第20話 朱宮さんと一緒に

 目の前で、輝くようにほほ笑む朱宮さん。

 その笑顔と急な申し出に、戸惑ってしまう。


「映画って……なんの?」


「『くず100』の特別編、今やってるのよ」


 ああなるほど、それのことか。

 今やっているのは知っていたけど、ほとんどがテレビ放映分のダイジェストらしいので、あまり気にしていなかった。

 けど、新規映像もあるようだし、面白いかもしれないな。


「面白そうだけどさ、俺と一緒でいいの? 他の誰かと一緒じゃないの?」


「ううん、元々一人だよ。長船さんも一人?」


「うん、こっちはそうだけどさ」


「じゃあ、一緒に行ってくれると嬉しいな。話が合う人と一緒だと楽しいし」


「そっか、そえもそうだなあ」


 どうしたらいいんだろう?

 確かに同じ趣味だけど、カラオケバーで一度しゃべっただけの女の子と一緒ってどうよ?

 まるで、軽いナンパっぽいじゃないか。


「どうしたの、嫌?」


 その下から見上げてくる甘い表情、無茶苦茶可愛いな。

 そんな彼女のことだ、きっと彼氏とかもいるんじゃないかと思うんだけど。


「うんと、嫌じゃないけどさ」


「……ねえ、もしかして、照れてたりするの?」


 へ……? そんなことは……ちょっとあるかもだけど……

 なんで、そんなこと分かるんだろう?

 俺ってそんなに、分かりやすい?


「そ、そんなこと、ないけどさ……ほんとに俺と一緒でいいのか?」


 しらばっくれてみても、もう彼女にはバレバレのようだ。

 可笑しそうに笑いながら、言葉をつなげてくる。


「うん。私にナンパされたとでも思ってさ。だから照れなくてもいいよ」


 逆ナンってやつかな、そんな経験は、もちろん初めてだ。

 本気かな? なんか俺おちょくられてないかなと、疑ってしまう。

 でも、悪い気はしていなくて。

 それはそうだろう、こんなグラマラスボディの金髪美人に声をかけられているんだから。


「じゃあ……行ってみようか?」


「うん! ここでちょっとだけ買い物するから、待ってね!」


「分かった。じゃあ俺も」


 まあ興味があった映画だし、それだけならいいか。

 ここで会ったのも、なにかの縁だし。


 それから二人でお店の中を見て回って、マンガやグッズをいくつか買った。


「今度ね、『ぬるじょ』のコスもやってみようかと思うんだ」


「そっか。どのキャラにするんだ?」


「やっぱり、日葵ひまりちゃんかな」


 日葵ちゃん…… 『ぬるぬる彼女たちに囲まれて二度目の人生を謳歌してます』、略して『ぬる女』のメインヒロインだ。

 エッチで扇情的な格好で主人公にぐいぐい迫る、陽気なキャラだ。


「そっかあ。それは結構大胆だな、真似するのって」


「そうかな。でも、綺麗な女の子が好きなんだ」


 コスの衣装は自分で作らないといけないと聞く。

 しかも人気作品のメインヒロインともなると、他にも同じようなコスプレイヤーもいるだろうから、競争も激しいだろう。


 けれど、きらきらとした笑顔だ。

 本当に、そのアニメとキャラが好きなんだろう。


 アニメ談義をしながら移動して、目的の映画館に着いて、チケットを二枚買った。

 一応その分は、年長者ってことで俺のおごりで。


「嬉しいな、なんかわくわくする」


「そだねえ」


 すぐ隣の席で、朱宮さんの笑顔が揺れている。

 多分一人では来なかっただろうし、映画館で女の子と一緒にアニメを観るなんて初めてだ。

 だから俺も、ちょっと胸が躍っている。


 やがてシアターの照明が落ちて、目の前の銀幕に映像が流れる。

 その中で、『くず100』の主人公やエルフのヒロインたちが生き生きと舞う。

 ちょっとえっちなシーンも随所にあって、朱宮さんが好きなエルフの魅力が満載だ。

 面白い、やっぱり。

 

 テレビ放映分の全24話、もう一度見返そうかなって思えてくる。


 映画に見入って、あっという間に2時間ほどの時間が経っていた。


「う~ん、やっぱこっちもいいなあ。次のコス、どうしよっかなあ」


 シアターを後にしながら、朱宮さんが背伸びをする。


「うん、面白かったな、やっぱり。一つだけ選ばなくても、朱宮さんがその時になりたい姿になればいいんじゃないのかな。そういうのって自由だと思うし」


「……うん、そうだよね。ありがとう、長船さん」


「ううん。きっと朱宮さんなら、どんな姿にもなれるさ」


 嬉しそうにほほ笑む朱宮さん。

 それを目にすると、こっちも同じような気持ちになる。


「ねえ長船さん、この後どうしよっか?」


「そうだな、特に決めてないけど」


「じゃあ……ご飯でも行く?」


「……うん、いいね。時間はいいの?」


「うん。元々、一人でぶらぶらするつもりだったから」


 どうも社交辞令とかではなさそうで、本当にどこかへ行きたいみたいだ。

 ご飯、か。

 まあそのくらいなら、別にいいか。

 一緒に見た映画について語るついでってことで。


「どんなとこに行きたい? 好き嫌いとかはある?」


「どこでもいいけどな。俺は好き嫌いはないし。ちょっと飲めたらいいなってくらいでさ」


「じゃあ、私が知ってるとこでいいかな?」


「うん、それでいいよ」


 頷いて、朱宮さんに連れられて、夕暮れの街をいく。

 電車に乗って人込みの中を歩いた先に、彼女がオススメするお店があった。


 白い扉の横に、『AQUARIA』と書かれた看板がある。

 中は薄暗くて、落ち着いた空気が流れている。

 いくつか大きな水槽があって、そこから青白い光が放たれている。

 水槽の中では、綺麗な色を纏った魚たちが、ゆったりと泳いでいる。


 フロア係のお兄さんが、水槽近くの席に案内してくれた。


「なんか、水族館みたいだね」


「うん。好きなんだ、ここ。なんか落ち着けるっていうか」


 正直、ちょっと意外だった。

 朱宮さんを見ていて、もっと賑やかな場所を想像していたから。


「水族館が好きなの?」


「うん。ゆっくり泳いでる魚を見るのは好き。しかもここ、イタリアンが美味しいんだよ」


「そっか。いいね」


 二人で一緒にメニューを見て、ピッツァとスパゲッティとサラダ、それに海外のビアを注文した。


 変わった形のグラスに満たされたビアが二つ運ばれてきて、それを重ね合わせて乾杯する。


「あ~、美味しい!」


 濃い茶色のビアを口に入れた朱宮さんが、ほっとした表情を浮かべる。


「ねえ、ああいうお店で働いてるんだから、お酒は強そうだね?」


 カラオケバー『BLESSING』でのことを思い出して、興味本位で問うてみた。

 朱宮さんはちょっと肩をすくめながら、


「そうでもないよ。でも、あそこで働くのは楽しい。お店の人もお客さんも親切だし。それに……」


「うん?」


「私、学費とかも稼がないといけないんだ」


 なにか……事情があるのかな?

 直感的に、そう思った。





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