第7話 二人の美女
その人影は両手でトレイを抱えて、周りを見回している。
俺たちが座っているテーブルに目をやると、口元を緩めながら、歩みをこちらに向けた。
そして、俺の隣の空の椅子の前で立ち止まった。
「ごめんなさい。ここいい?」
「もちろん、どうぞ」
その女性は椅子に腰を下ろすと、白いミニスカートから覗く細くて長い脚を組んだ。
上には紺色のジャケットを羽織って、その間から見える白いシャツの胸もとが、豪快に盛り上がっている。
腰まで届く黒髪は軽くウェーブしていて、耳の下では赤いピアスが揺れている。
そして、どうしたって人目を惹いてしまう美貌。
麗奈に負けないほどに綺麗な瞳に、つんと尖った鼻筋、そして艶やかなルージュをまとった唇が、白い素肌の上で完璧なバランスで配置されている。
「こちらの方は?」
「ああ、入社してうちの課に配属になった、月乃下さんですよ」
「そう。こんにちは、初めまして月乃下さん。
涼しげな視線と一緒に言葉を向けられて、麗奈がぴんと背すじを伸ばす。
「あ、初めまして。
麗奈は明るい声で挨拶を返して、ペコンと頭を下げた。
セミロングの綺麗な髪の毛が、テーブルに向かって垂れる。
沙里亜さんはお箸を拾い上げると、赤いスープの中に漬かった麺を摘まみ上げた。
辛味噌ラーメン、この人の好物だ。
「新人さんが入ったんだ、しかもこんなに綺麗な女の子が。それで早速仲良くなったの? 長船君」
「そんなんじゃないですよ。俺、彼女の世話係なんです。ついでに言うと、今日の歓迎会の幹事もですけど」
「あら、そういえばそうだったわね」
「あの、綺麗だなんて、とんでもないです。梅澤さんの方がよっぽどお綺麗です!」
麗奈が手のひらをぶんぶん振って、否定をアピールする。
それにしても、さっきから周りの視線が熱いな。
沙里亜さんと一緒にいるといつもこうだけど、今日は普段よりも増し増しで。
知らない顔、しかも沙里亜さんにも負けないくらいの顔立ちとスタイル、そんな麗奈もいるからだろう。
「おい、誰だろあれ? 見ない顔だな?」
「外の業者かな? それか、うちの社員かな?」
「いいなあ。俺もあの席に座りてえなあ」
そんなに耳はいい方じゃないけど、いつも以上にひそひそ話が耳孔に流れてくる。
よかったら代わってあげるよ。
お世話係と一緒に、引き受けてくれるのならな、と言いたいところではあるけれど。
「あら、ありがとう。そっかあ、長船君がお世話係か。なんだか感慨深いなあ」
「え、なんでですか?」
「二年くらい前に別の人に連れられて、初めて法務の方に来たじゃない。あの時を思い出すわ」
「そんなこともありましたね。よく覚えておいでで」
「気が弱そうで、びくびくと周りを気にしていて。見てて可笑しかったからね。それ比べたら、月乃下さんはずっと落ち着いているわ」
そんな……こんなとこで、後輩の信用を失うような発言は、やめて頂きたい。
確かに入社したての頃の俺は、もっと気弱で、頼りなかったとは思うけど。
「そんなことないです。私だって緊張してて、ずっと落ち着かなくて。長船さんが一緒にいてくれるから、なんとかなってますけど」
「あら、先輩思いのいい後輩さんじゃない、長船君」
「梅澤さん、早く食べないと、ラーメンが伸びますよ」
軽く即すと、そうだったとばかりに、沙里亜さんは玉子色の麺を啜った。
「あの、さっき法務って言ってましたか?」
「ええ、私は法務部の人間よ」
「そうですか。会社って、色んな部署の人と一緒に、お仕事をするんですね」
「まあ、そうね。法務では契約とか特許関係とか、それにコンプライアンスの件とか、色々とあるわね。人事や総務とも、よく一緒にお仕事をするわよね?」
「ですね。俺の最初の仕事は、梅澤さんと一緒でしたしね」
「へえ、すごいなあ。なんか法務って、格好いいです」
麗奈が感嘆符を漏らしながら、熱い視線を沙里亜さんに送る。
なんだか子供が、恰好いいお母さんを見上げているみたいだ。
「梅澤さんは俺の二つ上の先輩、だから入社でいうと、月乃下さんよりも四つ上になるのかな。司法書士と行政書士の資格も持ってるすごい人だよ」
