第10話 意外な接点
麗奈の美しい歌声の余韻が覚めないままに、酔っぱらいから声が飛ぶ。
「よおおし、次は幹事、歌えよお!」
誰だよ余計なことを叫ぶのは?
歌なんて、前に歌ったのがいつかも覚えてないんだけどな。
でも、これも幹事の務めなのかなあ。
仕方ないかと諦めて、タブレットで曲を物色する。
新しい曲なんか歌えないから、とりあえず……
曲が流れ出すと、みんなきょとんとしてから、また雑談に戻る。
学生の時に見ていた深夜アニメの主題歌なんだ。
結構人気があったはずなんだけど、ここでは誰も知らないんだろうな。
マイクに向かって思いっきり声をぶつけて、歌い終わるとパチパチと、まばらな拍手が舞って床に落ちた。
まあ、これでノルマは果たしたから、あとは勝手にやってもらえればいいさ。
留飲を下げながらグラスに手をやると、横から伸びてきた白い手とぶつかった。
「あっ、ごめんなさい。お酒注ごうかと思って」
「いや、大丈夫、ありがとう」
すぐ隣に座る金髪の彼女は申し訳なさそうに頭を下げて、俺のグラスに琥珀色の液体を継ぎ足して、氷を入れた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
うん、美味い。
一曲歌って熱くなった喉が、冷たいアルコールに冷やされていく。
「お兄さん、今の曲って、アニメの主題歌よね?」
「うん。え、知ってるのかい!?」
「ええ。『パーティをクビになった見習い魔術師、クズスキルばかり100個ほど覚えたらいつのまにか最強になっていました』よね? 私大好きで全部見たし、家にDVDもあるから」
「おお、それはすごいね。俺も好きで全部見て、まだ録画したのが残ってるよ」
「そうなんですか!? ちなにみ、好きなキャラとかいます?」
「そうだなあ……可愛い子がたくさんいて、主人公が羨ましかったけど。確か、金色の髪のエルフがいたよね? あの子が一番良かったかな」
あれ? 何しゃべってんだ俺?
こんな、オタク同士でしかしない話を、こんな所でするなんて。
ちょっと飲み過ぎてしまったかな。
キモがられたに違いないと思って恐縮して口を閉じると、彼女はなぜか、笑顔を弾けさせた。
「わあ感激! そうだお兄さん、これ見てもらえます!?」
彼女は胸元からスマホを取り出して、画面をこっちに見せた。
そこには金髪の少女が、白地に金色の装飾が施された衣装をまとって、腰から剣を下げて立っていた。
短いスカートの下では白い美脚がこれでもかと自己主張をしていて、蠱惑的な表情で甘い視線を送ってきている。
どうやらSNSに投稿された写真のようだけど。
「あれ? これってもしかして、アニメの……」
「そう、『レオーナ・クレイン』、エルフの王女様よ」
「これって……君、かな?」
「そう。趣味でたまに、コスプレをやってるんだ。それは仲間の子が撮って送ってくれた写真なの」
タイトルが長いので『くず100』と略される件のアニメは異世界ファンタジー兼ラブコメ物で、エルフの女王がヒロインとして登場するんだけど。
滅茶苦茶よく似ている。
ちょっとエッチなところがあって、物語の中でもこの写真のようなシーンはたくさん登場して、主人公と仲良くなろうとするんだ。
「いいじゃん、滅茶苦茶似てるし、すごく綺麗だ!! うお、十万人もフォロワーがいるじゃないか!!??」
つい興奮してして、大き目の声を出してしまった。
「見てくれる人がいるって嬉しいよね。でもそれはあんまり関係なくて、好きでやってるからさ。ついでに髪の色も同じにしちゃったし」
「へええ、本当に好きなんだな」
「うん。勉強で頭がうわあってなった時とか、DVD見たりコスしたりして、発散してるのよ」
「そっか。よく似合ってていいと思うよ」
可愛らしい笑顔、自分の好きなことをしゃべっているからか、照明が控えめな店の中でキラキラと輝いて見える。
「ありがとう。でも周りにはこの話ができる人、あまりいなくてさ。久しぶりにお兄さんに話せて、なんか嬉しい」
「俺だってそうだよ。いつぶりだろうな、こんな話するの」
