第16話 手料理

 ふう、今日も一日が終わった。

 自分一人で黙々と仕事をしているのと、隣にいる麗奈に色々と説明や指示をしているのとでは、疲れ方が全く違う。

 そんなことは今までしたことがないし、今日のグローバル会議では、彼女の好感度が一気に上がった。

 俺なんかとは素材が違う、ハイスペックなんだろうな。

 そんな彼女の隣に座っていると、なんだか肩身が狭く感じてしまう。


 さっさと帰ってしまおう。

 そう心に決めて、片づけを始める。


「月乃下さん、俺はそろそろ帰るけど、大丈夫そう?」


 一応声をかけると、彼女は甘噛みのような笑顔を返してくる。


「はい、大丈夫です。今日もありがとうございました!」


 元気に挨拶を返してくれてから、整った美顔をすっと耳元に寄せてくる。


「後でお部屋行くからね。お買い物してから」


 うわっ、そういうのやめろって!

 ここ、職場のど真ん中なんだぞ!!

 ……と思っても仕方ない、ここでくどくどと説教をするわけにもいかないし。


「まあ、お疲れ」


「はい!」


 あまり多くは語らずに、自分の決意には忠実に、さっと席を立った。

 

 さて、今夜はどうするかなあ。

 麗奈、買い物してくるって言ってたっけな。

 じゃあ、軽くだけにしておくか。


 コンビニに立ち寄る道すがらで、スマホの着信に気がついた。


『兼成君、昨日の夜はありがとう。やっぱり君っていいわ。また会いたい』


 それは、沙里亜さんからのもので。

 昨日の夜の記憶がまた蘇ってくる。

 彼女の白い肌と温もり、重ねた唇と舌から流れる熱い吐息、首筋から漂う甘い香り、切なそうに洩れる声、柔らかくて熱い時間……

 誰もが憧れる、凛として恰好いい沙里亜さん。

 そんな彼女が俺にだけ全てをさらけ出して、子猫のような鳴き声を聞かせてくれるんだ。


 いかん、体中が熱くなってきた。


『こっちこそです。沙里亜さんと一緒にいられて嬉しいです』


 一体どんな関係なんだと訊かれると、答えられない。

 沙里亜さんに別の彼氏とかができるときっと消えてしまう、陽炎のようなものだろう。

 なんで俺なんかとって、いつも思うけど。

 けど、今の俺にとっては、砂漠の中のオアシスのように感じるんだ。


 部屋に戻って、一人で一杯やりながら、しばらくぼーっとして。

 風呂にでも入ろうかなと思っていると、来客を告げるインターホンが鳴り響いた。


「来たよー、兼成君!」


「はいよ。今ドアを開けるから」


 ドアの鍵を開けると、麗奈の輝く笑顔が飛び込んできた。


 けど、おいおい、ちょっと待てよ。

 今日は妙に薄着だな。

 オレンジ色の短いパンツ、真っ白で官能的な太ももに目が行ってしまう。

 上は白いTシャツ一枚、胸の膨らみがばっちりと目視できる。

 意外と大きいな……いやいや、今はそんなことを思うのはやめとこう。

 寒くはないのかなと、ちょっと余計な心配までしてしまう。


「俺、風呂に入ろうと思ったんだけどな」


「いいよ、それで。その間にご飯を作るから」


「へ? ご飯?」


「うん。たまには栄養のあるものを食べないと。色々と買って来たんだよ」


 いつも食べてるコンビニ飯が栄養が無いとは思わないんだけどな。

 こうやって、無事に生きられているのだし。

 けど、手料理……? その言葉には惹かれてしまう。

 ずっと一人でいたので、誰かに料理を作ってもらうなんて、高校の時に母さんにしてもらって以来だ。


「そっか、悪いな。けどさ、どうして俺の部屋で作るんだ? 隣同士なんだから、そっちで作ってもよくない?」


「こっちの方が、温かいのを直ぐに食べられるでしょ? あ、お米炊かせてもらうわね」


 こいつ、この何日かで、こっちのキッチン事情をすっかり熟知したみたいだ。


「分かった。じゃあ俺はひと風呂浴びるから、キッチンは好きに使ってもらっていいよ」


「かしこまり!」


 麗奈から見えない場所で全裸になってから、バスルームで蛇口を捻る。

 熱いお湯を浴びていると、今日一日の疲れが洗い流されていくように感じる。


 でも、こっから先ってどうなんだろうな?

