第4話 月乃下麗奈は想う

 (本エピソードは、月乃下麗奈の目線です)


 高校三年生になってから、気になる男の子ができたんだ。

 それは同じクラスの、長船兼成おさふねかねなり君。

 

 決して目立つ方じゃない。

 ううん、どちらかというと、地味で大人しい感じの子だった。


 成績は優秀で、テストの後はいつも掲示板に名前が載っていた。

 私も名前はあったけど、彼はいつも私よりも上にいたんだ。


 ある日、放課後に忘れ物を取りに教室に戻ると、彼が一人で掃除をしていた。

 掃除当番なら、何人かでやるはずなのだけど。


「ねえ、なんで一人でやっているの?」


「みんな部活や用事で忙しいみたいだからさ」


 気になって訊いてみると、照れたように笑いながら、さらっと言葉が返ってきた。

 申し訳ないなと思いながらも、私も友達との約束があったから、そこに彼を一人残して、そのまま教室を出た。


 通学の電車の中で、たまたま彼を見かけたことがあったんだ。

 彼は椅子に座っていて、他の席も全部埋まっていた。

 途中の駅に停まった時に、お腹の大きい女の人が、よたよたと電車に乗ってきた。

 彼はすぐに席を立って、その人に席を譲っていた。

 その女の人は嬉しそうに頭を下げて、そこに腰を下ろした。


 体育祭が終って、クラスの担当は片付けの仕事が残っていた。

 クラス別対抗リレーでは、うちのクラスは優勝できた。

 私もメンバーに選ばれて走ったので、友達と一緒に浮かれて大盛り上がりだった。

 私は友達と一緒に打ち上げに参加することになって、わいわいと校庭の傍の道を歩いた。

 ふと校庭の方に目をやると、ほとんど人がいなくなった中で、彼が重そうな飾り付けを運んでいた。

 他の片付けの担当の姿がない中で、彼だけが先生たちと一緒にいた。


 部活で早めに学校に行くと、時々彼がいた。

 中庭にある花壇に、水やりをしていたんだ。

 それって美化委員の仕事のはずなのに、なんで彼がやっているのかなって、不思議だった。

 でも彼はなんだか楽しそうに、小さな花に目を落として、何かを語りかけていた。


 頭が良くて、真面目で優しい子なんだな、そんな風に思いながら、だんだんと彼を目で追うようになったんだ。

 話したいなとも思ったよ。

 でも、きっかけがなくて。

 いきなり話しかけるのも恥ずかしい。

 だから、ずっと遠くから、彼を見ているだけだった。

 たまに目が合ったりしたけれど、彼は直ぐに目を逸らせてしまって。

 そんなことがあるたびに、私のことはあんまり気にしてくれてないのかなって、寂しい気持ちがした。


 仲良くなりたいなって思っていたけれど、そんなこともないままで、高校生活最後の時間が終ろうとしていた。


「王様ゲームをやろうぜ」


 いつも一緒の友達とカラオケに行った時に、そんな声が上がった。


「順番に歌って、点数が一番上の奴は、一番下のやつに命令ができるってのはどうだ?」

「うん、いいんじゃない、面白そう」

「おう、やってみようぜ!」


 私は嫌だったけど、他のみんなはノリノリで。

 だからそれ以上は何も言えなかった。


 その日は風邪気味で喉が痛くて、結果は私が最下位だった。


「まさか麗奈が一番下とはなあ。どうしようかな……そうだ、クラスのだれかに告れよ」


 王様になった男の子が、そんなことを言い出したんだ。


「えっ、ちょっと待ってよ!? そんなの、だれに言えばいいのよ? できないわ、私!」


「だれでもいいんだよ、高校生活最後のお祭り、ジョークだよ!」


「面白いかもね、麗奈。貴方いっぱい告られてるのにさ、未だに彼氏いないでしょ? だれか気になってるやつとかいないの?」


「もしだれもいなかったらさ、俺に告ってくれてもいいよ?」


「お前、どさくさにまぎれて、逆に告ってんじゃねえよ!」


「「ぎゃははは!」」


 私の知らないところで、みんなが勝手に盛り上がる。

 ……そんな……嘘の告白なんてできないよ。

 相手の人に失礼じゃない。

 でも……


「分かった。じゃあ私、本気で告白するから、静かに見守っててくれる?」