「ええ!? それってめちゃくちゃすごいじゃないですか!!」
麗奈の瞳孔がますます大きくなって、沙里亜さんの姿を映す。
沙里亜さんが持っている資格は、どちらも合格するのがとても難しい法務業務についてのもので、個人で独立することも可能なものだ。
ついでに言えば沙里亜さんは、国際的な契約や紛争解決の仕事もバリバリとやっていて、語学や海外の法律とかにも精通している。
なにかあったらまず彼女に相談を、そんなフレーズがしばしば聞けるほどに、社内では有名人物だ。
会社の役員の覚えもめでたくて、よく海外出張にも同行させられている。
「そんなことはないわ。私よりもすごい人なんて、たくさんいるから。だとすると月乃下さんは、長船君よりも二つ下になるのかな?」
「入社でいうとそうです。でも年は同じなんですよ。私は大学を卒業するのに、六年かかりましたから」
「あら、そうなの? なにかやってたの?」
「はい。アメリカの方に留学していたんです。一年だけで帰ってくる予定だったんですけど、楽しくてつい長居しちゃって」
……なに? それは初耳だな。
留学していたとは聞いたけれど、アメリカだったのか。
しかも長居って、どういうことだ?
「へえ。ちなみに、どこの大学?」
「ハーベスト大学の経済学部です。MBAの真似事なんかしてみたいなとか思って」
げえ……アメリカの名門中の名門じゃないか。
最近の国際ランキングでは確かトップの方で、日本の最高学府の上を行くって噂の……
「あら、すごいじゃない。どうせなら、MBAが取れるまで、居ようと思わなかったの?」
「はい。別に資格が欲しかったわけでもないですから。気分が味わえてよかったです。それよりも、アメリカやカナダなんかをぐるっと見て回って、それが楽しくて」
「えっ!? それってヒッチハイクってこと?」
「そうですね、たまにはそんなこともありました。バイトしてお金を貯めて、バスや電車が多かったですけど」
「いいわね、アメリカ。私はヨーロッパやアジアしか行ったことがないけど。サッカーが好きで、イタリアやイングランドに観に行ったりしてたわ」
「いいですね! 私もスポーツを観るのは好きで、メジャーリーグやNBAなんかを観てました。チケットを取るのが大変だったですけど、友達のコネなんかも使いましてね」
なんだよ、このハイスペックな美女同士の会話は?
俺、全くついていけてないんですけど。
そもそも俺、日本以外の国になんか、行ったことがないし。
「あなたと話すと楽しいわ、月乃下さん。今日の歓迎会も楽しみね。ゆっくりお話がしたいわ」
「……え、歓迎会? 梅澤さんも来て頂けるんですか?」
「ええ。私は人事でも総務でもないけど、ゲストみたいな感じでね」
「うちの部署と法務って、一緒に仕事をすることが多いんだよ。その中でも、特に梅澤さんとはね。だからうちの飲み会とかには、よく来てもらっているんだ」
そんな説明をすると、麗奈はぱあっと表情を明るくした。
「そうなんですね。ありがとうございます、楽しみです!」
眩しい笑顔を交換し合うスーパー美女二人の横で、何故だか俺だけ、背中が寒かった。
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(作者よりご挨拶です)
みなさま、貴重なお時間をお使い頂き、本作をここまでお読み頂いて、誠にありがとうございます。
本来ですとお一人お一人に御礼を申し上げたいのですが、それがかなわずに申し訳ございません。
本作はいかがでしょうか?
お気軽にご感想等も頂ければ幸いです。
(また、少しでも気になって頂けましたら、フォロー、ご評価等もご検討頂ければ、大変嬉しく存じます)
引き続きご愛顧を賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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