第23話 悪戯心

 『ピンポ~ン』


 日曜日の朝、部屋の中にインターホンの音がこだました。

 何時だろ……10時過ぎか、けっこう寝ていたな。

 来客の予定はないけど、もしかして……

 それはやっぱり、予想した通り麗奈だった。


 ドアを開けて飛び込んできたのは、普通に外出できそうな姿の彼女。

 パステルカラーで春っぽいトップスに、何故か迷彩柄の短いパンツ。

 そこから覗く素足は、今日も清々しいほどに白くて眩しい。


「ほうほう。兼成君は、お休みの日は朝寝したいタイプかな?」


 なんだ? そのどっかの有名探偵を真似したかのようなしゃべり方は?

 これから何かの推理でもしようっていうのか?

 腰をかがめながら上目遣いで、悪戯っ子のようににやけている。


「まあ、たまにはな。昨日は早起きして外に出てたし」


「そういえば、昨日は帰って来るのも遅かったようだね?」


 こいつ、多分昨日の夜も、ここへ来たんだな。

 その時にはまだ、俺は朱宮さんと一緒にいて留守だったのだろう。

 ふっと、彼女から昨日もらった写真のことを思い出して、また顔が熱くなった。

 その写真は消せないで、まだ俺のスマホの中にある。

 せっかく送ってくれたのになっていう思いと、男心として、やっぱり消しにくい。

 俺だけに送ってくれた扇情的な写真……甘い蜜のような言葉だ。


「どこへ行ってたのかな、君?」


 どこでもいいだろ探偵もどきが、と思いながら、ふとこっちも悪戯を思いついた。


「実は、女の子と会っていたんだよ」


「…………え?」


 玄関先で突っ立ったまま沈黙があって、麗奈の表情が凍り付いていて、予想以上に面白い。


「女の子って……親戚の小学生の子だとか?」


「なんでだよ? 大学三年生で、金髪美人の子だよ」


「えええ……!?」


 麗奈の肩が、ぷるぷると震え出す。


「か、兼成君、それってもしかしてデート? お休みの日に、デートする相手なんていたの……?」


「失礼な言い草だな。まあでも、もともとそんな予定でもなかったんだけどな。偶然、この前の送別会で行った店の子と会ったんだ」


「え、えええええ……!!!!! もしかして、兼成君の隣に座ってた、金髪の子!?」


「そうだよお。可愛い子だよなあ」


 麗奈の肩から掛かっていた鞄がズレ落ちて、床に当たってドサリと音がした。


「それで、ずっとその子と一緒にいたの?」


「うん。店を観て、映画に行って、飯を食って。それから……」


「それ、から……?」


「エッチな写真を見せてもらったよ」


「!!!!!!!!!!」


 麗奈の瞳はじっと俺のことを離さなくて、唇が震えている。

 まるで亡霊にでも出会ったかのような、驚いた表情だ。


「そんなの、なんで、兼成君に? ど、どんな写真!?」


「さあ、なんでかな。でも、エロス満載の写真だよ。やっぱりむらむらとしちゃってさ」


「む、むらむら……?」


「うん。それで、二人でK町をぶらついてな」


「K町って……まさか……」


「ああ、ラブホがたくさんある町だな。そこでちょっとな」


 へなへなと、麗奈が座り込む。

 肩を落として、顔を床に向けている。


「……そんな……ひどいよ、兼成君。そりゃ兼成君だって男だから、そんなことが絶対に無いとは思わないけどさ。でもなんで私に、そんな話をするの……?」


「だってお前が、『どこへ行ってたのかな?』って、訊いてくるからさ」


「……う……」


 道端に捨てられた猫のように、じっと俺を見上げた麗奈は、半泣き状態だ。


「す、好きなの? その子のこと?」


「どうかな? 分からないさ。まだ始まったばかりだし」


「……そっか……」


 ふらふらと、力無く立ち上がる麗奈。

 その顔から精気が無くなって、抜け殻のように見える。


「ごめん……じゃあ私、お邪魔かな……」


 こっちに暗い背中を向けて、ドアノブに手を掛けようとする麗奈。


「ははは、お前何か、勘違いしてないか!?」


「……え?」


 麗奈の足がピタリと止まる。

 そして、恐る恐るといった感じに、首をこっちに向けた。


「偶然会ったのはホントだよ。けど、映画に行って飯を食って帰った。それだけさ」


「じゃあ……ラブホには……?」


「行ってないよ、そんなの。俺一言も、そんなの言ってないだろ? 二人でその辺を歩いて、立ち話をしただけだって」


 涙目だった瞳に、だんだんとお怒りが沸き上がっている。

 俺は嘘は言っていないけど、予想以上の反応だ。

 面白かったけど、ちょっと申し訳なかった気もしてきた。


「もしかしてからかったの、私のこと?」


「まあ、ちょっとそれはあるかな」


「……ばかあっ!!!!!」


『ばっしい~~~んんん!!!』


「うわああ!!!」


 いきなりほっぺたに平手打ちをくらって、のけ反ってしまって、頬がじんじんと痛い。


「なにすんだよ、いきなり!」


「だって、酷いじゃない、そんな冗談!」


 まさかここまで怒って、しかも暴力までふるわれるとは。

 俺も悪いかもだけど、お前だって大概だと思うぞ?


「……悪かったよ。でも嘘は言ってないし、そこまで麗奈が怒るとは思わなかったからさ。ほんの冗談のつもりで」


「……兼成君……私のこと、分かってない……びっくりさせないでよ」


 そんなこと言われたって、数年ぶりに再会して、お互いに色んなことが変って。

 分かっていないのは、お互い様なんじゃないか?


「そういう麗奈だって、高校の時の俺をからかったじゃないか。お互い様ってことだよ」


「そんなの……だからあれは、私はそんなつもりじゃ……」


「お前がそうでも、受ける側からしたら、そうはいかないんだよ。悪戯企画だったんだよな、あれ?」


 別に麗奈に仕返しがしたかったわけじゃ、全くなかった。

 けど、そんな感じに見えてしまうかな、これ?


「でも、そうね。それは本当のことね」


 白い指で、そっと目の下を拭う麗奈。


「でもさあ、エッチな写真をもらたってのは、本当なんだよ。といっても、コスプレの写真だけどね」


「そうなんだ。それ……まだ持ってるの?」


「うん」


「消さないの?」


「うん。せっかくもらったし、俺が好きなアニメのキャラだし」


「……えっち」


「言ってろ。男ってのは、大抵そんなもんだ」


「スマホ貸して。自分で消せないのなら、私が消してあげる」


「やなこった。一生の宝物にでもしようかなあ」


 泣き笑いしていた麗奈は、今度は頬袋を大きく膨らませた。


 それにしてもこいつ、今日は何しに来たんだ?




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