、散歩をしていたら偶然会って、そこで公園にでも行くかって話になったってどう?」
色々と言い訳を思いつくなあ。
一応筋は通ってるけど、信じてもらえるかなあ……?
けど、どうしでも外へ行きたいみたいだな、麗奈は。
「じゃあ、明日は仕事だから、早めに帰るからな」
「うん。晩御飯は早めに作るから、任せてね」
はいはい、でもまあそれは、有難くはあるんだ。
麗奈が作ってくれるご飯は美味しいし、しゃべりながら飲む酒も楽しい。
たまに昔の黒歴史が頭を過るので、その時には彼女から目を逸らしてはいるけれど。
「そしたら、今から準備するから、ちょっと待っててくれ」
「は~い。お邪魔します」
近所への買い物とかを除けば、怠惰な休日を好む俺としては、二日連続の外出なんて久しぶりだ。
麗奈はリビングのソファにもふっと腰を沈めて、うーんと背伸びする。
「ちょっと着替えてくるからな」
着換えを持って、麗奈からは見えない洗面所に行こうとすると、
「私に気を使わなくても、ここで着換えていいよ」
そっちは知らないけど、こっちは気を使うんだけど。
「じゃあお前は、俺の目の前で着替えられるのか?」
「……えっ!?」
なんだよ、そんなに驚いた顔をしなくてもいいじゃないか。
最初に言い出したのはそっちだろ?
「兼成君、私の着換え、見たいの……?」
「いや、見たいかって訊かれたら、まあ一回くらいは、とかな」
「……えっち」
俺がえっちだったら、そっちだってそうだってことにならないか?
これって、男と女で、違いがあるものなのかなあ?
「じゃあ……私の部屋に来てみる? そこだったら……」
冗談だよ、冗談。
「……着替えて来るわ」
「お~い、兼成君、照れなくてもいいよ~」
うるさいな、そっちは照れたりしないのかよ?
洗面所に移動して、顔を洗ってさっさと着替えた。
いつもと変わらない、よれよれの普段着なんだけど。
でも、洋服選びに時間を使って、麗奈を待たせるわけにもいかないじゃないか。
「おまたせ」
「うん、行こ!」
嬉しそうに、ちょっとはにかんだ笑顔の麗奈、正直可愛いと思う。
それは高校時代と比べても全然変わらない、いや、それに大人の魅力も一緒になって、パワーアップしたような。
そんな彼女と同じ部屋の中にいて、散歩というか、デートに誘われて。
高校時代の俺に教えることができたなら、彼は腰を抜かして喜ぶんだろうな。
表に出て歩き出すと、麗奈は白いサンダルをカツカツと鳴らしながらついて来て、横へ並ぶ。
日曜日のお昼前ということで、道行く人は多い。
麗奈に視線を送って振り返る、そんな男たちがたくさんいて、なんだか落ち着かない。
そういえば、昨日朱宮さんと一緒にいた時だって、同じような視線がいくつもあった気がする。
可愛くて魅力的な女性は、人の目を惹いてしまうんだな。
今まで俺はずっと、外野から視線を送る側の人間だったんだけど。
歩いて行くのは初めから諦めて、電車に揺られて目指す公園へ。
そこは、やっぱりたくさんの家族連れや、年配の夫婦、若いカップルたちでいっぱいだ。
もう桜の季節は終わっていて、葉桜が通りの脇を埋める。
ここには大きな池があって、美術館や博物館なんかがたくさんあるんだけど。
「ねえ、ここ、動物園があるよね?」
「ああ、そうだな」
「動物を観ながら散歩すると、癒されると思わない?」
「思わない」
「なんで? 兼成君、動物嫌いなの?」
「そんなことはないけど、もう昼だから。なにか腹に入れた方が、俺は癒されるかな」
「分かった。夜はちゃんと作るから、お昼は軽めにしようね。食べたら動物園ね」
「俺、それでいいって言ってないけど」
「パンダって可愛いよね。あと、カバさんなんか好きなんだ。おっきい体でゆるゆるでさ。触ったら気持ちよさそう」
全然人の話聞いてないな、こいつ。
それにしても、なんか本当に、デートっぽくなってきたよな。
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