第3話 まだ綾乃は何も知らない

 鍋料理で温まった体も、しんしんとした空気に冷やされ始める。


「この時間帯ならお湯の温度もちょうど良く感じそうじゃない?」


「そうだね。じゃ、そろそろ行く?」


「うん。あ……」


「何?」


「そういえばさっきの大学生二人ってどう?」



 亮介はあえてD君とは聞かず、綾乃の反応を見てみたかった。自分の見立てが正しかったのかどうかという検証も含めて、だ。


「どう……って、まさか、うふふ、あんな歳下の子に?」


「それほど離れてはないよ。俺が彼らだったら全然アリだと思うけどね。そもそも綾乃若くみられること多いしさ」


「う〜ん。恥ずかしいな。でも、D君ってちょっとかっこいいよね」


 亮介は、ニコニコしながらD君にメールを送る。


(今から向かいます。男女別のお風呂経由で

 いくので15分後ぐらいです。

 ちなみに、やっぱり綾乃はD君のこと

 タイプっぽいです)

 

 (OKです!

  さっき見れなかったから嬉しいです。

  興奮してます!)



 Dからテンションの高い返信を受けて立ち上がる亮介。


「じゃ、行こっか」


「うん」



 ◆



 裸電球が煌々と照らす廊下を歩く。すれ違う人の数は昼と変わらずそう多くないが、やはり女性は一人もいない。だがそれでいい。


「どうかな〜。あんまりたくさんの人がいないといいんだけど……」


「大丈夫だよ。昼でさえあんな大胆になれたわけだし」


 引き戸を開けるとちょうど男性3人が体をタオルで拭き上げているところだった。そして偶然にも、湯の中には誰もいない。亮介に手を引かれ、伏目ふしめで棚の前に進む綾乃。未練そうに見えるが大人しく風呂を後にする男性が出ていく。その頃合いで浴衣を脱ぎ、湯に浸かる。


「あぁ……気持ちいい……あ、でもやっぱり熱いのは熱いかも」


 昼に来た時に比べると少しは長くいれそうだ。とはいえこのまま貸切状態ではまずい。そう考えているところにD君御一行が入ってきた。



 5人もいる――。

 綾乃と楽しんでもらうには不足はない、それどころか願ってもない多さだ。問題は、綾乃の好みかどうかだ。一人だけハネられたりするのはいくらなんでも可哀想だ。それならむしろ全員ナシという方が笑い話にも昇華できそうなだけに救いがある。



 

「あ、さっきはどうも」


 亮介が自然を装い声をかける。


「どうも、よく会いますね」


 他の学生たちは綾乃の背中を見て口々に反応を示した。


(ここほんとに混浴だったんだ……)

(なんかおっぱいデカそうじゃね?)


 コソコソ話をよそに、しっかりした返答をするD。


「偶然ついでに、そっち行っちゃってもいいですか?」


「もちろん、ぜひみなさんご一緒にどうぞ」

 

 事前のすり合わせ通りスムーズなやり取りをする亮介に比べ、綾乃は口数が減っていく。それどころか、無口だ。

 バーでの体験に比べればよほどこちらの方が気軽なものだろうと思っていたがそれは違う。あくまでここは公衆の場だ。マニアックでフェティッシュな人種の集まるサロンではないのだ。したがって綾乃は恥ずかしがっている。




 二人を囲むように車座ができる。今日まで混浴で一度も女性を見たことがなかったこと、サークルの女子たちも一人も混浴を利用していないことへの落胆、明日朝がチェックアウトであること等々、楽しく会話するうちに綾乃も打ち解けてきた――が。


「ごめん、もう熱くて上がりたいかも……」


「わかった、ちょっと待ってて」


 バスタオルを取ってきた亮介は湯から上がるその瞬間から、綾乃の胸元、腹、腰まわりという順に隠していく。

 しかし、体は立体、タオルは平面だ。いかんせん覆えない場所も出てくる。


(……)

 

 綾乃の白い肌から滴り落ちる雫が夜間照明に光る。幽玄のそのさまに静まり返る学生たちだったが、その静寂を破ったのは引き戸の音だった。中年男性数人がドヤドヤと入ってきたのだ。


「湯当たりしたら大変だし、一旦部屋に帰ろうか」


「うん、そうだね。ちょっとお水飲みたい。じゃ、皆さん、おやすみなさい」


「……おやすみ……なさい」


 両手で前面のタオルを押さえて立ち上がる綾乃。隠せないのは背面だ。水泳で鍛えたしっかりとした背中と大きな尻。呆然として見つめる一同。下着を着けずに浴衣を羽織ると、帯をテキパキと結ぶ綾乃。重くも軽くもない足取りで風呂を後にしたのだった。



「……これマジやばくね?」

「俺、Dに一生分の借りができたかも」

「選ばれたい、絶対選ばれて〜!」


 この後の選抜のことを考えて急に沸き立つ学生たち。(あ〜、もっと早く来てりゃな)とボヤく中年男性たちを尻目に急いで浴衣を着て部屋に向かうのだった。

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