第9話 彼女もハイスペック

「あ、確かそんな話を、彼女から聞いたんですよ」


 悪戯な目を向けてくる沙里亜さんに、嘘の言い訳をした。

 いかんいかん、余計なことをちょっとでも言うと、この人はそれ以上のことを理解してしまうんだ。


「そっかあ。でも良かったわね、あんなに可愛い後輩ができて。しかもお世話係だなんて。これから仲良くなれるんじゃない?」


 赤い唇を尖らせながら、うそぶく沙里亜さん。

 なんだか、ちょっとすねているっぽいけど、気のせいだろうかな?

 でも彼女はたまに、こんな子供っぽくて人懐っこいところがあるんだ。


 日本酒二合とお猪口が二つやってきて、沙里亜さんと二人でもう一度乾杯をした。


「ずるいぞ長船、お前だけ梅澤さんとしゃべって。俺たちも入れろよ!」


「ええ、お好きにどうぞ」


 宴もたけなわを迎えたころになると、みんな席を立って、適当に移動をしはじめる。

 先輩社員たちが沙里亜さんをお目当てに、乱入してきたんだ。

 たちまち彼女の周りにも、人の壁ができた。


 主賓の麗奈はといえば、自分のグラスを持ってあちこちに移動して、色んな場所で歓迎を受けている。


 今は菊一の隣か。

 楽しそうに話してるな。

 菊一はスマートだけれどユーモアもあって、女性の扱いは上手なんだ。

 今日初めて会ってあの打ち解けた空気、流石だよなと思う。


「おおい幹事い、酒がねえぞおおおお!!!」


「ああ、はい、ただいま!」


 村正さんに呼ばれて御用伺いに。

 この人は豪快な巨体に似合わず、そんなに酒は強くない。

 顔を真っ赤に染めて、周りにくどくどと、くだをまいている。

 知らない人が遠くから見ると、やくざ者が町のかたぎに絡んでいると勘違いしてしまうんじゃないだろうか。


「おい幹事い、二次会はどこにいくんだよお?」


 あなた酔ってふらふらなのに、もうそんな心配をされるのか。

 充血した目が座っていて、本当にちょっと怖いんですけど。


「えと、月乃下さんの都合を聞いてから決めますね」


 そう適当に答えて、追加の酒をお注文して、そっと麗奈の後ろで膝をついた。


「お、王子様のご登場か!?」


 お前に用があるんじゃないんだよ、菊一。

 奴のことは無視して、麗奈の方に話しかける。


「あのさ、この後どうする? 二次会はどうだって話もあるんだけど?」


「はい、ぜんっぜん大丈夫です! 地球の果てまで行っちゃいましょう!!」


 ロケットも転移魔法もないのに、そんなとこには行けないよ。

 さて、どうしたものかなあ。


「おおい、長船君!」


 今度は奈良崎さんに呼ばれた。


「今日はこの後、なにか決めてあるのかい?」


「いえ。でも、どこかで二次会でもどうかなって思います」


「そうか。良かったら、俺の行きつけのカラオケバーなんかどうだ? この人数だと、ぎりぎり入れると思うんだけど」


「あ、はい。ありがとうございます!」


 さすがは人事担当取締役、この場の雰囲気を察して、さっと気を利かせて頂けたようで。

 お店選びの難問が、あっさりと解決した。


 いい感じに盛り上がった歓迎会も、やがて終盤になった。


「それでは最後に、村正さんから締めの挨拶をお願いします!」


「はああい、それではみなさん、本日は忙しい中あ……」


 組長による最後の挨拶の後に一本締めがあって、一次会はお開きに。

 女性のメンバー数人が帰っていったけれど、奈良崎さんを先頭に半分以上が二次会へと向かう。

 もちろん麗奈はその真ん中にいて、それに沙里亜さんも一緒だ。


 奈良崎さんが連れて行ってくれたのは、駅の近くにある小じゃれた店だった。

 落ち着いた色の壁にオーク調のドアが埋まっていて、『BLESSING』と書かれた電光の看板が掲げられている。

 店内はほんのりと明かりが灯っていて、綺麗な花が活けてある。

 高級そうなソファに加えて、オーセンティックのバーカウンターがしつらえてある。


「いらっしゃい、奈良崎さん。来てくれて嬉しいわ」


「やあ信子ママ。久しぶりだね」


 このお店のママなのだろうな、上品な赤いドレスに身を包んだ年配の女性が、にこやかに出迎えてくれた。

 適当にソファに座ると、俺たちの間に、このお店の女の子たちも座ってくれた。

 かいがいしく、お酒の準備をしてくれている。

 俺の隣には、金色の長い髪の女の子が座った。


「お兄さん、何を飲まれます?」


「ああ、ありがとう。ウィスキーのロックで」


「はい」


 その子は他の何人かのオーダーも聞いてから、カウンターの中へと消えていった。


「よし、誰からいくんだ?」


 普段よりも陽気になっている奈良崎さんが、声を上げた。

 この流れは多分、カラオケのことなんだろう。

 目の前のテーブルの上には、マイクや選曲用のタブレットが置いてある。


「じゃあ、月乃下さんの歌が聞きたいなあ!」

「うん。聞きたい聞きたい!」

「よし、行っちゃええ~!!」


「ええっ、私ですかあ? 分かりました。じゃあどうしょうかな……」


 男子社員に囲まれながら。麗奈はタブレットを操作する。

 やがて、どこかで聞いたことがあるアップテンポな曲が流れてきて、彼女はマイクをにぎった。


 うわっ、滅茶苦茶上手いじゃないか。

 結構難しい曲だと思うけど、高音もタメもビブラートも、完璧にこなしている。

 お店の中全体が華に包まれたように盛り上がって、声援と拍手が飛び交う。


「うあっ、95点!? すごすぎるわあ」

「うおお、いいぞおおお!!!」


「ども、お粗末でしたあ!」


 大喝采に笑顔で応えて、色からして明らかに濃いめの酒が入ったグラスを呷る麗奈。

 大丈夫かなあ、ここまで飲んでるのは、まだ見たことがないんだけど。

 お世話係の立場として、一応心配はしてみる。


 麗奈の歌が終る頃には、金髪の彼女がまた隣に座ってくれていて、琥珀色の液体に氷が浮かぶグラスを置いてくれていた。


「じゃあ、乾杯しませんか?」


「ああ、乾杯」


 お互いのグラスをカツンと当て合って、甘くてちょっと刺激がある冷えた液体を喉に通す。

 彼女も同じふうにグラスを口に付けてから、ふぉっと頬を緩めた。


 よく見ると可愛い子だ。

 ちょっと年下かな、でも整った顔に綺麗なお化粧が乗っていて、青いカラコンが入っているっぽい瞳が、静かな光を帯びている

 デニムの短パンからはみ出した素足は、暗がりの中でも真っ白な光沢を放っているようで。

 脚フェチの自覚がない俺でも、チラ見してしまうほどに官能的だ。


「お兄さんは、幹事さん?」


「うん。君は学生さんかい?」


「そうだよ。大学の二年生。学費を稼ぐために、ここでバイトをしているの」


「そっか。なんの勉強を?」


「お医者さんになりたいの。帝都大の理三に通ってるんだ」


 ―― 何いいいいい!!??

 帝都大の理三って……この国の医学部の一番上じゃないか、大学の偏差値で見ればだけど!!!


 静かにお酒を造り続ける彼女の横で、俺は言葉を失って固まった。




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