相談係になる。
「うちの会社、鹿島さんが勤めていらっしゃった会社と契約しているんです」
彼女の名前は
「ずっと私、心理カウンセラーを
社員のためか。俺は頷く。
水族館の飼育員は生物を育てる心理的負担が大きいと聞く。楽しいという声もあるが、絶大な責任感が
彼女専属の運転手が運転する車の後部座席で、俺は彼女の話を聞いていた。しかし、前の会社と契約していたとはいえ、どうして俺なんかに目を付けたのだろう。俺は会社でいてもいなくてもいいような人間だったはずなのに。
「どうして俺を?」
「それは真面目だからです」
「真面目……」
「生き物は真面目な人が大好きなので」
もしや俺は水族館の生き物の世話まで担うことになるのだろうか。全くの未経験で、資格もないがそれはよくないんじゃないか。
瀬戸田さんはくすっとほほ笑んで、口元に人差し指を当てた。
「もうすぐ着きますから。サプライズ、ですよ」
サプライズ、その意味が俺にはわからなかった。大方、心理カウンセラーの投入がサプライズ、ということだろう。
ずっと前に数回来ただけの水族館は思ったよりも大きな施設だった。俺は思わず見上げて口を開ける。
「ほら、こっちです」
裏のスタッフ専用の扉をくぐり、長い廊下を歩く。水族館特有にも、廊下はひんやりと冷気が伝わっていた。
ぎい、と分厚い扉を押し開けると、そこは魚の
「『ペンギン舎』?」
白と黒の愛らしい動物。足元から体温を冷やそうとしてくる空気はペンギンのための温度調節だ。
「開閉注意です。開けるときは強めにノックしてください」
「あ、はい」
俺は言われるまま扉を強くノックした。
そして、力を入れて扉を開ける。
「……」
ペンギンだ。
右にもペンギン。左にもペンギン。後ろに回ってきたのもペンギン。
ペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギンペンギン──。
「⁉」
「かわいいでしょう」
「かわいいですが! ぺ、ペンギンですよ? カウンセリング予定の飼育員の方は……」
「はい? 飼育員は関係ありませんよ」
「ど、どどどどういうことですか?」
俺は足元に集まってくるたくさんのペンギンを見下ろした。もう動けない。瀬戸田さんは俺を見て笑っている。
「おにいさんおにいさん」
「え?」
俺は瀬戸田さんを振り返った。
「瀬戸田さん、俺のこと呼びました?」
「いいえ?」
俺は再び足元を見下ろした。ここには俺と瀬戸田さんと、たくさんのペンギンしかいない。
「おにいさん」
「しただよ~」
「あたらしいひとだー」
「やった!」
「おにいさーん」
「……。うわああああああああああああああっ!」
俺は驚きのあまり水にぬれた床に足を滑らせた。ペンギンたちは俺につぶされないように器用によけて、クッションを失って倒れた俺は
「いって……」
「だいじょうぶ? おにいさん」
「だいじょうぶじゃないねぇ」
「いたいねぇ」
「いやいやいやいやいや、ペンギンがしゃべってる! しゃべってますよ、瀬戸田さん」
俺はずっと俺の悲鳴を黙って聞いている瀬戸田さんを振り返った。が、彼女は目を細めて笑うと肩をすくめた。
「国民は知らないだけで、実はペンギンってしゃべるんですよ……」
「馬鹿なこと言わないでください!」
「あはは、冗談です。でも、今聞こえているのは本当にペンギンたちの声です」
「マジでなんでしゃべってるんですか……」
腰をさすりながらゆっくりと立ち上がると、ペンギンたちは足元にまたすり寄ってきた。かわいいけど生臭い! 匂いに慣れるまで時間がかかりそうだ。
「さあ、どうしてでしょう。いつの間にかしゃべっていました。そしたら彼ら、言うんです。ずっと狭いところで苦しいって。『心理的ケアを要求する!』って」
「ペンギン、そんな難しい言葉使わないでしょ……」
「ふふ、嘘です。でも息苦しいのは本当らしいですよ。だからカウンセラーを投入することになったんです」
「は、はあ」
驚きすぎて疲れた。今日はもう寝て、このことはなかったことにしたい。
第一、親になんて言えばいいんだ。「ペンギンの心理カウンセラーやることになったよ!」なんて、自分が親の立場なら病院へ連れていく。
「では、無職の鹿島さん。祝、再就職です!」
俺の退路を断つかのように瀬戸田さんは大声で言った。
ペンギンたちも「さいしゅうしょく! さいしゅうしょく!」やら、「さいしゅうしょくってなに?」と思い思いに話す。
「……はあ」
俺はもう一度だけ深いため息をついた。
「よかったじゃないの」
母親は夕食時、
俺は手に持っていた箸をからん、と落とす。
「かわいいし、大学での勉強を生かせるじゃないか。よかったな」
父親も何の疑問も持たずに米を食らっている。
なんだ、俺がおかしいのか?
もくもくと食事を続ける両親の顔を、俺は交互に見やった。
かくして俺、鹿島ユウキはペンギンの相談係となったのだ。
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