 心の柔らかいところを口にすると、みんなきょとんとして、しんとなった。


「え……麗奈が本気で告りたい相手って、だれだよ?」


「…………お、おさふね、くん…………」


 それからしばらく沈黙タイムがあってから、カラオケルームが爆笑に包まれた。


「はっはあ! それまじでうけるわ! さすが麗奈だせ!!」


「あの陰気男子ね。麗奈から告られたってなったら、一生ものの思い出じゃない!?」


「長船か、ぜんっぜん意表をつかれたぜ! 面白いじゃねえか、やってみろよ!」


 みんな……なんでそんなに笑うの?

 私は、本気で……


「あの、だから、静かに見守っておいてね。私は本気だから」


「ははは、分ったよう! 上手くいったら、祝福してやるよ!!!」


 こんなので告白しちゃっていいのかな……?

 心の中に迷いはあったんだ。

 でも、残り少ない高校生活、彼に想いを伝えるための最後のチャンスかもしれない。

 

 彼が私のことをどう思ってくれているのかは分からない。

 でも、こっちから想いを伝えて、友達になれたらいいな。

 

 そう決心して、次の日の放課後に長船君を呼び出した。


「す、好きです。付き合って下さい!」


 しんと静まりかえった校舎裏で。

 顔が沸騰しそう、心臓がドキドキと高鳴っていて、目がくらくらだ。

 自分から男の子に告白するなんて、初めてだった。


「よ、よろしくお願いします! 俺も、月乃下さんのこと、ずっと好きでした!」


 丁寧すぎるほどに頭を深く下げてくれた。

 彼の顔が見えないほどに。


 でも、私の想いは通じたのかな……


 うまく目が合わせられない。

 彼の方も同じなようで、顔を真っ赤に染めて、武骨に笑い返してくれていた。


 幸せだな、今までにないくらいに。

 心の中が温かくて、嬉しくて、泣いてしまいそうだった。

 

 でも、それ以上は言葉を重ねられなくて。

 きっと二人とも、不器用だったんだ。


 それでも、こんな時間は、きっとこれからたくさんあるはず。

 これで友達……ううん、それ以上にはきっとなれたはず。

 高校生活が終わったって、その後もずっと続くんだ。

 そう信じてた。


 そんな幸せな時間があった翌日、私は奈落の底に突き落とされた。

 なに、その黒板の文字……?


 友達が笑いながら、何もなかったかのように、肩に手を置いてくる。

 勘違い野郎……彼はなにも、勘違いしてないよ。

 私は本気で……


 呆然と立ち尽くしていると、長船君が姿を見せた。

 そんな彼を友達が取り囲んで、周りから笑い声を浴びせかけた。

 彼は黒板の文字を見て、そのままどこかへと行ってしまった。


 話さないと、誤解をとかないと……!!。

 私は本気であなたに告白したの、こんなはずじゃなかったの!!!

 そう思っても、その日彼はすぐに教室からいなくなって、話すチャンスはなくて。

 それから彼は、ずっと学校に来なかった。


 最後の卒業式の日に、やっと彼に会うことができた。

 強引に腕を掴んで引き留めて、彼に迫った。


「お願い、二人で話ができないかな? RINE交換してもらえない?」


「御免だね。頼むから、もう俺には近づかないでくれ」


 彼はそのまま、足早に遠ざかって行く。

 泣いてしまった。

 でもそんな私に、彼は振り返ってくれなかった。

 それからは話をすることもできなくて。


 そんなことがあって私は、その時の友達とは交流を絶ったんだ。


 そこから時間が過ぎて、大学で勉強をして、新しい友達もできて。

 新しい彼氏だって。

 でも長続きはしなくて、ずっとどこかで、長船君の姿が頭にあった。

 「御免だね」と言われた時の悲しみに満ちた顔、それがずっと頭から離れなかったんだ。


 いつか会って、きちんと謝りたいな。

 ずっと想ってた。

 それが、こんな形で実現するなんて。


 運命の神様、ありがとうございます。

 そう想わずにはいられないの。




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