*愛しい【2024/10/30】

 本来、愛しいという感情は、里そのものに抱く感情では無いのだろう。


 それでも疾風は、この青の里を愛しいと思っていた。きっとそれは、この里の雰囲気が、民の雰囲気が、泡沫と散った故郷である黄緑の里にそっくりだからなのだろう。


「――――……」


 静かに、息を吸った。自分以外は誰も居ない棟梁とうりょうの間に、微かな呼吸音が落ちる。少し前までであれば、この部屋に誰も居ない事なんて無かった。

 何時でも騒がしくこの部屋に飛び込めだ、呆れた様に笑う父が疾風を迎え入れてくれたのに、その姿はもう、この世界に存在しない。この部屋の主が自分になってから、少しだけ時が経った。しかし、どうにも慣れる気配は無い。


「……なんて言ったら、父様に笑われちゃうよな」


 力無く自嘲して、疾風はそのかんばせを俯けた。しかし、すぐ様そんな疾風を叱る様に、開け放った襖から柔らかな風が吹き込む。


「――! ……うん、大丈夫だよ、父様。俺と蒼で、この里も里の民も全部全部、守ってみせるから」


 棟梁は、目を閉じて咲笑う。そうして、ゆっくりと開かれた瞳に映った色は、天にそっくりな綺麗な青色をしていた。

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