第6話 麗しの新入社員

 桜が散り際になろうかとしている4月、今職場では朝礼が行われている。


「じゃあ、我々の新しい仲間を紹介しよう」


 人事総務部の部長で、人事担当取締役でもある奈良崎さんに、30名ほどのメンバーが注目する。


 とうとうこの時が来てしまったか……と、俺はこっそりとため息を吐く。


 奈良崎さんの横に、黒のスカートスーツに身を包んだ女性が立つと、職場全体がどよめいた。

 間違いない、男性社員は全員、いやおうなく視線をくぎ付けにされていることだろう。

 綺麗に整った顔に、メリハリがくっきりしているボディ、赤いヒールを履いた脚はすっと伸びて引き締まっている。

 そして、緊張はしているっぽいけれど、せいいっぱいの輝く笑顔。


 再会してからは毎日のように、酒を片手に俺の部屋を訪ねてきたけれど、トレーナーやスウェットといったラフな恰好が多かった。

 こうして正装をして綺麗にお化粧をすると、次元が違うほどに華やいでみえる。


月乃下麗奈つきのしたれなさんだ。総務課の方に配属になる。月乃下さん、自己紹介をお願いできるかな?」


 白髪の紳士である奈良崎さんはいつものように、優しい笑顔で麗奈に話しかける。


「はい」


 麗奈、やっぱり緊張しているっぽいな。

 まあ、俺を除いて全員が初対面なのだから、仕方なしか。


「初めまして、月乃下麗奈です。縁あってこの職場でお世話になることになりました。生まれも育ちも東京で……」


 最初はちょっと固かったけど、話しているうちに笑顔が柔らかくなっていって、周りを照らしていく。

 みんなじっと、彼女に見入っている。


「……不慣れなことも多くてご迷惑をお掛けすることになると思いますが、一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」


『パチパチパチパチ!!!』


 短い自己紹介を終えて頭を深く下げると、温かい拍手に包まれた。


「ありがとう、月乃下さん。それでは、新年度も始まって……」


 奈良崎さんの訓示が終ってから、今度は人事課と総務課、二つの課ごとに集まっての時間になる。


「ということで、新しく総務課に来てくれることになった月乃下さんだ。みんな可愛がってやってくれ」


「「「はい!」」」


 村正さんの紹介に、男性社員一堂が、気持ちがいいほどの返事を返す。

 比較的年が若い先輩なんかは、眼球にハートが浮かんでいるようだ。


「月乃下さんの世話係は、長船君にやってもらうから。長船君、頼んだよ」


「は~い」


 はいはい、承っておりますよと、なげやりな返事をする。


「ええっ!?」


「ん? 月乃下さん、どうかしたか?」


「ええ? いえ、ななな、なんでもありません……」


 突然で驚いたのか、麗奈の顔に困惑の文字が広がる。

 一緒の会社、一緒の職場になるんだろうなといった話はしていた。

 けど、俺が彼女の世話係になっていることは、今日まで内緒にしていたんだ。

 話すと色々とウザ絡みされそうで、面倒くさかったから。


「月乃下さんの席は長船君の隣だから。まあ気楽に、だんだんと慣れて行ってくれ」


 普段は強面の村正警部が、まるで生まれたての赤ちゃんでもあやすかのように、甘い笑顔を麗奈に落とす。


「はい、ありがとうございます!」


「他になにか、連絡事項はあるか?」


「はい!」


 俺はさっと片手を挙げながら、声も挙げた。


「おう、なんだ、長船君?」


「えっとですね、今日は月乃下さんの歓迎会があります。場所はもう連絡しているとは思いますが、都合の付く方は6時に一階ロビーに集まって下さい。そこから会場に行こうかと思いますので。人事課の方にも、同じ連絡をしておきます」


 今日の夜は麗奈の歓迎会が予定されていて、奈良崎さんの他にも人事総務部の全員が参加予定だ。

 ちなみに俺はお世話係として、幹事を仰せつかっている。

 麗奈本人には事前に、人事から連絡が入っているはずなんだ。


 朝礼が終って席に戻ると、その隣に麗奈がちょこんと座る。


「えっと、必要な備品は向こうの棚にあるから、自由に使って。準備ができたらITの方に行って、君のパソコンを取りに行くから」


「はい、よろしくお願いします、長船先輩!」


 なんだよ、気味が悪いほどの甘々な笑顔だなあ。

 なにか色々と言いたそうだけど、とりあえずここではやめてくれ。

 きゅっと肩をすぼめて椅子に座ってるとことかは、新人らしい初初しさがあるけれど。


 麗奈が落ち着いてからIT部門にノートパソコンを取りに行って、その使い方を教える。

 最低限のセッティングはされているはずなので、社内WIFIに繋がって、そのまま使えるのだろうけど。


「これがメールで……こっちが社内イントラですね。チャットも使えるんですね」


 こっちが説明しなくても、サクサクと使いこなしていく。

 呑み込みの早さが、全然新人っぽくないんだけど。


 会社の仕組みだとか、この課での仕事の仕方とかも説明していると、あっという間にお昼の時間になった。


「飯、行くか?」


「はい、ご一緒させて下さい!」


 本当に輝くような笑顔だな。

 もう既に、新人らしくないほどの落ち着きもある。


 下のフロアにある社食でいいよなと話して、二人でそこへと向かう。


「ね~え、兼成君」


「……社内では、その呼び方は止めろって言ったろ?」


「大丈夫、周りに人はいないし。兼成君が私のお世話係だなんて、嬉しいなあ」


「言ってろ。別に、そんな大層なもんじゃない」


「ねえ、なんで黙ってたの?」


「……会社のことを、軽々しく外では話せないだろ」


「ふ~ん、そんなものかあ……」


 本当は、色んな意味で面倒くさかっただけなんだけど、一応麗奈は納得してくれたみたいだ。


 この会社の社食は高層ビルの中にあって、広いカフェテリアで、床や壁が白色で統一されている。

 窓際の席からは、眼下に広がる建物や、遠く春霞の中に浮かぶ摩天楼なんかが見渡せるんだ。


「メニューたくさんあるね。なにかオススメは?」


 麗奈の言う通り、ここのメニューは豊富だと思う。

 軽い軽食から、サーロインステーキや海鮮丼まで常備されている。

 福利厚生の一環として、昔から会社が力を入れているからなのだけど。


「どれも美味いぞ。俺は唐揚げやトンカツなんかが好きだけどな」


「そか。じゃあA定食にしようかな」


 麗奈は鳥の唐揚げとコロッケが乗った定食、俺はトンテキの定食をチョイス。

 人人人でごった返す中でなんとか席を見つけて、向かい合って座った。


 さあ食おうかなと思って箸を手に取ると、ここに向かってくる人影があった。




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