第3話 遠慮がない彼女
陰キャとして腐るほど時間があった高校時代、ひたすら勉強を頑張っていた。
その甲斐はあって、成績はいつも上位だった。
その反面、人付き合いは上手くなくて、友達もほとんどいなくて、学校行事で表舞台に立つこともなかった。
文化祭や体育祭、修学旅行や地域活動、全部陽キャの独壇場だった。
でも俺は別にそれでも良かったんだ、ただ静かに過ごせれば。
けど、あの時は違った。
クラス中の好奇の目がこちらに向けられて、嘲笑が浴びせられた。
はじめて注目を集めたような場所が、そこだった。
HRのための教室に入った担任教師は、黒板に書かれた文字を目にして、何も言わずにそれを消して、連絡事項をたんたんと告げた。
俺は誰の顔も見られなかった、月乃下さん本人も含めて。
そうしてそのまま早退して、卒業式当日まで学校には行かなかったんだ。
どうせ、卒業したらもう顔も会わせない連中だ。
もう未練はなかった。
なのに、どうして今さら、こんなところで再会するんだよ。
どんな運命の悪戯なのか、神様の気まぐれなのか。
けれど考え様によっては、それがあって頑張れた俺がいる。
第一志望の大学に入ってからも必死に勉強を続けて、サークルにも入って慣れない人付き合いも学んだ。
いつか見返してやるからな、そんな気持ちもあったと思う。
その成果もあってか、就活ではほぼ百発百中で内定をもらうことができて、その中から今の会社を選んだんだ。
「ごめんなさい、断り切れなかったのは本当。でも、それをきっかけにして、兼成君に告白ができるかなって思ったの。そのお陰で勇気が持てたっていうか」
「その結果があれか。全く、何を信用していいのか、分からないな」
「私だってびっくりだったんだよ。だから友達を問い詰めたんだけど、みんな笑ってるばっかりでさ。だからあれからあの人たちとは、会ってないんだよ」
「……絶交、したっていうのか?」
「うん、そういうことになると思う。同窓会の誘いとかもあったでしょ? 兼成君に会えるかもって思って行ってみたりしたけど、その時も口をきかないですぐに帰ったよ」
当然俺は、そんなものには参加していないし。
だからそんなこと、俺には知りようがなかったさ。
でもそれが本当なら、彼女も少しは、気にしてたっていうことなのか?
すぐには受け止めれられない、けど、かつては大好きだった月乃下さんが、半泣きになりながら言葉を告げてきていて。
複雑な気持ちがこみ上げてくる。
もう一杯、と思って立ち上がると、
「兼成君、私にも頂戴」
お前……それ飲んだら帰るんじゃなかったのかよ?
「ほらよ」
別の缶を渡すと、月乃下さんはまた栓を開けて、こくこくと喉を鳴らす。
ペース早いな、けっこういける口かな。
そんな、全く余計なことを思ってしまった。
「兼成君……やり直せないかな、私たち」
う……っ! 一瞬、胃の上のあたりが痛くなる。
急に何を言い出すんだ、彼女は。
今さら、一体何をやり直すって言うんだよ!?
「やり直すもなにも、俺たちって友達でもなんでもなかったろ? それ以前に、もっとマイナスの関係だ。なにをどうやり直すんだ?」
吐き捨てるように言うと、月の下さんの宝石のような瞳がまた曇る。
「そっか。兼成君の中ではそうだよね。だったら、マイナスからでも始められないかな? 私は兼成君のことをもっと知りたいし、仲良くなりたい」
……不覚だ、なんでこんなとこで、心臓が跳ねてるんだろう?
昔の苦い想い出がまた蘇ってしまったし、月乃下さんが話すことを全部信じているわけじゃない。
けど、やっぱり彼女は綺麗で、そう、昔以上に。
大人になって、軽くお化粧なんかもしていて。
髪型も少し変わったかな。
スタイルだって良くなっているのが、ラフな格好の上からでも分かる。
でも、昔の面影は今も残っているし、何より澄み切った瞳はそのままだ。
ずっと忘れていた、あんずのような甘酸っぱい想い出もまた蘇る。
……だめだ俺、気を落ち着けるために、もう一杯。
そう思って立ち上がると、
「兼成君、私ももう一杯!」
なんだこいつ、酒は強そうだし、遠慮がないな。
まあいいか、軽い引っ越し祝いだとでも思えば。
どうせこんなの、今日だけの話だろう。
「俺、ウィスキーのロックにしようかと思うんだけど、そっちは何がいい?」
「じゃあ私もそれで! なんなら私が作ろうか?」
おいおい、いきなり訪ねてきて、こっちのキッチンを漁るってか?
けど、やらせてみたら、意外と面白いかもしれないなあ。
一応お客だけど、本人が言うのだから、そのくらいはしてもらたってバチは当たらないだろう。
「そうだな、ならお願いしてみようかな」
「うん、りょーかい!」
彼女はすっと立ち上がると、戸棚から勝手にグラスと酒瓶を取り出して、そこに氷を入れて、安物のウィスキーをなみなみと注いだ。
いつも俺が自分で作っているのと比べて、多分多めだな。
「はい、じゃああらためて、再会を祝して乾杯!」
すぐ目の前に座ってグラスをカツンと当てながら、彼女の表情は明るい。
さっきまで泣きかけだったのはどこへ行ったのやらで。
でも俺は別に、今日の出会いは、おめでたいとは思っていないぞ。
むしろ、運命の神様に、文句を言いたいくらいだ。
「そうだ兼成君、これお土産」
そういえば、月乃下さんは黄色い紙袋を持参していたのだった。
中を覗くと、綺麗に包装された箱があった。
「ありがとう。なんだこれ?」
「青洲堂のお饅頭。美味しいよ」
聞いたことがあるな、銘菓として超がつくほど有名なとこだ。
たまにテレビのグルメ特集でも、紹介されている。
「お酒のおつまみにどう?」
「俺はつまみ無しでもいいけど、月乃下さんは甘党なのか?」
「うん、大好き!」
そう言い切ると彼女は、ばりばりと包を開けて、中にあった饅頭を頬張り出した。
「う~ん、やっぱり美味しい!」
なんて幸せそうな笑顔なんだ。
それにしてもなんだろうなこれ、なかなか帰ってくれる気配がないんだが。
二つ目の饅頭に手を伸ばしながら、両脚を投げ出して、すっかりリラックスしているっぽい。
「ところで兼成君はさ、どこの会社に勤めてるの?」
「訊いてどうすんだよ、そんなの?」
「いいじゃない、隣同士のよしみで」
まあいいか、それくらい教えるのは。
「ええっと、大栄電気工業だよ。総務の仕事をしている」
「…………!!!」
あれ?
なんでだろう、彼女がカチンと凍りついている。
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ハイスペックな彼女たちは、なぜか俺のことを放っておかない まさ @katsunoi
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