第23話

翌日、ルークは交渉の準備を整え、バース子爵領へ使者を送りつつ、自身も同行することを決めた。同行するのはリックと執事のマカドゥ、さらに信頼できる部下数名だった。


バース子爵領の館に到着すると、予想以上に屋敷の中は簡素な作りであることに驚かされた。領地の財政難が噂以上に深刻であることが感じ取れた。


ルークたちは子爵の執務室へ案内された。そこには中年の男性、バース子爵デリックが椅子に腰掛けて待っていた。頬は以前リル公爵家で見た時より痩せこけ、疲労の色が濃いが、その眼光にはまだ威厳が残っている。


「お久しぶりです。お迎えいただき感謝いたします、バース子爵。」


ルークは丁寧に一礼した。子爵は静かにうなずく。


「リル公爵家出会って以来だな。遠路はるばるようこそ。税の件での交渉に来たと聞いているが、その前に…私は君に聞きたい。ナート男爵領がなぜ、あれほど短期間で成長しているのか、その秘訣を教えてくれないか?」


不意の質問に、ルークは一瞬だけ言葉を探した。しかし、すぐに柔らかく笑みを浮かべて答えた。


「秘訣と言えるかはわかりませんが、領民たちの意見に耳を傾け、彼らと共に領地を作るという信念を持っています。そして、それを支えてくれる優秀な仲間がいることが最大の理由です。」


「仲間…か。」


デリックは深く息を吐き、疲れた様子で椅子にもたれかかった。


「我が領地も、かつては栄えていた。だがここ数年、災害が続き、交易も減り、農地は荒れてしまった。新しい税は苦肉の策だ。領民を苦しめることになるとはわかっているが、他に方法がなかったのだ…。」


その言葉に、ルークは目を細めた。交渉相手の弱さを利用するのではなく、彼を救う手立てを模索しなければならないと感じたのだ。


「バース子爵、我々は交易を続けるために、この問題を解決したいと考えています。そこで、提案があります。」


「提案?」


デリックが顔を上げた。


「新しい税を廃止する代わりに、ナート男爵領からの協力を提案します。我々はバース子爵領と共に農地再建のプロジェクトを進めたいと考えています。具体的には、最新の灌漑技術をこちらの土地に導入し、収穫量の向上を目指します。その上で、収益をお互いに分配する形を取るのはどうでしょう?」


「農地再建…だと?」


「はい。ナート男爵領で試験的に導入する予定の灌漑技術は非常に効果的で、収穫量が大幅に向上する見込みです。その技術を共有することで、子爵領の問題を根本から解決したいと考えています。」


デリックは驚いたようにルークを見つめた。目を見開いたまま、しばらく沈黙が続く。やがて、震える声で口を開いた。


「そんなことが…本当に可能なのか?」


「もちろんです。その代わり、税の廃止と、再建プロジェクトに協力するという条件を呑んでいただけるならですが。」


子爵は深く考え込んだ末、苦渋の表情で言った。


「…わかった。その条件を受け入れよう。だが、一つだけ聞かせてくれ。なぜここまで我が領地を助けるのだ?」


ルークは真剣な眼差しで答えた。


「南部全体の発展が、ナート男爵領の発展にもつながるからです。領地同士が支え合い、共に繁栄する未来を作りたい。それが私の信念です。」


デリックはしばらく沈黙していたが、やがて微笑みを浮かべた。


「君のような若者がいるのか…。ナート男爵家は良い後継者を持ったものだ。」


こうして、ルークの交渉は成功を収めた。バース子爵領との協力が始まり、両領地は新たな一歩を踏み出すこととなった。


ナート男爵領へ戻ったルークはすぐにプロジェクトの準備を開始した。一方で、村人たちへの説明を進め、灌漑の導入も計画通り進行していた。


ジルやリック、マカドゥたちと共に、ルークは領地発展のための次なる試練に挑む。その姿を見た領民たちは、若き主の熱意に心を動かされ、さらなる協力を惜しまなくなった。


そして彼らの努力が、やがて南部全体を変える大きなうねりとなる――その日は近いと誰もが信じていた。

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