ノクターン・シティ
Nami
第1話
第1話:歪んだ夜
ノクターン・シティは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。夜の街は濃い霧に包まれ、遠くのネオンの光がぼんやりと浮かび上がる。アレックス・ノワールは、廃工場の屋上に一人で立ち、街を見下ろしていた。空気が湿って重く、肌に張り付くような感覚がある。いつもなら気にも留めないことだったが、今夜は違った。
アレックスの視線は、遠くに見える大きな煙突の群れに向けられていた。その下には、ノクターン・シティの心臓部とも言える巨大な工業地帯が広がっている。父親が姿を消したのも、あの場所だった。暗い工場群の中で、目には見えない何かが蠢いているような気がする。
アレックスはカメラのレンズを拭き、三脚にしっかりと固定した。彼が持ち込んだのは、最新の赤外線カメラだ。父親が失踪して以来、彼は夜の街を徘徊し、異常な現象を探していた。多くの人がただの噂話だと笑っていたが、アレックスは違った。彼には確信があった。ノクターン・シティには、誰も知らない「何か」がいる。
「…来るか。」
アレックスは自分に言い聞かせるように呟いた。時計の針が、深夜の零時を指した瞬間だった。突然、遠くから低い音が響き渡る。まるで、巨大な金属がゆっくりと軋むような音。アレックスはカメラを操作し、音の発生源を探ろうとする。すると、工場群の中心部がわずかに歪んで見えた。煙突が揺らぎ、光が波打つように歪んでいる。
「まただ…。」
その瞬間、背後から軽い足音が近づいてきた。アレックスが振り向くと、そこにはリア・サザーランドが立っていた。いつものように、ショートカットの髪を無造作にまとめ、少し汗ばんだ額を拭いながら微笑んでいる。
「またこんなところにいたのね、アレックス。こんな真夜中に何してるの?」
リアの声はいつも通り軽やかで、少しからかうようだったが、その目は真剣だった。アレックスは軽く肩をすくめ、カメラの映像を見せた。
「見てみろよ。あそこだ。工場のあたりが…歪んでる。」
リアがカメラの画面を覗き込むと、彼女の表情が曇った。何かが、目には見えない力で空間を揺らしている。リアはカメラの映像をじっと見つめて、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「これ、前に聞いた話と同じじゃない?夜中に急に空気が歪むって…あの、研究所の近くで起きてた現象と。」
アレックスはうなずいた。彼もそれを疑っていた。しかし、今夜の歪みはこれまで見たどの現象よりも大きく、不気味だった。まるで、何かがこの世界に侵入しようとしているような…。
「リア、ちょっとだけ見に行かないか?」
アレックスの提案に、リアは驚いたように目を丸くした。
「マジで?危ないってわかってるでしょ。でも…興味ある。」
そう言ってリアは、にやりと笑った。それはアレックスが彼女に惹かれた理由のひとつだった。彼女の好奇心は、アレックスのそれに匹敵するほど強く、時には無鉄砲だった。二人はお互いに視線を交わし、無言でうなずき合う。
街灯がまばらに灯る工業地帯の路地を、二人は静かに歩き始めた。あたりは静寂に包まれており、遠くの機械音がかすかに聞こえるだけだ。歩き続けるうちに、歪みが感じられる場所に近づいていく。そして、突然、周囲の温度が急激に下がった。
「寒…。」
リアが思わず呟いた瞬間、目の前の空間がまるで水面のように波打ち始めた。アレックスは息をのむ。次の瞬間、波打つ空間の中から、黒い影がゆっくりと姿を現した。それは人間の形をしているが、顔はなく、ただ暗い闇がそこにあるだけだった。
「なんだ…あれは?」
リアの声は震えていた。アレックスはカメラを構えたまま、全身が固まってしまっていた。影はゆっくりと彼らの方に向き、まるでアレックスの目をじっと見つめているかのように、立ち止まった。
そして、影が動き出そうとしたその時、アレックスのポケットの中のスマートフォンが鳴った。画面には「ダン・ローガン博士」からの着信が表示されていた。アレックスは急いで電話を取った。
「アレックス、そこを離れろ。すぐに。」
電話越しの声は緊迫感に満ちていた。だが、その警告が届く前に、黒い影が音もなく二人に迫り、空間が一瞬にして暗転した。
ノクターン・シティ Nami @namisan1217
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ノクターン・シティの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。