ペンギンのお悩み。

「ユウキさん。いつもぼくのえをかきにきてくれるおねえさんがいるんだけど、これってってやつかなぁ?」


 ペンギン、人間に恋をする。

 脈あり、なんて想像もしない言葉を言われて俺は笑顔をひくつかせた。


「……えっと、君はどこでその言葉を覚えてきたのかな?」

「えらいおねえさんだよ!」

「偉い……ああ、瀬戸田さんか」


 瀬戸田さんはたまに顔を出しては、俺のことをペンギンの親分とからかうようになった。それも俺のカウンセリングは好評こうひょうらしく、後ろをついて歩くようになったためだ。瀬戸田さんの言うように親ペンギンになった気分だった。


「たぶん、絵を描きに来てる人は、ペンギンを描いてるんだよ」

「ペンギン?」


 そもそもこれはカウンセリングだろうか? 幼稚園か小学校の先生が子供たちに道理を教える行為に似ていない苦もない。


「きっと君たちの集団を描いてるんだってこと」

「ぼくがかわいいから⁉」

「……そうだね。そうかもね」


 ペンギンは短い足──実は羽毛に隠れているだけで足はすごく長いのだと瀬戸田さんが言っていた──で左右に揺れながら、あたりをはねるように歩き回る。


「やったぁ! ぼくじまんしてくるね!」

「うん、行ってらっしゃい」


 魚臭いことだけが難点だが、毎日ふわふわの動物に囲まれて、健気けなげに生きる様子は愛おしい。

 すさんだ心にまるでゼラチンが混ぜられているかのよう。そしていずれはゼリーのような柔軟じゅうなんな心に生まれ変われる。


「えっと、次のペンギンの方ー」


 ペンギンたちに絶賛されている病院スタイルで、次のカウンセリングの相手を呼ぶ。

 そのペンギンは隊列を組むときに決まって俺の真後ろに、つまりペンギンたちの先頭に立ってついてくるペンギンだ。凛々りりしい眉毛のように見える毛並みが特徴のペンギン。いかつく見えるが、このペンギンもほかのペンギンと同じようにかわいい。


「よう、かしま」


 威張いばり散らしたような口調だが、全く怖くない。


「こんにちは。今日も、お昼の魚がおいしかった話か?」

「ああ、きょうもにだんりょくがあって……ってちがう!」


 違うのか。

 このペンギンはいつも魚の食レポをしてくれる。この子なりのコミュニケーションなのかは知らないが、あいにく俺は生魚を丸のみする趣味はない。皮を食べるのも焼き魚だけだ。

 それが今日の要件は違うと来た。さっきのペンギンと同じ、恋愛相談か?


「かしまがきてくれてからにしゅうかんたった」

「二週間って……もうそんなに経つか」

「そうだ。そこでそうだんしたいことがある」


 二週間記念のお祝いとか言われたら俺、泣いちゃうかもしれない。できればサプライズで進めてほしかったが……そんなことを頭のすみで考えながら頷く。


「おれたちはこのすいぞくかんをだっそうしようとおもう」

「うんうん」

「だっそうしようとおもう」

「……うん? 脱走? 水族館から出たい、ってこと?」


 水族館から出たい?

 いやそんな相談されましても、手伝ってやれないが。

 ペンギンたちがここでの活動を快適にするために俺は呼ばれたわけだ。それでペンギンたちが脱走したとなれば、俺はどうなる。社会的に追放ついほうされ、ペンギンの可愛さに理性を失った男として、全国の新聞の一面に顔がでかでかと。そして狭い尋問室じんもんしつでかつ丼を食らうのだ。


「いや! 脱走はやめよう」

「なんでだ」

「俺がすごく困る。それに俺は相談係ではあるけど、カウンセラーっていうのが本職なんだ。脱走の相談には付き合えない」

「わかった。じゃあ、おれたちだけでだっそうのけいかくをすすめる」

「ちょーっと待てい」


 てとてとと小刻こきざみに歩いて背中を向けようとするリーダーペンギンを、俺は抱え上げた。もう慣れたものだ。

 ペンギンは俺の腕の中でバタバタと手を動かす。


「わーはなせ!」

「脱走は絶対なしだ。約束してほしい。そうじゃないと俺はまた無職になるし、何なら永遠に無職になる!」

「そうか。かしまがそんなにこまるというなら、しかたないな」

「わかってくれて何よりだ」


 リーダーペンギンを床に下ろしてあげると、ささっと毛並みを整えた。そしてその可愛い手を振ってくれる。


「じゃましたな」

「どうも。また何かあったら相談に来てくれよ」

「おう」


 そしてリーダーペンギンを説得できたと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る