第三話 魔法使い
晶子は駅の西口をウロウロ、キョロキョロしながら歩いていた。
元来そういう振る舞いはみっともないと思っているたちなのでどうにも不自然な動きになってしまう。
猫でも探していると思われそうなほど腰をかがめて下をキョロキョロ、人の塊の中を掻き分けるのが嫌で周りをウロウロ。
おそらく光子や秀美なら、もっと上手くやるのだろうが、晶子は普段強気な割にこういうところがてんで弱い。
困った人を助けたい気持ちはあるが、自分からは話しかけられない。
電車で席を譲るのが気恥ずかしいので3駅までなら座らない。
募金箱にお金を入れた時に箱を持っている人が「ありがとうございます」というのが何とも苦手で募金できない。赤い羽根を付けるのもまっぴらだ。
子どもとあらば誰でもかわいいと言う人を信じられないし、仕事の付き合いであっても勝負事にわざと負けられない。
融通が利かない、偏屈者。そう思われている自覚はある。
だが、今この瞬間、晶子は人探しを楽しんでいる。
親友2人と一緒にいると、自分だけなら出会えない場面に遭遇し、巻き込まれる。それが楽しい。
もしも一人やったら、と、考える。あの子、
ちえちゃんには話しかけてへんやろな。事情もわからんくて。困ってるのはわかるから立ち去りにくくて、飲みたくもない自販機のお茶をわざわざ買って、時間をかけて飲んで、横目で見守っとったやろな。変なおばちゃんやな。
晶子は大学を出たあと、証券会社に就職し、24で結婚、26で出産、職場復帰ののち30で第二子を設け、そのあとは仕事一筋だ。
子育ては両親、義両親、夫に甘えた。
掃除をした端から散らかされ着替えた途端に汚され夜は寝ず朝は起きない理不尽な子供のペースに合わせるのが苦痛で、自分は効率重視の家事に徹した。
退職後は毎日図書館に通い、ガーデニングをし、悠々自適に過ごしていたが、最近光子に頼まれて仕事を手伝い始めた。
周囲の人は言う、いくつになっても晶子さんは素敵やね、と。
せっかちで頑固な晶子も、外から見ればスマートで優雅、その事を光子と秀美はいつも面白いと感じている。
晶子はまたかがんで、今度はベンチの後ろを見ている。晶子の中では、具合が悪くなったときに人から話しかけられたくなくて物陰に隠れた経験から、ごく当たり前にとった行動だったが、その姿はマダムが猫を探しているようにしか見えない。
サチさん、サチさん、どこにおってんや?と、心のなかで繰り返す。
その隣をニャアっと猫が通り過ぎ、また戻ってきて晶子の足にすり寄った。
近くにいた人たちは、マダムの飼い猫が戻ってきたことを喜んだ。
晶子は猫を抱き上げ、ふんっと鼻を鳴らす。
あんたはサチさんやないやろ、サチさん連れてきて。
じっと見つめ合う、晶子、猫。
猫は突然宙を蹴るようにして身を翻し、そのまま一目散に走り出した。
その時偶然ピタリと雨がやむ。
その光景を見た人びとは、マダムが何やら魔法を使ったと口々に囁いた。
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