何もなかったけど平和だった大学時代も思い出しながら、金髪の彼女との話に華が咲く。
やがて彼女は席を立って、別の場所へと移動していった。
ひと時だけでも、楽しい話ができてよかった。
一通りカラオケの順番が回ったあたりで、麗奈が座るシートの周りがざわついた。
「おおい月乃下さん、大丈夫かあ!?」
「えへへ、大丈夫れし。もうじき土方様が迎えに来てくれて……夢の続きをともに見ようぞって……」
あらあ……キャパオーバーかな、なんか変なこと言ってるし。
今日は散々飲まされていたからなあ、特に総務課は村正さんを筆頭にみんなくせ者で、容赦がない。
麗奈の上半身がゆらゆらと海藻のように揺れていて、今にも寝落ちしそうだ。
「奈良崎さん、月乃下さんがあんな感じだし、そろそろお開きにしませんか?」
ここにいる中で一番偉い奈良崎さんにそう伝えると、彼はすぐに首肯した。
「そうだな。あの様子だと、一人で帰るのは難しいな。長船君、彼女のことを頼めるか?」
それはまあ、これも幹事の務めでもあるのかな。
実は住んでいる部屋も隣なんだし、送って行くのはそう難しくない。
「はい、分りました」
「奈良崎さん、よかったら私も付いて行きますわ。女性が一緒の方が、彼女も安心かもしれませんし」
沙里亜さんがそっと近寄ってきて、そんな提案をする。
「そうだな、じゃあ悪いがそうしてくれるか、二人とも?」
沙里亜さん、もしかして、俺がこいつをお持ちかえりでもするかもって思ってないかな?
でも……仕方がないか、彼女にそう思われてしまうのは。
実は、わけがあって。
「「はい」」
二次会の場は奈良崎さんが支払いを済ませてくれて、これでさようならということになった。
信子ママにタクシーを呼んでもらったのでお礼をしていると、カウンターの奥から、金髪の彼女がすすっと近寄よって来て、
「あの、お兄さん!」
「ああ、今日はありがとうね。楽しかったよ」
「ううん、私の方こそ。これ私の名刺」
彼女が両手で差し出した紙片には、このお店の名前の下に、『
「ありがとう、朱宮さん。またね」
「また来てね、お兄さん!」
笑顔が可愛いらしい朱宮さんとは、そこでさよならをした。
店の前にタクシーが到着すると、なぜかそこでみんなで万歳三唱をやってから、本当の解散に。
俺は助手席に座って、後ろの席には麗奈と沙里亜さんが腰を降ろした。
「えっと、彼女の家はどこかしら?」
「大丈夫、俺知っていますから」
二人が住むマンションの住所を告げると、運転手さんは静かにアクセルを踏んだ。
外のネオンが、ゆっくりと後ろに流れはじめる。
麗奈は沙里亜さんにもたれかかるようにして、すやすやと寝息を立てている。
それにしても、沙里亜さんはやっぱり強いな。
俺は幹事という立場上、かなりセーブしていたけれど、彼女は麗奈に負けないくらいには飲んでいたはず。
なんだけど、顔色ひとつ変えずに、しゃんとしているんだ。
◇◇◇
(朱宮真理の視点)
お兄さんたちが乗るタクシーを遠くから見送りながら、私と信子ママは、ほっと一息をついていた。
「お疲れ様、真理ちゃん。でも今日は楽しそうだったわね」
「え? そうですか、ママ?」
「ええ。それに、あなたが自分から名刺を渡すなんて、初めてね。もしかしてあの人のこと、いいなって思ったの?」
「えっ!? そんな、なにをいうの、ママ!」
言い返しながら、顔が熱くなっていくのを感じる私。
「いいのよ、人を好きになるのって、素敵なことだわ。たとえそれが一夜の恋でも、永遠を誓う愛であってもね」
「マ、ママ……!?」
「こういうお仕事をしてるとね、そんなこともたまにあるのよ。それもあって楽しくてやってるんだけどね。あはは……」
からからと笑う信子ママに、私はそれ以上、言葉を返せない。
でも、少しだけど、話してて楽しかったな。
また会えたらいいな。
まだ名前も知らないお兄さん。
そんなことを心の中で呟きながら、まだ何人かのお客さんがいるお店の中に戻ったんだ。
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