第21話 朱宮真理の告白 ~昔と今と~

 高校時代の私、朱宮真理あけみやまりは、どこにでもいるような地味な女の子だった。

 おかっぱ頭で前髪は真っすぐに揃って、黒ぶちの分厚い眼鏡を掛けていた。

 校則通りに丈の長いスカートを履いて、アクセサリーも付けずに、お化粧っけもなかったなあ。

 

 離れた席で談笑するクラスメイトたちを、羨ましく思うことがあった。

 長くてさらさらの綺麗な髪、ほんのりと青い目元にピンク色の頬、紅の入った口の端を上げて。

 短いスカートとハイニーソックスの間から健康的な脚を披露して、輝くような笑顔を振りまいて、周りにいる男子たちを魅了していた。


 私とは真反対にいる存在、自分はああはなれないなと思っていた。

 口下手であんまり外で遊んだこともなくて、友達も数えるほどしかいなくて。

 けれど私には、それがあまり気にならない程の、別の大きな目標があったんだ。

 それは、お医者さんになること。

 中学校の時から、必死で勉強していた。

 だから学校の成績は、いつもトップに近かったのだけど。


「ねえ朱宮さん、分からないとこがあるから、教えてくれないかな?」


「うん、いいけど、どこ?」


「えっと、この問題の解き方なんだけど……」


 クラスメイトから勉強の相談を受けることもあったけれど、それはそれっきりで。

 いつも教室の片隅で、静かに過ごしていたっけな。


 そんな私でも、疲れたりモヤモヤが溜まったりすることは、もちろんあった。

 そんな時には、好きな漫画や小説を読んで、空想の中で自由な自分になって、色んな場所へ旅をした。

 そこでは人目を気にしないで自由な自分になれて、いつでもどこへでも行ける。

 それは私の心を踊らせてくれて、疲弊した気持ちと体を癒してくれた。


「この漫画、面白いなあ」


 自分の部屋で、原作小説からコミカライズされた漫画、『くず100』を読みながら、その日も心を跳ねさせた。


「この子、すごく可愛いいし、格好いいなあ。こんな風になれたらいいなあ」


 自分がそのヒロインに変身して、主人公の魔法使いと一緒に異世界を旅して、片思いの恋に落ちる。

 色んな方法で、時にはお色気作戦も使って気を惹こうとするけれど、なかなか自分だけを見てはくれない。

 じれじれの恋愛模様の中で、他のヒロインたちに負けないように、少しでも綺麗になりたいと思って努力して。

 もちろん、主人公を助けるために、剣と魔法の鍛錬だって怠らない。

 読み進めているうちに、どんどんとはまっていった。


 そんな中、SNSで、その登場人物のコスプレをやっている女の子を見つけた。

 飾りがたくさん付いている、ちょっと煽情的な衣装を着て、いたずらな笑みを浮かべていて。

 

 とんっと胸の中が弾けた気がした。


 この子たちは、自分のなりたい姿に、本当になっているんだ。

 実際に会ってみたいな。


 その子が自分のSNSで予告していたコミケに行ってみて、勇気を出して話しかけてみた。

 すると同じ話題で話が弾んで、その子も同じような理由で、この世界にはまったことを知った。


「これ、普段の私だよ」


 写真を見せてもらうと、どこでもいそうな普通の女の子だった。


「私でもなれたんだから、あなただってできるよ」


 そんなことを言ってもらえて、とても嬉しくて。

 連絡先も交換してもらって、頻繁に連絡をとるようになった。


 できるかな、やってみたいな。

 そう思っても、中々前に踏み出せない私。

 好きなキャラクターの服を作るのだって大変そうだし、お金もかかる。

 家族や知人に知られたら、どう思うだろう?

 そんなことを想うと勇気が出なかったし、勉強だってしないといけない。


 今は難しいかもな。

 でも、いつかきっとやってみたいな。


 そう心に決めて、そんな未来を楽しみにして、勉強を頑張った。

 

 お医者さんになりたいと思ったのには、実は理由があるんだ。

 私には、自分を可愛がってくれた祖母がいた。

 いつだって優しくて、親に怒られた時はいつだって私の味方をしてくれて、こっそりお小遣もくれて。

 家に泊まりに行って、一緒の布団の中で眠った。

 本当に大好きな人だった。


 でも、お医者さんでも治せない病気にかかってしまって。

 私が小学生の時に、天国へと旅立った。

 落ち込んでたくさん泣いて、


 祖母のような人を、助けられるような人間になりたい。


 そう強く想ったんだ。


 猛勉強をして、行きたかった大学にも無事に入れて、一人暮らしもさせてもらうことになった。

 大学の勉強も大変だけれど、高校で受験勉強をしていた頃に比べると、時間はたくさんあって気分も楽だった。


 やってみよう。


 そう思って、コミケで知り合った女の子に、また連絡をして。

 大学一年生の夏にはその子と一緒に、コミケデビューをすることができた。

 知らない人に気軽に話しかけてもらって、写真も撮ってもらって。

 心躍る、輝く時間だった。


 楽しいよ、もっともっと続けたい。

 知り合いだって、もっとたくさん増やしたい。


 それで、バイトの時間を増やしたんだ。

 比較的学費が安い国立大学に通っているとはいえ、下宿代もかかるし、私の下にはまだ弟がいる。

 

 だから、これ以上親に迷惑をかけられない。

 自分のための大好きな時間を過ごすには、自分で頑張るしかないんだよね。

 でも、好きなことのためだから、きっと頑張れる。


 コスプレを続けていると、だんだんと自分に自信を持つこともできて、普段のお洒落にも気を配れるようになって。

 カラコンを入れて、髪形を変えて、お化粧も勉強してできるようになって。

 すると、大学の中でも知り合いがどんどんと増えて、男の子から何度も告白を受けたりもした。


 高校時代にはなりたくてもなれなかった姿に、やっと近づけたように思えて、毎日が楽しみになった。


 大学の知り合いから、割のいい夜のバイトを紹介された時には、正直ためらってしまった。

 でも、一度見学に連れて行ってもらって、そのお店のアットホームな空気に触れて、やってみたくなった。


 二十歳になって間もない日に、


「よろしくお願いします」


 そう告げて頭を下げた相手が、今のお店の信子ママだった。


 慣れない接客で失敗したこともあったけれど、ほとんどのお客さんは優しくて、個性的で。

 しゃべっていて楽しかったし、普段聞けない話もできて、勉強にもなった。


 それでも、自分が一番好きな話ができるような人は、なかなか現れなくて。

 そんな大学三年生の春に、もっと話したいなと思うお兄さんが現れたの。

 でも、これはまだ、だれにも内緒、本人にも、まだ秘密ね。




 ◇◇◇


「てな感じなんだよ」


 ビールのお代わりをしながら、朱宮さんはひとしきり、俺に熱っぽく語ってくれた。

 俺はただ黙って、頷きながら聞いていた。


「そっか。昔は大変だったみたいだな。でも、俺だって似たようなものだったよ」


「え、そうなの?」


「ああ。ずっと陰キャでさ、あまり友達だっていなくて、地味な高校生だったよ。大学生になってちょっとはましになったけど、でも未だにこんな感じさ」


「そうなんだ。でも私、長船さんと話すの好きだよ」


 しっとりとした瞳が、俺の姿を捉えて、淡く光っている。

 なんだか照れくさいな。


「そっか、そう言ってくれると嬉しいけど。でも、今は楽しくてよかったな」


「うん、ありがとう!」


 朱宮さんはぱっと笑顔を咲かせて、グラスの中身を飲みほしてから、追加のお代わりを注文したんだ。





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