貴方を守りたいだけ

絶望するような予知夢を見た数日後、私はある決意をした。


今まで必ず起こってきた予知夢を、【防ぐしかない】と。


私は、婚約者であるルイズ様の住むアーティクト公爵家を訪れた。



「リーシア、急にどうしたの?何かあった?」



今日もルイズ様は私に優しい笑みを向けて下さる。




「ルイズ様、私との婚約を破棄して下さいませ」




その言葉を発した瞬間、ルイズ様の目の奥に鋭さを感じる。


それでも、私はここで引くわけにはいかない。


ルイズ様を守るためには、まず私から距離を取ってもらうことが一番であるはずだ。



「リーシアはそんな冗談を言う子ではないから、本気で言ってるんだよね。理由を教えてくれる?」



貴方を殺したくないから、と愛する婚約者に向けて言える人間などいないだろう。


「他に好きな人が出来たのです」


淡々と告げたはずの言葉が、耳に残る。


ルイズ様が私の目の前まで近づき、私の頬に手を触れた。



「リーシア、もう一回俺の目を見て言って?」



ああ、きっとルイズ様には嘘だとバレている。


それでも、私は絶対に貴方を殺したくなどない。


ここで頬を赤らめ、言葉に詰まるような馬鹿な真似は許されない。



「ルイズ様の他に好きな人が出来ましたわ。離縁して下さいませ」



私はもう一度ルイズ様と目を合わせ、はっきりと告げた。


ルイズ様の目に少しだけ寂しさがにじんだのが分かった。



「本当に俺のことが嫌いになったとでも言うの?」



「ええ」



ルイズ様の表情が変わった。


「俺が婚約破棄を認めないと言ったら?」


「何度でも言うだけですわ。婚約破棄して下さいませ、と」


「つまり、リーシアは絶対に折れないと?」


「はい」


私はルイズ様と目を逸らさずにそう告げた。


ルイズ様が、深く一度だけ息を吐く。




「分かった」




「分かって下さったのですか?では、ここにサインを……んっ!」




その瞬間、ルイズ様が私に無理やり口付けた。


しかも、一度ではなく何度も。



「んっ……!急に何をするのですか!」



「可愛い婚約者に口付けて、何が問題あるの?ねぇ、リーシア」



「っ!いい加減にして下さい!婚約破棄をして下さいませ!」


「リーシアは絶対に他に好きな人など出来ていない。どれだけ一緒に過ごしてきたと思ってるんだ。それくらい分かる。でも、婚約破棄を告げるほどの出来事が起きたのも事実だろう」



ルイズ様が私をソファに押し倒す。



「だから、教えて欲しい。お願い、リーシア。必ず力になると誓うから、俺を頼って。一人で抱え込まないで」



私はどれほど優しい婚約者を持ったのだろう。


こんなに優しくて魅力的な人を愛さないなんて無理だった。


だからこそ、なおのこと苦しいのだ。


この優しい人を私はいつか殺すのだ。


それだけは絶対に嫌だった。


「詳しいことは言えませんわ。それでも、ルイズ様を守るためなのです。どうか、分かって下さい」


「俺を守る?つまり、リーシアは俺のために婚約破棄を申し出たの?」


「ええ」


ルイズ様が私を押し倒したまま、顔をさらに私に近づける。



「じゃあ、それは間違いだよ。リーシア」



「え……?」



「俺は君と婚約破棄をすること以上に傷つくことなんてない。俺の幸せはリーシアと共にあるんだ。リーシアが何かと戦うと言うのなら、俺も共に戦おう」



「っ!」



それでも、言えるはずなどなかった。


言葉に詰まり、涙を堪える私を見て、ルイズ様は苦しそうな表情に変わる。


「リーシア、そんなに俺は頼りない?」


「そんなはずありません!……ただ……」


私の手は震え始めていた。



「リーシア、何がそんなに怖いの?」



その瞬間、ルイズ様が何かに気づき、私にさらに顔を近づける。



「リーシア、目にクマが出来てる。眠れてないの?もしかして、予知夢で何か見た?」



ヒュッ、と喉が鳴ったのが分かった。


貴族であれば、ヴィルトール公爵家が予知夢を見ることを知っている。



「あ……」



言葉に詰まり、震え始める私をルイズ様は優しく抱きしめて下さる。



「大丈夫だよ、リーシア。大丈夫だから」



そう言って、ルイズ様は優しく頭を撫でて下さる。


「そうか。きっと俺のことを予知夢で見たんだね。そして、それにリーシアも関わっている」


ルイズ様は自身のことで恐ろしい予知夢を私が見たと悟っても、いつもの優しいルイズ様のままだった。



「ルイズ様、聞いて下さいますか……?」



私はポツリポツリと、夢の内容を話し始めた。



「なるほど。リーシアが俺を殺す夢を見たと」



ルイズ様は夢の内容を聞いても、ルイズ様の表情は変わらない。



「ルイズ様は私が怖くないのですか……?」



「怖いはずないだろう。リーシアは私の愛する婚約者なんだから。リーシアが打ち明けてくれたことが何より嬉しいよ」



ああ、私はこんなにも優しい人を本当に殺してしまうのだろうか。



「もう大丈夫だから。私も対策を考えておくよ。だから……ほら、安心して」



ルイズ様が私の手をそっと握って下さる。



「もう大丈夫だから、今日の夜はちゃんと眠ること」



ルイズ様の優しさに感謝しながら、私は一度自分の屋敷に戻った。

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