第19話 同じ趣味の彼女
今日は土曜日、澄んだ青空が、窓ガラスの向こうに見える。
色々と馴れないことがあった一週間だったけど、なんとか乗り切れてほっとしている。
本当ならぐだぐだと、怠惰な一日を送りたい。
でも今日は、そんな訳にはいかなくて。
「髪、伸びてるね」
麗奈からそんな一言を賜ってしまった。
そう言えばそうだなと思い、こればっかりは直接自分が外に出るしかないんだと、自分に言い聞かせた。
申し訳程度に顔を洗って髭を剃って、適当な服を着て、お昼前には外へ出た。
いつも行っている、15分でカットだけをしてくれる美容室を訪れると、先に待っている客が5人程いた。
仕方なく、順番を予約して、気長に待つことにした。
そうしていると、ぶるんとスマホが震えたので。
『今日はお出掛け? 夜はどうしようか?』
麗奈からだ。
多分部屋を訪ねて来て、俺がいなかったからだろう。
夜ね……特には決めていないな。
一緒に飯を食って、『くず100』の続きを見るのも悪く無い。
昨日は丁度、主人公のぐずぐず魔法使いが、ヒロインのエルフと、宿で二人きりになったところで終わった。
そこからの甘々な展開を思い返すと、おたく心が沸騰してくる。
のだけれど、
『悪い、夜のことはまだ決めていない』
たまには気ままに歩きたいし、外で一杯やるのもいい。
そう思って、お断りのつもりで返した。
『びえん』のメッセージと猫の泣き顔のスタンプが送られて来たけれど、ここはぐっと心を鬼にする。
そもそも俺たちって、普通の隣人同士なんだよな?
昔に何があったかは別にして。
だから、適当な距離感も、必要だと思うんだよな。
いっぺんに昔の想いに帰ったり、負の遺産を払拭したりはできないんだ。
やっと順番が回って来て、適当な長さで切ってもらった。
「こちらでいかがですか?」
「はい、大丈夫です」
自分の髪型が1センチ違っていたって、世界は動くんだ。
こだわりは全く無いので、出来栄えはあまり気にしないで、いつもこんな感じだ。
追加でリクエストをしたことなんて、今まで一度もない。
腹が空いたな。
美容室から出て、何か食べるかなと思い立つ。
今日は朝から、何も食べてないんだ。
昼は簡単に済ませるかなあ。
肉がいいなと思って、牛丼の店に入って、あたま大盛の牛丼玉子付きつゆだくをかっこんだ。
さて、どうするかなあ、これから。
特に予定は決めていなかったけれど、たまにはそんな自由奔放なのもいい。
そこで閃いたのが、『アニメディア』だ。
そこはアニメ関係の専門ショップで、雑誌や原作漫画、キャラクターグッズなんかを売っている。
アニメ好きのオタクの聖地といってもいい場所だ。
学生の時には隠れた趣味として、頻繁に通っていた。
でも就職してからは、なんとなく足が遠ざかっていた。
社会人にもなってアニメ……?
そんな不確かな先入観があったかもしれない。
でも、好きな物は好きなんだ。
そんな熱い思いが、昨日観た『くず100』で再燃したみたいだ。
お腹が満たされたところで、次の目的地が決まった。
久々のわくわく感を感じながら、ショップへと向かった。
ファッションビルの7階にあるその場所は、以前と同じ佇まいだった。
色とりどりで刺激的な表紙の雑誌や、アニメ関係の可愛いグッズが所狭しと置かれていて、人気ヒロインの等身大フィギュアが笑ってたりもする。
おわっ、これ、放映が始まったばっかりのアニメの原作漫画じゃないか。
気になって手を伸ばすと、別の手がそれに触れた。
「あっ……」
「ああ、すみません、どうぞ」
偶然同じ時間に同じものに手を伸ばしたのは、長い金髪がよく似合う女の子だ。
カラコンを入れているのか、瞳は青い。
胸のボタンが開いた隙間からは、見えてはいけないふくやかなものが見えそうで。
薄い青色のミニスカートが爽やかで、透き通るような白い素足がすっと引き締まっている。
そして、とびっきりの美形、まるでアニメの世界のヒロインが登場してきたかのような。
なんだか照れくさくって、その場を立ち去ろうとすると、
「あの、待って、お兄さん!」
……え? 今、俺のことを呼び止めたのか?
恐る恐る振り返ると、彼女はじっと、青い瞳をこっちに向けていた。
「はい、なんでしょうか?」
「お兄さん、この前会わなかったですか?」
「この前?」
「うん。お店で」
ええと、この前お店……え? あああ!!!???
「ええ!? この前のお店の子!?」
「当たり。偶然ですね、こんなとこで会うなんて!」
すっかり忘れかけていたけれど、麗奈の歓迎会があった日の二次会で、俺の隣に座ってくれた、お店の子だ。
「ああ、思い出したよ。確かに偶然だね」
そう言葉にすると、彼女はふわっと頬を緩ませた。
「ねえお兄さん、私の名前、覚えてる?」
「名前? えっと、そうだね、確か、う~んと……」
あいまいな返事をしていると、彼女はすっと溜息を吐いた。
「やっぱりねえ、覚えてくれてないんだ。私、
「ああ、そうだっけね。確か、医学部に通ってるんだったよね?」
ごめん、正直、名前は覚えていなかった。
でも顔や話を覚えていることを口にすると、朱宮さんはまた、表情を緩めてくれた。
「そうです。そこは覚えていてくれたんだね、嬉しい」
「うん、まあ。はは……」
ばつが悪くて、刈ったばかりの頭を掻きながら、愛想笑いをしてみる。
「ねえ、お兄さんは、なんて名前なんですか?」
「ああ、俺は長船、
「長船さんですか。ここにいるってことは、私たちやっぱり気が合うね」
「え? それって、アニメ好きってことかい?」
「うん。私もこの原作、気になってたんだ。出てくる女の子たちが、みんな可愛くて」
『ぬるぬる彼女たちに囲まれて二度目の人生を謳歌してます』は、最近テレビ放映が始まった人気作。
漫画の原作は500万部を超える人気シリーズだ。
異世界に転生した主人公が、甘々の女の子たちにモテまくる話なんだけど。
深夜枠でテレビアニメが始まったばかりだけれど、初回放映からお色気シーンが登場して、人気が沸騰中だ。
「ま、そうだね。昔からアニメは好きだったからさ」
「そっか。ならさ、これから一緒に、映画を観にいかない?」
え、なんだ、これ?
展開が早すぎて、ついていけないんですけど。
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