 同じ職場の新入社員の女の子が今この部屋にいて、キッチンでなにかをしている。

 今日だけじゃない、もう何日かはここへ来て、酒を酌み交わしている。

 たまたま隣の部屋同士になったから、高校時代からの知り合いだから。

 それは確かだけれど、知らない人が見るとどう思うことか?

 それに、だからといって、部屋に女性を上げる理由には、ならないんじゃないかな……


 普通のご近所づきあいがどんなものかなんて知らないけど、なんか知られるとまずそうだと、俺の中のセンサーが反応するんだ。

 だからやっぱり、これは秘密にしておくしかない。


 ばしゃんと顔にお湯をぶつけて、腰を上げた。


 さっぱりして着替えを終えてリビングに戻ると、すぐ横のキッチンに立つ、麗奈の後姿があった。

 目をやって、思わずドキンとしてしまう。

 すっと伸びて長くて白い脚、さらさらの後ろ髪。

 鼻歌を歌いながら、包丁を握ってお鍋やフライパンと向き合って、手を動かしている。

 こんなの、今まで経験したことがなくて。

 本当の彼女ができたりしたら、こんなのがあったりするのかな……なんて?


「あ、出たのね? もうちょっとかかるから、適当にやってて」


「ああ、すまないな……」


 言われるがまま、冷蔵庫から缶を取り出して、栓を開ける。

 くっと喉に流すと、冷たい流れが体の中の熱を持ち去ってくれる。


「……なんだよ?」


 麗奈の視線がじっと俺を捉えているので。


「ううん。美味しそうに飲むなあって思って」


「うん、美味いよ。特に仕事の後はな」


「じ―― ……」


「なんだよ?」


「私にも一口。今手が離せないからさ」


 ……はあ? お前、なに言って……?


「あの、じゃあ、新しいのを一本……」


「大丈夫、それでいいから。あ~ん」


 唇を半分開けて、顔をこっちに差し出してくる。

 手が止まってるぞ? 別で一本を握って、口にすることはできるだろうと思うけど。


「本当にこれでいいのか、お前?」


「だからあ、お前って呼び方、寂しいな」


 そう言えば、会社でそんな会話をしたっけな。

 まあ、呼ぶだけなら、別にいいか……


「……れ、麗奈……」


 遠くなった学生時代から、心の中では何度も呼んでいた名前。

 でも言葉にしたのは初めてだ。


「うん、兼成君。飲ませて」


 半分目を閉じて、うっとりとした表情で、甘く囁いてくる。

 だめだこれ、高校の時に好きだった彼女よりも、数段レベルが上だ。

 魅惑チャームの魔法にかかったように胸が躍って、全身がかっかと火照る。


「……ほらよ……」


「……うん、美味しい」


 俺が飲んだばかりの缶に口を付けると、麗奈はコクンと喉を鳴らしてと、嬉しそうにほほ笑んだ。


「ちょっと待っててね。今つみれ汁と、照り焼きチキンを作ってるから」


「ああ、すまん」


 リビングに座ってもなんだか落ちつかなくて、ちらちらと、麗奈の後姿に視線を向けたんだ。



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(作者よりご挨拶と御礼です)


ここまでお読み頂きまして、ありがとうございます。

兼成君とそれを取り巻くハイスペックな美女たちのお話、いかがでしょうか?

もしよろしければ、引き続きご愛顧を頂ければ、大変ありがたく存じます。

フォロー、★ご評価、ハート応援等を頂いた方々、重ねて御礼を申し上げます。

大変心強く存じます。

 今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。

(カクヨムコン10中間選考突破に向けて、鋭意尽力中でございます。今後とも精進して参りますので、引き続きどうぞ、よろしくお願い申し上げます)


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