第9話 熟れてきたけれど

「あの、実は私たちって――」


 綾乃は自分たち夫婦の性的志向、そして、Wに来てもらってしてもらいたいことについて話をした。最初は驚いていたWも内容を理解するにつれてさっきの落ち着きを取り戻していった。



「なるほど、そうだったんですか」 


「似たもの同士……かもしれませんよ、僕たち」

 

「え? Wさんも寝取られ好きなんですが?」


「少しだけ違うんです。僕の場合はスワッピングなんです」


 いつか亮介が話してくれたことがあった。同室か別室かに関わらず、2組のカップルが互いのパートナーをシャッフルするというプレイ。聞いたそばから綾乃は気分が悪くなった。綾乃には寝取られ願望はく、それどころか、亮介が他の女性に触れるどころか話しかけるだけでも頭に血が昇ってしまうほどだ。


「あぁ、そうなんですね。そういうカップルさんのお話って初めて聞きました。お相手の女性もを楽しんでいるんですか?」


「ええ、二人ともそれぞれ楽しんでいますよ。でも、寝取られ願望は僕だけですからその違いはあると思いますけどね」


「私だったら夫が他の女性と……なんて想像したくもないです」


「愛してるんですね。うちはそういう感じではないのかもな……」



 

 そう、綾乃は亮介を愛している。


 


 愛しているから他の男に抱かれることも受け入れたのだ。もとはと言えば、前夫の一樹の発案だった。相手は誰あろう、亮介。もし彼以外が相手だったらそうはなっていない。そして亮介が夫となっても、いや、夫になってからの方が寝取られ生活は激しくなったし、自分自身、それを楽しんでいることは否定できない。

 

 (愛してる――)

 

 毎日亮介の口から、携帯の画面から綾乃に届けられる言葉だ。

 自分からだって発信したい言葉。

 何度言われても嬉しい言葉。

 誰が言うかが大事な言葉。

 誰に言うかも大事な言葉。

 



 しかし、寝取られにこなれてきた綾乃といえども、嫉妬に顔を歪め、涙をこぼし、声を絞り出す亮介の姿は何度見ても胸が高鳴ってしまう。そしてそれは、綾乃にとって何ものにも代え難い愛情表現になっているのだった。こんなに捻じ曲がった戯れはこれがあるからこそ続けられるのだ。


 

 (今すぐ、亮介の顔が見たい)


 

 綾乃は、Wに丁重に事情を説明し、前言撤回とさせてもらった。


 


 ◆




「おはよう。そしてごめん、最後の夜なのに寝落ちしてしまってた……申し訳ない!」


「大丈夫だよ。それより、ちょっと面白いことあったんだけど……わかる?」


「え? ま、まさか……一人で……」


「うふふ。さあ、なんでしょう。まずはチェックアウトの準備しよう」


「ちょ、ちょっと! 準備どころじゃないって、今教えて今」


「答えは車の中でね」


「うう、何も手に付かないよ……」


 目を白黒させてあたふたする亮介と対照的に、綾乃はすっくと立ち上がってカーテンを開ける。窓の外は雲ひとつない青空。開けずともわかる澄んだ空気を通り陽光が差す。

 


 

「次の旅行はどの温泉行こっか――」

 

 まるで亮介がそこにいないかのように綾乃がつぶやいた。

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綾乃と亮介 3  熟れていく妻 宿羽屋 仁 (すくわや じん) @jsrm

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