第15話 グローバル会議

 社員食堂の業者さんとの打ち合わせを終えて、麗奈と一緒に他の仕事をこなしていると、そこへ近づいてくる人影があった。


「よう、長船。昼行かないか?」


「ああ、もうそんな時間か」


「やあ月乃下さん、昨日はお疲れ様」


「あ、はい! どうもありがとうございました!」


 やってきたのは人事課にいる同期の菊一、白い歯を輝かせながら話し掛けると、麗奈はさっと席を立って、ぺこんと腰を折った。


「いいよ、そんなに気を使わなくても。月乃下さんも一緒にどう?」


「はい、ご一緒します!」


 さらりと女性を誘えるスキル、さすがだ。

 俺が口を開くよりも早く、二人でしゃべり出して、オフィスから移動を開始する。


「長船さん、何してるんですか? いきますよ!」


「はいよ」


 このまま二人で行ってくれたなら、俺は勝手気ままな昼休みだったのだけど。

 どうやらそうもいかないみたいだ。


 今日も今日とて混雑している社食で、三人で腰を降ろす。


「しっかし、月乃下さんは海外留学もしてたんだね。すごいねえ」


「い~え、二年ほど好きにやっていただけですから。大したことはないですよ」


「でもそれなら、午後の会議は楽しみだね」


「え、会議!?」


「うん……もしかして、聞いてないの?」


 天ぷらうどんを啜りながら、菊一と麗奈の会話を聞いていて、そういえばと思った。

 麗奈がこちらへ、疑問を乗せた視線を送ってくる。


「ああ、アジア拠店との会議があったな」


「そう、ですか……」


 ここ日本と海外の拠点をつなぐ、人事総務でのグローバル会議があって、定期的に行われている。

 今日の午後はアジア地域とのオンライン会議で、総務課からは村正さんと俺が参加することになっているんだった。

 麗奈には他の仕事をしておいてもらおうかと思っていたのだけど。


「シンガポールにタイにマレーシアにベトナムとかから、かなり人が集まるんだ。出てみるか?」


「はい、是非!」


「じゃあ、後で会議資料を送っとくから、目を通しておいてくれ」


「はい、了解です!」


「そういうことなら、月乃下さんのこと、みんなに紹介しちゃおかな。俺は今日の司会だし」


 菊一がハンバーグを口に運びながら、甘ったるい目を麗奈に向ける。

 こういうことをさらっと言えるところ、俺には真似できないんだよな。


「よかったら、ちょっと自己紹介でもしてみてよ。いい機会だからさ」


「はい、そうします。いいですか、長船さん?」


「ああ、いいんじゃない?」


 まだ早いかなって思って声を掛けていなかったのだけど、本人がそう言うのなら。

 やる気があるってのはいいことだよな。


 それからもランチの間、菊一はずっと麗奈としゃべっていた。

 麗奈も気さくに応じて、話は弾んでいた。

 おかげでこっちは、じっくりとうどんと天ぷらの味を堪能できたのだけど。


 デスクに戻ってから麗奈に資料を送って、しばらくはまた作業。


 それから会議の時間になったので、村正さんと麗奈との三人で、会議室へと向かった。


 人事担当の奈良崎取締役に、人事課からは課長と菊一の他に数名、それに俺たちが、同じ会議室の中で向かい合った。

 正面にある大きなディスプレイは海外とオンラインで繋がっていて、参加者の顔が映し出されている。


「それでは時間になりましたので、本年度最初のグローバル人事総務会議を始めます」


 菊一が流ちょうな英語を駆使して、開会を宣言する。


「今日は最初に、我々の新しい仲間を紹介したいと思います。月乃下さん、お願します」


「はい」


 大丈夫かな、緊張してなきゃいいけどな。

 そんな心配もしてみたのだけど……


「はじめまして、月乃下麗奈です。昨日から総務課の方でお世話になっています。この会社でみなさんと一緒にお仕事をできることに、わくわくしています。まだなにも分かっていない初心者ですが……」


 挨拶が終ると、会議室の中や、接続先の海外のメンバーから、大きな拍手が起きた。

 滅茶苦茶綺麗な英語だ、菊一のそれを軽く上回るほどに。

 堂々として落ち着いていて、笑顔やユーモアも入れながら。

 奈良崎さんが感心したように頷き、一同から優しい視線が注がれる。


 人前に立つことも、日本語以外をしゃべることも不得手な俺からすると、羨ましく思えてしまう。

 昔から学校の成績は良かったし目立っていたとは思うけど、全く想像以上だ。


「ありがとうございました。私たちも、月乃下さんと一緒に仕事をするのが楽しみです。では、最初の議題に移りたいと思います」


 菊一の進行で会議は順調に進んでいって、いくつかある議題で議論が交わされる。


「この件で、質問がある方はおられますか?」


「あ、あの、いいですか?」


 手を挙げて応えたのは麗奈だ。


「はい、どうぞ」


「えっと、ベトナムだけ、他の地域と比べて人員計画が年で2割ほど多いんですけど、何か理由はありますか?」


「そうですね……ベトナムのグエンさん、お答え頂けますか?」


 ディスプレイ画面に、ぱっと初老の外国人の顔が映る。


「はい、それはですね、将来インドの拠点が一つ閉鎖されて、その機能がベトナムにやってくるんです。それを見越して早めに人材を確保しとこうってことですね」


「あ、そうなんですね。すみません、そんなこと知らなくて」


「月乃下さん、でしたかね。いいえ、よく資料を見てもらってますね。我々のことに関心をもってくれてありがとう」


 俺は自分とは直接関係のないことだったので、流し読みをしてしまって、頭にはなかったことだ。

 麗奈が会議資料を手にしたのは今日のお昼、それから短い時間の中で、沢山ある資料に細かく目を通していたってことかな。


 ベトナムのグエンさんも、人事のお歴々も、それに村正さんも、表情に悦の文字を浮かべている。

 どうやら麗奈は、みんなから好意的に、いやそれ以上に、歓迎されたみたいだ。

 俺が入社したときは、もっと静かにじめじめしていたと思うけど。


 そんな会議も無事に終わって、みんなで会議室を後にする。


「今日は良かったよ、月乃下さん。次もよろしく頼むよ」


 奈良崎さんが彼女に、優しい言葉を投げ掛ける。


「はい、頑張ります!」


「長船君、月乃下さんのこと、よろしく頼むね」


 はい……え、俺!?

 お世話係を仰せつかってはいるけれど、だからといってあまり考えていなくて。

 人事担当役員からの謎のプレッシャーに思えてしまって、背筋が寒かった。



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